冬来りなば
ふと思い立った私は、自宅から車で1時間ほど北にある、薄墨桜の向かいにある素敵なカフェを目指す。
里山風情を楽しみながらトンネルをいくつか抜けると、そこは雪国であった。
樹齢1500年と言われる堂々たる老木の、圧倒的な威容。雪に耐えて、というよりもむしろ雪化粧を誇っているようだ。
あたり一面は雪に覆われて、しんとしている。
全くの音のない世界。
今生きている人間が知る由もない、様々なドラマをこの木は無言で見守ってきたのだ。
静の内にある動に思いを馳せながら、カフェのドアを開き中に入ると、室内の暖かな空気が一気に身体を包み始めるのを感じる。
カフェのママと挨拶を交わして、促されて大きなピクチャーウインドウと向き合うカウンター席に腰を下ろすと、再び眼前に広がる、白い世界。
静かに流れるジャズに解けていく心でそれを眺めていると、ほどなくして供される、熱い、黒いコーヒーと手作りの絶品チーズケーキ。
目と耳と舌と、そして心で味わう、ゆったりとした、豊かなひととき。
どれほど味わっていても、足りないと思えてしまうほどの、その上質。そのリラックス。
完璧だ。何もかも。
さて、そろそろ出るか。
ママに目で合図をしてコートを羽織りながらポケットを弄った私は、そこで軽い目眩を感じた。
「財布忘れた💦。」😱
嗚呼。
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