昔書いた統計テキストについて語っておきましょうか
実は,本のタイトルをつけるのが苦手なのです。
これまで何冊かの本を出版しているのですが,たいていタイトルをつけるのが最後になってしまいます。あれこれ悩んで,もう最後は「なんでもいいです」という気分になってしまいます。
タイトルお任せ
新書も,原稿を一通り書き,校正も終わったくらいのタイミングにもかかわらず,タイトルは決まっていませんでした。いつもと同じです。
最後は「お任せします」ということでこうなりました。
キーワード盛り込み
今から十数年前の2004年,この黄色い表紙の本(初版)を出版するときも同じでした。それにしても,キーワードを入れまくりなタイトルですよね。「SPSS」「Amos」「心理」「調査」「データ解析」,さらにサブタイトルに「因子分析」「共分散構造分析」と,何かのキーワードで検索すれば引っかかるようにタイトルが作られています。これも出版社が戦略的につけたタイトルです。
この本は,私が初めて専任教員として務めた前任校で担当した「心理データ解析」という授業用のwebサイト教材がもとになっています。いまの研究室のサイトにも,そのページが残っています。
ありがたいことに,多くの方にこの本を買っていただき,多くの大学でテキストとして使っていただきました。この本を通じて私の名前を知っていただいた方も多数いるのではないかと思います。その一方で副作用としては,まるで私が統計の専門家であるかのように誤解されることも。
その代わりそれは,「そのイメージを払拭するためには他の本を書いたり研究をするしかない」と心の片隅に思いながら色々なことをやれてこれた,という動機づけにつながりました。ものは考えようですが,「統計の人」から「自己愛の人」とか「TIPIの人」とか「Big Fiveの人」とか,人物イメージは拡散したのではないかと思います。
せっかくの機会なので,少々昔話をしながら疑問に答えていこうと思います。
出版のきっかけは?
黄色表紙本の出版のきっかけは,web教材を見た編集者から連絡をもらったことです。実は他にもいくつか打診があったのですが,最初に連絡をいただいた出版社が東京図書さんでした。
東京図書さんはそれまでにも多数SPSSのテキストを出版していました。そして話を聞くと,ソフトの操作チェックをしてくれること,画面の取り込みも出版社でやってくれること,しかも,本文もwebサイトから取り込んでくれること(できあがった原稿をチェックすればよく,最初から原稿を書かなくても良い),など条件が破格だったこともあり,お願いすることにしました。
担当していただいた編集者の方は,この本が入社して最初の本だったと聞いています。現在は他の出版社に移られています。
最初の本なの?
私が最初に出版した本は,博士論文をもとにナカニシヤ出版から出版した「自己愛の青年心理学」です。博士論文をどうしても出版したくて,知り合いの先生に相談したところ仲介していただき,話が進みました。いまでも感謝しています。
日本学術振興会の出版助成をもらい,550部(だったかな)だけ印刷されました。ありがたいことにすべて売れ,現在は絶版です。よく読むとエラーも多いのですけどね……。この本についての話も,そのうちどこかでしておきたいと思います。
この本と先ほどの黄色表紙本は,どちらも2004年,3月と5月の2ヵ月間隔で出版されています。これは本当にたまたま,偶然の重なりです。
SPSSやAmosを使っていたのですか?
実は,就職するまではずっとSASというソフトを使って統計処理をおこなっていました。SPSSは,数量化III類という統計手法を使う必要があったときに,大型計算機にインストールされていたものを使った経験があるだけです。それはメニューを選ぶ形式(GUIベース)ではなく,プログラムを書いて分析させる形式のSPSSでした。
就職後も,職場の自分のパソコンから名古屋大学の大型計算機センターにTelnetをつないでSASのスクリプトを動かして分析をしていました(と書いてもわからない人がたくさんいそうですが,このあたりは流して読んでください)。
就職後,SPSSとAmosを使って授業をしてくださいという依頼がありましたので,この授業の教材を作成しているときに,私は初めてメニューを選ぶ形式のSPSSとAmosというソフトを使ったのです。
ちなみにSPSSやAmosやSASというのは,統計処理をおこなうためのソフトのことです。他には,RやHADやJMPやJASPなどなど,いろいろなものがありまして,最近はwebサイト上でもたいていの統計処理はできてしまったりもします。心理学の研究でもいろいろなソフトを使っているケースがありますし,私も別にこだわりません。私の研究室にいる院生たちも,各自が使いたいソフトを使っています。
初めて操作して書けるの?
この本はありがたいことに「操作の手順がわかりやすい」と言われることがあります。それは「SPSSとAmosを初めて操作した手順通りにステップを省略せず書いた(なにせ素人なのでそうせざるをえない)」というところがよかったのだと思っています。たぶん,二度と同じようには書けないでしょう。もう初めての感覚は失われており,そうなると慣れた操作をつい飛ばしてしまいがちです。
操作が初めてだったからこそ,初めての人にわかりやすく書けたということもありそうなのです。
ソフトの使い方だけでは?
「この本で勉強してもソフトの使い方だけで,統計についてわかるわけではないのでは」,という感想を抱く人はいるはずです。
それはその通りです。なぜなら,この本のもとになった授業の位置づけは,「統計の理論的な授業は別にあるので,ソフトを使って一通り分析できるようにすること」だったからです。そういう位置づけの授業だったからこそ,「統計の内容はそっちで補ってください。ここでは実際に分析できるように実習形式で授業しますので」という割り切りができていたのです。作業の分担ができていたから,思い切ったことができたというわけなのです。
そういう裏事情を知らないと,「この本だけではダメだ」という意見をもつのも当たり前です。前任校のすばらしく充実したカリキュラム(だと今でも私は思っています)だったからこそ,この本の内容に結びついたということです。逆にいえば,それができないカリキュラムの大学では,中途半端な内容になるのは致し方ないと思うのです。そういう環境で教えることができた私は幸運でした。
大学のテキストというのは,それぞれの教員が所属する大学で教えるレベルや教える状況が反映しています。大学の状況というのは,本当に多種多様で千差万別なのです。ですから,昔と同じ内容のテキストは,今の状況では書くことはできないのです。
それに,私自身の知識もアップデートされています。もちろん,当時のテキストを見て「これではいけない」と思う部分もあるのですが,あれはあれで微妙なバランスの上に成り立っているとも思います。たぶん今自分がもっている知識で書いてしまうと,初学者向けの内容ではなくなってしまう可能性もあります。ですから,版を重ねる際も,多少の改訂はしつつも基本スタンスはそのままにしてあります。
なぜweb教材を作ったの?
いまの各種統計テキストの充実ぶりを見ていると信じられないかもしれませんが(amazonで検索すると本当に色々な本が出てきます),web教材を作った理由は「自分が置かれた状況にぴったりで,使いたいと思うテキストが存在していなかったから」です。
当時,因子分析だけとか重回帰分析だけとか,分析別のソフトの使い方が詳しく載っているテキストはあったのですが,必要な内容を一通り,1冊の中に詰め込んでしまうテキスト(それは無謀な試みですが必要に迫られてのことです)はなかったのです。それは,多少無理をしても「卒論でこのくらいの分析を経験してほしい」とか「ここまでできるようになって卒業してほしい」とか「ここまで経験すれば論文を読めるようになるかも」といった思いの反映でもありました。
すでに説明したように統計の講義は別にありますしたので,この授業は半期の授業で心理学の卒論で一通り使う程度の分析をざっと一通り,実例を交えながら体験する内容でした。そういう特殊事情に対応できるテキストは,当時は私が知る限り存在していなかったのです。
そこで「だったら自分で教えたいことをweb教材にしてしまえばいい」と考えたというわけなのです。それに自分で書いてしまえば,自分の授業ペースなのですから当然,授業をするのは楽になります。
これは他のテキストでも良くあることなのですが,自分にとって使いやすいテキストが,他の人にとって使いやすいとは限りません。だったら自分で教材をつくってしまう,というのはひとつの方法です。
続編は?
続編というのはこの青い表紙の本のことです。
この本も,web教材がもとになっています。
私が前任校に赴任したのは心理学科が新規開設される半年前でした。最初の入学生が入って学科が立ち上がり,最初の4年が経過するタイミングで,カリキュラムの再構成が行われることになったのです。その際に,データ解析の授業を拡張する形でもう1コマ追加され,より充実した内容にすることが試みられました。
そこで,もう半期分のweb教材を作ったというわけです。こちらのコンセプトは,「1本の論文を書くのに必要な一通りの分析を組み合わせて体験させる」というものです。
「○○分析」「□□分析」と,分析別になりがちな統計の授業ですが,実際に分析をするときには,得点分布を見て平均値と標準偏差を算出し,因子分析をして構造を確認してから得点を合計し,相関をチェックしながらα係数を出して内的整合性を確認,そのあたりで基礎的な分析が終わって,そこからメインの分析として分散分析をしたり相関係数を出したり重回帰分析をしたり,ときにはグループ分けをしてみたりと,分析がぶつ切りにはならずに連続していきます。でもそれまでの授業のままでは,学生にそれが伝わらないな,と思っていました。
そこで,カリキュラムの改変をチャンスに,自分が思っていた内容を授業にしようと考えて,一通りの連続した分析を体験するためのweb教材を作ったというわけです。
そして,そのweb教材を取り込んだのが青い表紙の本になりました。黄色表紙と同じように,原稿を作成する際にはweb教材を取り込んでもらいました。
この本のひとつのこだわりは,同じ操作を省略せず,何度も本の中に繰り返し登場させるというところにあります。たとえば,相関係数を算出する分析が複数のセクションに繰り返し出てきます。だって,実際に分析するときには本当に何度も算出するのですから。それを省略せず手順通りに進めていくことで,いつのまにかその分析方法を身につけさせようという意図もありました。またそこには,「○○ページ参照」という形で別のページをめくるのが私自身も好きではない,という好みも反映しています。
もうひとつのこだわりは,「分析した結果を,論文の形式で書くとどうなるかを示した」点です。これは,私立大学の多くの学生に対して効率的に教えることを意図していました。ただ,当時と今とではまた論文の書き方が変わってきていますので,改訂していかないといけないのですけどね……。
三部作?
2冊出版したところで,担当の編集者の方に「三部作にしましょうよ!」と言われました。
「はあ,そうですねえ」と気の乗らない返事をしていたのですが,「これまでの2冊では足りない部分はどこだろう」と,しばらく考えていました。たしか,住んでいた借家の庭をぼーっと眺めていたときに,ふと思いついたのがピンク色の表紙の3冊目のコンセプトです。
この本です。結構内容は自分なりに考えたのですよ。でもそういう本に限って,残念ながらあまり売れなかったりするものです。
そのコンセプトをもう少しわかりやすく書こうと試みた改訂版が,こちらの本です。
この本のコンセプトは前の2冊とはまた違っていて,「少し分析できるようになったときにひっかかりやすいポイント」に焦点を当てたものです。
たとえば簡単な例ですが,何も考えずに相関係数を算出すると相関係数も小さな値で有意ではないという結果になっています。それで「分析終わり」となるのですが,実は散布図を描いてみると曲線関係になっていて,単純に数字だけを見ていてはその関係に気づけない,という内容です。
ずいぶんネタの内容をあれこれと考えて苦労したのです。個人的には「何も考えずに分析すると落とし穴にハマるよ」というスタンスの内容で,気に入っています。でも,苦労したからといって,また自分が気に入っているからといって,売れるわけではないのですよね……なかなか厳しいものです。
授業の効果は?
当時SPSS社は,企業の人たちを集めるOpen Houseを年に1回実施していました。たとえばこの記事です。
このイベントでは,学生向けの「研究奨励賞」というものもあったのですが,そこに前任校の「学部2年生」のうち希望者が応募していました。1年生の調査実習でとったデータを,2年生の授業で習うSPSSやAmosで分析して応募していたのです。そして,毎年,東京ドームホテルに行って研究発表(だいたいポスターセッションに残るくらいでしたが)をしていました。
ちなみに当時の調査実習の内容は,こちらのテキストになっています。
周囲で発表しているのは,誰もが知っている東京や関西の有名大学,しかも4年生や大学院生たちでした。その中に混ざって,全国的には名の知られていない大学の2年生が発表していたのです。それは,彼・彼女たちにとって大きな自信になったことと思います。
あるとき,全国的に知られる大学の上級生が発表している内容を聞いて,私が連れて行った学生は「先生,あそこの分析は対応のある検定をしないといけませんよね」と,的確に誤りを指摘していました。その学生も優秀でしたが,私自身とても嬉しかったことを覚えています。
最後に
さて,今回はこのくらいにしたいと思います。機会があれば,他の本の裏話も書いてみましょう。
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