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通過儀礼
いよいよ大人になるための儀式を受けなければいけない日がやってきた。一人前の戦士として認められるためとはいえ気が重くてしょうがない。そもそも自分が将来なりたいのは公認会計士で、戦士なんかではない。
暗い気持ちで1階のリビングにおりると母が、古い慣習を疑いもしない人間特有のものを考えていない様子で
「今日はどれを持っていくの」
と、にこにこしていた。
儀式なんて心底どうでもよかったので、棚から適当なものを選んで抜き出し、バッグに入れた。
「1枚だけでいいのね」
「いい」
「帰ったらケーキあるから」
せっかくの15歳の誕生日なのになんでこんな嫌なおもいをしなければならないのかと、いらいらしながら家を出た。
外はいい天気なのに心は晴れず、すれ違う大人たちがにやにやしながらこちらを見ているような気がして、足どりも重く、いつもよりも時間がかかって近所のブックオフにたどり着いた。
カウンターにいた店員に声をかけ
「買取おねがいします」
と、バッグから加藤いづみの『skinny』を取り出した。
「買取と、例の儀式ですね、お待ちください」
すでに話がついているようで、店員はバックヤードからヤシの葉で作られたミトンのようなものをふたつ持ってきた。その緑色の大きな手袋の中からは、かさかさと不吉な音がしている。
自分が生まれ育った町には、男だけが受けなければいけない、大人になるための儀式がある。それは15歳の誕生日に、森の奥地で捕まえてきたバレットアントという猛毒を持つアリを何十匹も縫いこんだ手袋に手を突っこみ、ブックオフの査定が終わるまで耐えなければいけないというものだ。江戸時代から続いているらしいこの風習は重要無形文化財にも指定されているらしく、民俗学的な観点から後世に残すべく、そして大人たちがかつて自分にされたことの仕返しだか知らないけれど、取りやめになることもなくえんえんと続いていた。
「査定が終わるまで、手を抜かないでくださいね」
店員は念を押して、緑色のグローブをカウンターに置いた。大人たちからこの儀式の話はさんざん聞かされていたから、いざとなると緊張と恐怖で冷や汗がでてきた。
覚悟を決めて、手袋に一気に両手を差し込むとすぐに、窮屈なところに閉じ込められて気の立っている獰猛なアリたちが、待ってましたとばかりにいたるところを刺してきた。バレットアントは対象に顎でかみつき体を固定したまま、尻にある長い毒針を何度もくり返し突き刺してくる性質があり、いままで感じたことのない、そしてこれから二度と体験することはないだろう猛烈な痛みが一気におそいかかってきた。痛覚の限界を超えたのかすぐに視界が真っ赤になり、しばらくは我慢して歯を食いしばり耐えようとしたけれど、あまりの痛みに叫ぶことしかできなくなった。
全身から滝のような汗を流しながら店員を様子をうかがうと、査定をすると言っていたわりにまったくその様子もなく、もうひとりいたはずの店員がタイミング悪くバックヤードに入ったせいでレジに入ったり客と話しこんでいたりと、査定が終わるような気配がまったく感じられない。ついには痛みで立っていることもできなくなり、床をのたうちまわり叫び声をあげても、客や店員はああ恒例の行事かと気に留める素振りもなかった。
手はとっくにしびれて感覚がなくなっていて、両手を火であぶられているかのような痛みは、腕や肩のみならず全身にまで広がってきていた。いよいよ脳が痛みを受けきれなくなってきたのか何度も気を失いそうになり、そのうち店内アナウンスが遅回しになったように聞こえて、まるで清水国明がしゃべっているようだなとおもったところで意識がなくなった。