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ガールズポップ殺人事件

「えー、じゃあ加藤星香さん以上です、おつかれさまでした」
 リハがおわって星香がステージから降りると、「おつかれー」と陽子が声をかけてきた。

「久々じゃない?」
「ちょうど半年ぐらい? この前のライブからは」
 年一回くらいのペースで日清パワーステーションで行われているガールズポップイベントで、星香は陽子とよく顔を合わせる。イベントの初期から変わらず出演している二人は仲が良くて、会うといつも話に花が咲いてしまう。

 お互いの近況を話していると、PAの
「次は大間陽子さんおねがいします」
 と言う声が聞こえてきた。
「じゃ、またあとでね」
 陽子は深呼吸をして、ステージに出て行く。

「あ、翔子さんおつかれさまです」
「おつかれ、今日はよろしくね」
 篠上翔子はロングブーツの音をかつかつと響かせながら外へ出ていった。なにか急いでいる様子だったけれど、と星香は思った。

 控室に入ると、先に戻ってきていたマネージャーの高木が声をかけてくる。
「今日は声の調子よさそうだね」
「そうかもね」
 ついこの間まで、星香は『ビデオ&トークライブ』と称したツアーをしていて、MVを流したりトークをしたりして日本各地をまわっていた。何曲かは歌ったりもするけれどバックはカラオケ音源だったり、会場もそれほど大きなところではなかったから、パワステのような広いステージは久しぶりで楽しくてつい、いつもより声が出ていたかもしれなかった。

「あ、そうそう今度のアルバムなんだけどね」
 高木が手帳を開く。
「アレンジャーの本島さんの手が開かないみたいでね。前みたいにつきっきりじゃ無理そうなんだ」
「そうなの? もとしーが?」
「最近、四人組のダンスグループにかかりっきりらしくてね。それで売れてるみたいだから、そっちで手一杯みたい。星香ちゃんには申し訳ないけど、って本島さんから電話があったよ。もう録ってあるシングルはいいとして、足りない分は新しくアレンジャーを探さないといけないね」
 もとしーが忙しくなるのはうれしいけれど、と星香は考える。デビューがらずっと頼りにしていた存在だったけれど、なんだか自分よりもそのグループを優先しているように思えてしまって少しさびしかった。

「いやー、パワステはやっぱりいいね」
 陽子が上気した様子でリハから戻ってきた。
「なんかさ、また前みたいに一緒にコラボでなにかやりたいよね」
「あ、やりましょうよ絶対!」

 あとはイベントのメインともいえる、伊永真理子のリハが残るだけになった。伊永は人気があってリハの前後にもインタビューや収録などのスケジュールがびっしり入っていて、いつもライブの本番時以外は星香と会場であうことがなかった。実際、イベントのリハ順も伊永のスケジュールを考慮して決められている。
 陽子が最近出した三枚目のアルバムについて星香が感想を伝えていると、伊永のリハが始まったのか、ステージの方から音が聴こえてきた。

「そういえばこんなウワサ知っている…?」
 高木が電話をかけるために席を外したのを見て、陽子が少しトーンを落としてささやいた。
「ここだけの話だけどね、伊永さん結婚するらしいんだ」
「え、ホントですか?」
 星香は初耳でびっくりしてしまう。
「そう、事務所に内緒でね、バックバンドのギタリストと。しかも今やってるツアーの最終日に、サプライズで発表しようとしているらしいんだって」
 全国をまわっている伊永のアリーナツアーはそろそろ終盤だと、雑誌の記事で読んだことを星香は思い出した。
「事務所に内緒って…、陽子さんはなぜそれを知ってるの?」
「バックバンドのメンバーがうちのプロデューサーと仲が良くてね。それでこっそり教えてもらったんだけど」
 陽子はため息をついた。
「伊永さんは内緒にしてるつもりかもしれないけどね。わりとみんな知っちゃってる話だったりするんだよね」
「そうなんだ…、だけど…」

 その時、ステージのほうから大きな衝撃音がした。聴こえていたリハの音をかき消すような、なにか金属性のものが落下した音が収まると、もうリハの音は止まっていて、誰かの怒号が飛び交っている。
 陽子は思わず立ち上がった。
「どうしたの?」
「事故みたいだけど…」
 星香は誰も怪我などしていなければいいのに、と祈るような気持ちだった。

「救急車、救急車を呼べ!」
 真っ青な顔のスタッフが叫びながら、廊下を走っていった。

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