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豊島園日記7
背を屈め、手にしたライトで行先を照らしながら円形のコンクリート管の中を小走りで急いだ。北へ向かうにつれて、小さな合流がある度に徐々にその円筒は広くなっていって、やがてようやく背を伸ばしていられるようになる。
Y字に別れている箇所を右手に折れると、管渠の構造が変わり四角くなった。少し伸びをしてから再び道を進んでいくと、やがて練馬幹線に出る。
地中を東西に走っている練馬幹線からは再び丸い管になる。大きな幹線だから、手を伸ばしてももう上には手が届かない。先ほどいた豊島幹線よりも傾斜がわずかに緩やかになった。
我々が移動に使っている配管はかつて汚水が流れていたというけれど、今はもうこの下水管に水が流れることはない。それでも清潔なわけではないし、日の光が当たらないからかび臭いけれど、それでも地上に出るよりはずいぶんましだろう。
大きなコンクリート管の通路の左手からはいつものように、咆哮が聞こえてくる。そちらからはどことなく獣臭が漂ってくるようにも感じる。苦労してそれを高野台幹線から貫井幹線の間になんとか閉じ込めることには成功して、いまのところ解放される気配もないけれど、この状況がいつまで続くのか保障はない。
練馬幹線よりも北にある環八幹線には南田中から春日町のあたりまで未設部があるから、西の方からやってくる人たちは迂回路として以前はこの練馬幹線を経由していたけれど、今は封印のおかげでこちら側まで来れなくなった。その後、その人たちがどうしているのか、窺い知ることはできなくなった。
断続的に続く低い唸り声を背にして東へ進むと、すぐに直角で左に曲がるカーブに突き当たる。いったん立ち止まってから、正面の壁にライトの光を当てて合図の印を描いた。すると、曲がり角の向こうに身を潜ませている見張り役の仲間が、ライトの光で同じように合図を返してくる。
ライトを地面に向け、足元だけを照らすようにしておいてからゆっくりとカーブを曲がる。誰も顔を照らされることを良しとはしない。
「落合のやつらは?」
「まだ懲りてないようだ、気配を感じる」
我々が属している新河岸処理区は、落合処理区と南北に走る中新井上幹線で繋がっている。南にいるやつらは何度もこちらの領域を犯そうとしてきて、それは昔から続いている因縁のせいには違いないけれど、その残忍で非情な手口はタチが悪かった。
見張り役の仲間と別れてからしばらく進むと、地面に大きく穴が開いている箇所がある。下にはさらに大きな中新井上幹線があって、穴の側面にある梯子を使って降りられるようになっている。
中新井上幹線へ出て北へ進んでいけば環八幹線に突きあたり、そのまま新河岸水再生センターへとつながっている。
ライトを消灯し、いったん仕舞っておいて、梯子に足をかけて下りようとした瞬間ふいに何かの気配を感じた。いったんは下りるのをやめて、地面に伏せ穴を覗き込んで聞き耳を立てると、かすかに足音がした。
足音は二人分あって、北の方角からやってきている。北からということは我々の仲間でしかありえないはずなのに、なぜかこのまま隠れていた方が良いという直感があった。
息を潜めて待っていると、足音と一緒に二本のライトの光が近づいてきた。穴から顔を引っ込めて神経を集中させていると、下にいる二人がライトを上に向けたらしく、何かを探るように光が天井を飛びまわった。
我々の仲間の見回りだとしたらいきなりライトをこちらに向けたりはしないから、すくなくとも味方ではなさそうだった。隠れていて助かったけれど、あまり状況はよくない。
その二人組はこちらへ上ってくることはなく、中新井上幹線をそのまま南へと向かっていった。北からやってきているということはどういうことだろう? いま新河岸水再生センターへ向かっているのはかなり危ういのかもしれない。いったん来た道のりを戻って、見張り役の仲間に伝えるべきだろうか。
考えを巡らせていると、去っていった二人の後をつけるように、地面を這いずるような音が聞こえてきた。ライトでは照らさないようにして、穴を覗き込み下方を確認すると、暗闇の中をなにか大きく長いものがのそのそと通り過ぎていくのがわかった。