『太陽神としてのネルガル』ー現代創作物による古代神話の更新ー
1:ネルガルについて調べようと思った経緯
もう五年も前だろうか。僕はある日、いつもプレイしているソーシャルゲーム(歴史や神話)で、「古代メソポタミアの神」の一つ、ネルガルが登場するストーリーを読んでいた。古代メソポタミアは僕が歴史学を大学で修めた際に、深く学んだ分野なので、大層楽しんでいた。
ネルガルは冥界神で、同じく冥界神エレシュキガルの配偶神である。彼の著名な神話も、このエレシュキガルとの関係の中で展開される。先のゲームのストーリーも、このエレシュキガルとネルガルの神話を題材にしたものであった。いくらか、脚色は見られたものの、それらは現代人の慣習や規範に、過度に逸脱する古代の慣習を取り除いたり、あるいはそのゲーム自体に中心となる設定、ストーリーがあったため、それに矛盾しない形での変化であったため、全く気にはならなかったし、むしろわかりやすく、古代メソポタミアの見知った物語が、現代日本人の舌に合うよう調理されていたのは面白かった。
だが、一点、少し引っかかったモノがったのだ。
それが「ネルガルは元々太陽神だった」という表現であった。
正直この時の僕は、「うーん、へーそうなんすね?」ってなっていた。と言うのも、これはよく勘違いされがちだが、別に古代史をやってる人は、神話に詳しいわけではない。僕も少しは神話や伝説に目を通していたし、ギルガメシュ叙事詩は何度も繰り返し読んだくらいだが、正直「神々の物語」は、色んな史料に散逸し、更には古代メソポタミアは紀元前三千年から、紀元前後あたりまでの三千年間、神々の伝説は複製や新作が繰り返されており、とてもじゃないが「一人の歴史学者見習い」に追いかけきれる分量ではない。(ちなみに僕の恩師はギリシャローマの研究者であったが、彼は「ギリシャもローマ神話も全然わからないのに、最近のゼミの子は突然神話を流暢に話すので毎度驚いている」とか言っていた)
何が言いたいかというと「まぁネルガルが太陽神とする史料がどっかにあるんだろう」と、その時はスラっと流しちゃったのだ。そうした態度で、僕は一年以上、そんなに突っ込むことはなかった。
しかし一年後、そのイベントストーリーが復刻した際に「そういえばネルガルが太陽神って話あったな」と、改めて思い出したわけである。で何を思ったか、この時、僕は「ネルガルが太陽神である」という、史料を探っていこうと思った。というのも、この時、実はあることが切欠で「ザババの武器、シュルシャガナとイガリマ(イガリム)」と、時折創作物でも引用される神話が、実は嘘とまではいかないが「はっきりとこれらをザババの武器と断定する史料は存在しない」ということを知り、結果として
「意外と創作物で良く引用される設定って、割と出所が怪しいというか、そもそも『誰かが改変した設定』が『伝言ゲームでどんどん伝わっていく』ということで作られていっている可能性があるんじゃ?」
と思ったからである(こちらについても史料や先行研究は集めているが、色々長くなるので割愛。知りたい人がいれば付け加えます)
と、そんなこんなでネルガルについても調べようと思い、調べたのだが、正直結果としてあんまりにあっさり「ネルガルは太陽神とする史料は存在しない」という答えが得られてしまったのである。手ごたえの無さか、あるいはイガリムとシュルシャガナ以上に、議論・解釈の余地すらない、はっきりと答えが得られてしまったことで、「逆に関心を失ってしまった」のである。
まぁ結果、4年後、何故改めてnoteにしようかと思ったか、というと実は最近「ネルガルを太陽神」として扱う創作物だったりを少し目にしたのが原因である。
「あれ、もしかして、今まさに、伝言ゲームで『ネルガルは太陽神』という概念が生まれたのでは……?」
それがむしろ、僕にこの問題へと関心を戻す切欠となったのである。
というわけで、その4年前に集めた史料や先行研究に、最近改めて調べて知ったことを加えたnoteを書くに至った次第である。
前置きが長くなったが、本編は更に長いので、ご了承いただきたい。
2:注意書き
前置きに更に前置きを重ねて申し訳ないんだけど、此処からは少し手短にこちらのnoteの注意書き。別に本論と関係ないんで読み飛ばしても良いです。
まず僕は「実は大学時代ではアッカド語しかやってなくて、シュメール語は最近独学で学び始めた」という、要は「シュメール語文献に関しては素人以上専門家未満」ってレベルです。なので誤読・誤訳はあろうかと思います。シュメール語難しいからね。あとそもそもわかっちゃいると思いますが僕は所謂「日曜学者」であり、アカデミズムの場から遠ざかって久しいです。つまりこの意見は決して「現代アッシリア学の人々の認識や通説」を代弁するものではなく、全て僕個人のものです。これをもって「そうだったのか!専門家はそう考えてるんだな!」とするのはおやめください。全て参考文献は出典を明記しますので、もし疑問に思う所や、特別感心した点があれば、是非そちらをご覧になってみてください。言い換えればこの記事は、流行りのあのyoutubeチャンネルのフォーマットをお借りすると
「ゆるアッシリア学note」
です。
そして僕は「現代創作物で新たに生み出された伝説・伝承」に関しては特に肯定も否定もしない人である。改変が上手く行っていれば、あるいは単に面白ければ褒めるし、面白くなければ「まぁ改変する意味無かったよね」と思うくらいである。
というかそもそも、この手の神話伝承、特に古代メソポタミアだと「そもそも五千年前の古代人の伝承に、三千年前の古代人が付け加える」と言うこと自体が「壮大な伝言ゲーム」なわけで、それを更に三千年後の僕たちが尾ひれをいくらか付けるくらいは、愛嬌のうちというか、むしろ「まあ神話ってそんなもんだろ」という程度にしか思わない
※(無論これは、僕が歴史畑で、神話伝承は同時代史料と照らし合わせながら時々使うくらいの人だから、というのも大いにある。僕は「史料に裏打ちされて構成された歴史、文化、記憶」に対する改変自体は「創作物で行われる」程度は良いが「それがあたかも史実のように扱われる」ことに関しては少し抵抗感はある。しかし神話伝承の改変とそれの伝達に関しては、そうした抵抗も殆ど無い)
さて、と言うことで本noteの用法用量について。
「ネルガルは太陽神」って言っている創作物に対し「やーいデマに踊らされてる~」とか言いたいだけの人は、このnoteは読んで欲しくない。
そして反対に、「神話とか伝承、史実なんて、創作物のネタ帳程度でいいんだよ!」みたいに言いたい人も、このnoteは読んで欲しくない。
というかだな。一研究者ですら、一つの問題、課題を検討するのに、「膨大な先行研究と一次史料」を読むのにひたすら時間をかけるわけで、それこそ膨大な分量の創作活動をしながら、「片手間に歴史考証」なんてできるわけがないんですよ。そんな負担を、歴史を扱う創作物全てに強いるのは、あまりに「危険」です。
そして同時に、現代に伝えられる伝説や伝承、史実は、どれも「多くの研究者たちが、努力を惜しみなく費やし、時には一生かけて取り組んだ研究の積み重ね」によって生まれているわけです。それを「創作物のネタ帳」程度にしか思ってない人は、同時に歴史学や社会学、文化人類学の夥しいほどの貢献への冒涜をしているわけです。
とまあ、何が言いたいかと申しますと、
「アカデミズムにも創作者にも敬意を払える人だけ読んでください」
3:「ネルガルは太陽神」の発端
さて、ではここからは、僕が4年前に集めた史料をいくつかご紹介する前に、そもそもどうやって調べたん?という話をしていきます。
簡単です。
英語版wikipediaのネルガルに関する記事を読みました。
「ええ…」と思った方もいるでしょうが、古代史関係に関しましては、特に知らぬ分野の一次史料、二次史料に手っ取り早くアクセスするには「この話の根拠はこれです」というのが、手短かつ簡潔に得られる、という点ではwikipediaというのは大変優秀であります。勿論、wikipediaの記事自体を「参考文献」にするのは危険です。
ちなみに日本語のwikipediaは、「当然のように脚注・参考文献が存在しない」文章が大量にあるので、読むのはお勧めしません。読んだところで何の参考にもなんないからね。
というわけで、まず、ネルガルのwikipedia記事でほぼ核心に近づける情報を得ることができました、のでそちらの引用をば。
僕「ネルガルは太陽神ではない!QED!」
心の中の恩師「Wikipediaを参考文献にするな」
というわけで、まあちゃんと色々参考文献を読みましょう。ですがこの時点で当時の僕のやる気の減衰は半端なかったです。まず何よりこのKraelingさんの参考文献が1925年という、百年近く昔の論文ということ。そしてこのKraelingさんは「聖書学者」ということ。無論「聖書学」を僕が軽視しているわけではありません。後に「古代メソポタミア史と聖書学」の項でも詳しく話します。
どちらかと言えば「古い文献」かつ「その言説のフォロワーがいないこと」、そして「この時代の聖書学者の研究」という三つの要素が折り合い、この時点で「ああまぁ出所はなさそうだな」と思った次第であります。
とは言っても、「流石にKraelingさんの論文も読まず、この孫引きだけで終わる」のは流石に歴史学徒の端くれにも置けない態度なので、きちんと読ませていただきました。
で、該当の箇所はこちら。
中天の日、オリエント、メソポタミアにおいて、それは恐らく「死の熱」であろうことは今の温暖化激しい地球に暮らす僕たちにもよくわかる。しかし残念なことにKraelingさんが「ネルガルが太陽神」である、と考えたその根拠として、一次史料が挙げられているわけではなかった。
とはいっても「史料が無いから、ネルガルは太陽神という主張に妥当性はなない」で終わるのもなんだから、折角なので、次の章では、ネルガルというのが一体どういう神で、実際太陽神ではないとどこまで言い切れるのか、について一次史料・先行研究を参考にし、少し議論していく。
4:検証『ネルガルと太陽/死と熱』
4.1:「日没の王、ネルガル」
さて、まずネルガルと太陽の関係について、少し検討していく。実は、ネルガルが「太陽」と関係していることを示す史料自体は存在する。Zólyomiさんの論文で、ネルガルに関する賛歌の粘土板が公刊されており、ここで実はネルガルの称号として、以下のモノが登場している。
さて、「日没の王」、あるいは「西日の王」と訳せるこの文言は、Kraelingさんの言う「中天の日の権化」としてのネルガルとは関係ないものの、確かに太陽と関わる神として現れている。
「なんだやっぱり太陽神じゃんネルガル!!」
となった方、少し待っていただきたい。Zólyomiさんが紹介する粘土板では、もう一つ興味深い文章があるのです。
ここで興味深いのは「冥界、太陽が沈む地、光なき場所」という表現である。つまり「西日」「夕日」というのは、この粘土板では、冥界の暗喩であり、ずばり「太陽が沈んでいく場所=死者の行く場所」というイメージが含まれている。つまり先の「日没の王」というネルガルの称号は「冥界の王」と換言しても全く問題がない。
ちなみにこれは、古バビロニア時代のものと思われる粘土板で、既に口語としてのシュメール語は死語になってるであろう時期なのだが、アッカド期におけるウンマの都市の王、ルウトゥLu-Utuの碑文でも興味深い表現が確認できる。
こちらは、ネルガルの配偶神、エレシュキガルの碑文だが、ここでは「日の沈む地の女主人」という、エレシュキガルの称号が現れている。つまり、恐らくシュメール語がまだ用いられていたであろう時代・場所においても、冥界と西日が関連づけられて語られている。つまりシュメール、アッカドの文化において「冥界=日没」の比喩はすでに成立していたわけである。
さて、もうここまで行けば「太陽とネルガルは特に関係がない」と結論付けてもよいのだが、ここで、一つ取り扱っておきたい議論がある。
Artemovさんは、自身の論文で、先程挙げたネルガルとエレシュキガルの「日没の王/女主人」という称号に同じく注目しているが、日没と朝日のある種の「混合」が時折行われ、ネルガルが日没だけでなく朝日にも関わる神であるのではないか、と言う可能性を提示している。
ここでArtemovさんは、ウル第三王朝のシュルギ(Šulgi X, ETCSL 2.4.2.24)や、イシン王朝のシュイリシュ(Šu-ilīšu A, ETCSL 2.5.2.1)、そしてネルガル自身へ捧げられた賛歌(Nergal B, ETCSL 4.15.2)などに散見される「太陽神ウトゥとネルガルの併記」や、「西だけでなく東とも関連付けられるネルガル」などの事例を紹介している。
こうしてみると、実はネルガルというのは、ある意味で、エジプトのラーのように、太陽の位置(日の出、中天、日没、夜)で姿を変える太陽という観念に近いものがあるのかもしれない。
つまり「日の出~日没」までの昼の太陽がウトゥ/シャマシュ、「日没~日の出」までの夜の太陽がネルガル、という魅力的な対比構造が、こうした文献からは見えてくるのである。ただし仮にArtemovさんの提示した、この「半太陽神」とも言うべき状態がネルガルの形容に適切であったとして、それは勿論「ネルガルは死を思わせる熱さの化身だから」というわけではなく、「沈みゆく太陽に冥界・死の世界を想起したから」という方が適切であろうことは言うまでもない。
そして何より忘れてはならないが、シュメール人にとって「太陽」とは「ウトゥ」であるということだ。翻訳をするとわかりづらいが、シュメール語で太陽を表すサインは、他でもない"utu"の文字である。ウトゥは文字通り「太陽神」なのである。
転じてネルガルはどうだろうか?彼の名前は"{d}KIŠ.UNU、あるいは{d}KIŠ.UNU.GALなど様々な表記が存在する(Wiggermann, 1998)。訳出の仕方は色々あろうが、それは「大きな都市」を意味する語であり、Wiggermannさんは、これを冥界として解釈している(ibid.)。事実UNU.GALはirigal、あるいはurugalと読まれ、これは「冥界」「墓」を意味する語として用いられている(Sallaberger(ed.), 2020)。ウトゥが「太陽」の名を有する神とするなら、ネルガルはまさに「冥界」の名を冠する神である。
従って、ネルガルの太陽神としての性質として思われる様子というのは、文字通り読むべきではない。まず何より古代メソポタミアの冥界観及び世界観に対する理解を深めるべきであり、つまり「沈んだ太陽」をもって「冥界」を想起する彼らの宗教的思考を知らずに、受け入れるべきではない。
ここまでの内容をまとめると、
「日没の王」とは「冥界の王」のメタファー、あるいはメトニミーに過ぎず、少なくとも古代メソポタミア(紀元前3千年紀~2千年紀代前半)では、ネルガルが「太陽の神」と認識されていたことを明示する史料は存在しない。
4.2:太陽の熱と死
さて、本節はやや補論的な試みなので、読み飛ばしていただいても構わない。ここまで読んできて「面白い!」って思った人は、少しお時間いただけると幸いである。
ここからは、そもそも「真夏の太陽の熱が死を想起するから、ネルガルは太陽神なのに冥界神」みたいなKraelingさんの提案したような模式が、果たして「古代メソポタミアの暑さ観」は正しいのかを検証する。
とはいえ、そんなことできんのか?という話なのですが、少しだけ見ておくと面白い史料がある。
それが「冬と夏の論争 The debate between Winter and Summer (ETCSL 5.3.3)」である。この作品は、恐らく紀元前3千年紀末に作られたとされ、夏と冬が論争し、それの決着を神エンリルが宣言する、という形のもので、この夏と冬の擬人化が、兄弟であることや、そのエンリルへの供物の量などで議論をしている様子を見ると、カインとアベルを思い出させるものとなっている。
しかしところどころ欠損があること、そして何より現代人の我々には少しわかりづらい内容なので、やや解釈が難しいものとなっている。だがおおむねの流れは以下の通り
さて、冬の方が優れている、という判決についても、色々と話はできるのだが、私が注目したのはこの論争の中、「冬」が「夏」を非難する一節である。ただし、この部分、やや欠損があるため、少し注意が必要なことは前置きしておく。
これ、実は一見すると、我々の夏に関する視点によく似ているのに驚くだろう。「思わず避難したくなる暑さ」「虫が湧き、衣服類をだめにする」「冷たくて美味しいビール」、現代日本人の我々でさえ共感する「夏」の描写である。
しかし、少しだけ注意点があり、というのはこの「重い暑さ」という部分、恐らく「暑さ」という語は、欠損部分で、研究者により補われた部分だと思われる。Vanstiphoutさんの1997年の翻訳を見ると「heavy …」となっており、この時点で「暑さ」は補われていない。残念ながら、全てのこの翻訳を目に通せたわけではないし、当然全てのタブレットを検討できたわけではないので、「いつ、暑さの訳が加わったのか」ということは、私にはわかりかねた。
この訳補が正しいのであれば、これらの描写からも、「鬱陶しい暑さ」がシュメール人たちにとっても、共感されていたのは確かであろう。また「水の支配者」とされる「冬」だが、実際シュメールでは「秋・冬に畑のための灌漑作業」を行い(McCaffrey, 2012)、更に現代イラクの気候としても「冬の方が雨が降る」ため、この表現はこうした習慣・気候を取り入れたものであると思われる。
ただし、この描写から「夏は死の季節」と考えるのはいささか問題はある。彼らシュメール人は農耕民族である。そしてこの論争の中でも確認できる通り、夏は「様々な実りを享受する豊かな季節」である。農耕から離れ、季節関係なく安定した食料が提供される社会に暮らしている者にとっては、夏はまさに「死の季節」であろうが、古代メソポタミアでは「死と生」両方を享受する季節である。
5:聖書とメソポタミア
さて、ここまで熱心に読んでくださった方であれば、もう何となく「ネルガル=太陽神」という認識自体が、古代メソポタミアにあったと考えることは難しいと、私が判断した理由は理解できてくれたであろう。勿論私は所詮日曜研究者、好事家に過ぎない。ここでの議論はアカデミズムの場からすれば、未熟で稚拙であろう。反論、批判は大歓迎です。
というわけで、ここからはもう閑話休題、先程少し触れた、「聖書」と「古代メソポタミア」について触れていく。実はこれ、Liveraniさんが非常にわかりやすく纏めているので、そちらの内容を紹介したいと思う。
ここで書かれている通り、かつて古代中近東の研究は「聖書は正しい」という究極の目的のために行われていた。勿論勘違いしてはいけないが、この時代の聖書研究が「現在の古代中近東研究に多大な貢献をし、そして土台を作った」ことは純然たる事実である。聖書学の軽視は絶対にすべきではない。
例えば「ウトナピシュテムの洪水神話」と「ノアの洪水神話」の類似性については、このnoteを見に来た人であれば皆ご存じだろう。これは人によっては受け取り方が異なるが、例えばよく「聖書はパクリ」みたいな過激なことを言う人は結構いる。一方「聖書と類似する物語が古代中東の文学で見つかる」ことが、果たして聖書学において「忌避」されているかと言うとそうではない。むしろ「聖書の世界は現実に存在した」という受け入れられ方がされていた、というのである。
こうした背景もあることを知っていただければ、「百年前の聖書研究の一貫で、僅か一頁にも満たない短さで触れられた『ネルガルは太陽神』という内容」に疑問を抱いてしまう私の気持ちもわかってくれようか。
ところで、実はこの節で紹介したいのは、他でもないLiveraniさんの本で、このThe Ancient Near East: History, Society and Economyの序論は、他にも古代メソポタミアの研究の発展について、Liveraniさんの視点からではあるが、非常にわかりやすく、かつ詳細に論述されているので、古代メソポタミアの研究について触れてみたい、という人は是非ご覧になってほしい。
6:「それはそれとして原典を重視した創作したいんだけど、どうやって『正しい見解』を見つけりゃいいん?」っていう人へのアドバイス
はい。
というわけで、本論はすでに終わっている。そして最初に述べた通り「私は別に現代創作物が、古代の神話に修飾を加えたり、改変したりすること」自体に特に思う所は無い。
だけどもしかしたら、「少しでも原典通りの創作したいんだけど、どうしたらいい?」っていう人も少なからずいるかもしれない。そんな人へのアドバイスを折角なのでしたいと思う。
ずばり
「詳しい研究者から、信用の置ける文献を聞こう!!」
である。
「は?」って言葉が聞こえてきそうだが、こればっかりはこれ以外に答えは無いと思う。現代社会は、確かに「より多くの、より必要な情報」が手に入れやすくなった時代だ。専門的知識においても例外ではない。百年前、いや五十年前でさえ、学術的な場の議論は、一般人の手に入れられない論文集や、高値の専門書でしか触れることができなかったことを考えれば、多くの論文、専門書が、電子書籍、PDF、オンラインのリポジトリといった場で手に入れられる現代は、遥かに「正しい歴史・文化・神話の知識」に一般人でも接することが可能になっている。
だが、それと同時に「全く専門家かどうか怪しい情報」「出所不明の珍説」が、平気な顔で、そうした「学術的議論」の隣に並ぶ時代でもある。その正確性の調査を、素人が行うのはほぼ不可能といってもいい。
つまり専門家以外が、現代において「専門家の通説・議論」を知るためには、レファレンスを介する必要がどうしても出てくる。だから、本当に申し訳ないが、「正しい神話や伝承の知識」を手に入れたい方は、大学教授であったり、専門の修士・博士などに話を聞くことが、一番の早道であると結論付けざるを得ない。とはいえ、悲観すべきではない。近年は、そうした漫画や小説などに携わるクリエイターが、学術の専門家の研究にも参加することも見かける。更には、これはまさにインターネット時代の特権であるが、専門家の連絡先も手に入れやすくなった。
そのため「正確な歴史・文化・神話の知識」を得たい、という人は是非、そうした人たちに勇気をもって連絡をしてみるのもいいかもしれない。ただし相手は「論文・研究発表の準備に毎日のように追われている」ということを忘れぬように。
「連絡を取ったのに無視された!」とか「連絡を取ったのに断られた!」とか文句言うのだけは絶対にやめて頂きたい(ていうか「火の出処はここか?」って、僕のnoteも炎上するので本当にやめて)。あと報酬も"必ず"払おうね。
また仮に報酬は払いにくい、もっと気軽に知りたい、のであれば、図書館のレファレンスカウンターを利用しよう。ある程度の情報・文献であれば、時間はかかるものの、確実に手に入れてくれる。レファレンス協同データベースなどを見ればわかる通り、かなりマイナーな情報も手に入れてくれるし、更には「この本を見たが、見つからなかった」という回答プロセスまでわかるため、その後の情報検索の足掛かりにもしやすい。是非利用されたし。
って終わっても良かったんだけど、折角だし僕が「古代メソポタミアの知識を整理したい」っていうときに使うものを、次の参考文献で紹介したいと思う。用途などに分けて紹介するので、もし「古代メソポタミアの創作を行いたい」という方がいれば、これを参考にしていただけるといいかもしれない。ただ繰り返しになるが、僕は「素人学者」であって、「アカデミズムの場」に携わる人ではない。利用している文献の扱い方、評価については、専門家とズレがある可能性は大いにあるのでお気を付けを。
参考文献
(今更だけど、参考文献の太字は全部「書名」です。本来は斜体にすべきなんですがnoteで斜体にする方法わかんないので、太字にしてます。)
辞書
シュメール語辞書
Sallaberger, Walther(ed.), 2020, Müncher Sumerischer Zettelkasten.
…昔はHalloranさんのSumerian Lexiconとか使ってたんだけど、今は圧倒的にこちら。Müncher Sumerischer Zettelkasten(以下MSZ)は兎に角収録語の多さで圧倒的に良いんだけど、MSZの優れた点は、「様々な研究者がこの語を何と訳しているのか?」を参考文献付きで網羅していること。電子辞書サイトとして有名なePSDも未だに利用しやすいが、MSZも公式に配布(2022年11月現在)されているため、素人・玄人問わず、おすすめな文献である。
アッカド語辞書
The Assyrian Dictionary of the Oriental Institute of the University of Chicago.
…こちら、僕が学生時代散々お世話になった、通称CADである。こちらはアッカド語の辞書だが、「収録語」「用例」「翻訳例」において、他の追随を許さぬ「アッカド語広辞苑」あるいは「アッカド語OED」とも言うべき最高の文献である。何を狂ったか、シカゴ大は全部PDFで無料公開(2022年11月現在)している。未だにアッカド語ではこちらが最高の辞典であると思う。
事典
Frayne, Douglas R. and Stuckey, Johanna H. (2021), A Handbook of Gods and Goddesses of the Ancient Near East.
…神々の知識について手軽に知りたい方はこちら。昔はよくBlackさんとGreenさんのGods, Demons and Symbols of Ancient Mesopotamiaをよく使ってたんですが、最近でたこちらは「収録数」だけでなく、情報の出所、引用元がはっきりとしているため、「正確性」においても極めて信用性が高い。残念ながら(というか今までの二つが無料で公開されているのがおかしいのだが)、こちらは購入していただくほかない。kindleでも本媒体でも一万円を超えるので、流石に素人が買うのは難しいと思う。近くの図書館などのレファレンスセンターの利用をされたし。
ちなみに「ネルガルは太陽神」という記述はありませんでした。
Reallexikon der Assyriologie und vorderasiatischen Archäologie
…通称RlA。神々だけでなく、王や文化、慣習など、様々な古代メソポタミアの事柄を扱った事典。研究者による概説だけでなく、研究史、文献学・考古学両面からの解説、時代毎の変遷なども全て知ることができる、まさに「痒い所に手が届く」。
ちなみに「ネルガルは太陽神」という記述はありませんでした。
その他、本noteで扱った参考文献
Frayne, Douglas, 1993, Sargonic and Gutian Periods(2334-2113 BC).
Kraeling, 1925, "The Early Cult of Hebron and Judg. 16:1-3", The American Journal of Semitic Language and Literatures, vol. 41, No.3, pp. 174-8.
Liverani, Mario, 2014, The Ancient Near East: History, Society and Economy.
McCaffrey, Kathleen, 2012, "The Sumerian Sacred Marriage: Texts and Images" The Sumerian World, pp. 227-254.
Nikita Artemov, 2012, "The elusive beyond: Some notes on the netherworld geography in Sumerian tradition", OBO vol. 256, pp. 1-30.
Vanstiphout, H. L. J., 1997, "The Disputation between Summer and Winter", The Context of Scripture, I: Canonical Compositions from the Biblical World, pp, 584-8.
Wiggermann, F. A. W., "Nergal. A. Philologisch", RlA vol. 9, pp. 215-23.
Zólyomi, Gábor, 2010, "Hymns to Ninsina and Nergal on the Tablets Ash 1911.235 and Ni 9672", Your Praise is Sweet: Memorial Volume for Jeremy Black, p. 413-28.
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