『晩夏(ひとりの季節)』

水面に波紋が広がっていく様子を想起させるようなイントロ。

ユーミン4枚目のオリジナルアルバム『14番目の月』収録曲。その最後を飾るのが『晩夏(ひとりの季節)』だ。

このアルバム、『14番目の月』というタイトルからしてセンス抜群なのだが、収録された曲達もアルバムタイトルと同名の『14番目の月』、『中央フリーウェイ』、『天気雨』、表題の『晩夏(ひとりの季節)』と名曲揃い。その中で『晩夏ー』は、秋の気配を感じ始めた頃にぴったりな一曲。

おそらくユーミンに少しでも興味を持っている人なら一度は耳にしたことがあるのでは。そんな人達には何を今更、と、言われそうなこの曲の肝はサビ部分、


「空色は水色に 茜は紅に」

更に2番目のサビ

「藍色は群青に 薄暮は紫に」

日中から夕方、夜へと時間毎に変化する空を色の名前だけで的確に表している。この曲の肝は明らかにこの美しい空のグラデーションの表現なのだが、敢えて別の部分に注目したい。

この曲、実は色が氾濫している。空の色のみならず、花の色、葉の色。そんな中で取りあげたいのは、2番のサビの最後、締めくくりの一文、

「ふるさとは深いしじまに輝きだす」

夜に沈んでいく町が、静寂の中で、浮かび上がるように輝きだす様が目の前に広がって見えるようだ。でも、ユーミンの歌詞の凄さに注目して歌詞を読み解いていこうとしているわりには、少しパンチが足りないような…。

この部分に着目したのは、1番のBメロがあるからだ。そこでこの主人公は、

「何もかも捨てたい恋があったのに
不安な夢があったのに
いつかしら 時のどこかへ置き去り」

と、言っている。

色の氾濫する情景をひたすらに描写した歌詞の中で、主人公の心情が表されているのはほとんどここだけ。だからこそ際立っていて、主人公の背景がちょっとだけ探れる。

置き去りにすることと、忘れることは違うことだ。置き去りにすることも忘れることも、また、振り返ることも強さであると思う。

この「何もかも〜どこかへ置き去り」が、「ふるさとは〜輝きだす」に結び付く。置き去りにしてしまったという心の底の暗がりから、秘めたものが浮上し、再び輝きだすのだ。それが恋か夢かはわからないけれど。

ユーミンの曲にはいつも何かしらの救いがあるように思う。

今の若い人達の歌は、言いたいことを詰め過ぎて、その肝がわからなくなっている。メロディーの中に思いを全て入れ込まなくても、わざわざ難解な言葉を並べなくても、情景を描くだけで、こんなにスッと耳に入り、理解でき、人の心に思いを呼び起こす曲があるのだ。

ちょっぴりセンチメンタルな気分の時に聴きたい曲。

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