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データを解明するのが醍醐味。夢や憧れがあれば苦しいときも頑張れる。

 慶応義塾大学の野球部時代のことを「選手として全くはうまくなかったので、データ班として記録を数字でまとめたり相手の分析を行ったりしていました。ストライクゾーンを9分割にして、『このコースのストレートはヒットを打たれた』『このコースのスライダーは内野ゴロだった』とか。当時は全然楽しくなくて、将来アナリストになるとは夢にも思いませんでした」と振り返る星川さん。それが2009ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、データ分析担当として侍ジャパンの優勝に貢献。2023WBCでも日本開催時に大谷翔平選手らのデータ計測を行うなど、チームの一員として監督、選手とともに戦うまでになっていた。そういった経験を踏まえて、スポーツアナリストの最前線で活躍している星川さんにお話を伺いました。

野球のスコアラーとアナリストは役割が違う
 
――野球の世界一を決めるワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でデータ分析(アナリスト)を担当されていた星川さんは、ご自身も野球経験があるのですか?

星川:はい、小中と野球をやっていました。僕は1976年生まれですが、僕の年代だと周りはみんな気がついたら野球をやっていました。東京都昭島市出身で、近くに多摩川が流れていて原っぱがいっぱいあったので、学校が終わったらランドセルを放り投げて学年関係なく近所のみんなで野球する、日が暮れたらボールが見えなくなるので帰る、そういう感じでした。
 小学生のときはキャプテンをやったり、中学生のときは1年生でレギュラーになったりとうまかったほうだと思いますが、高校では応援指導部、いわゆる応援団に入りました。応援団は理不尽の塊でしたね(笑)。夏でも学ランですし、練習は声出しとランニングばかり。また太鼓を叩きまくるため手の豆が潰れて血だらけになっていました。
 大学では再び野球部に入ったものの、高校時代にやっていなかったこともあり下手くそだったのでデータ班も兼務になりました。でも2回も留年したので3年生になった時に野球部も辞めてしまいました。留年した分の学費や家賃・生活費を自分で稼がないといけなくなり、いくつかアルバイトを掛け持ちする中のひとつとしてアソボウズ(現データスタジアム)で、プロ野球の試合中継を見ながら配球データを記録するアルバイトもしていました。テレビ局の野球中継のスコア付けのバイトをしたこともあります。年間に何百試合もデータを付けていたのが、今のスキルの礎になっていると思います。

――具体的に、野球ではどんな分析をするのか教えてください。

星川:野球の場合は、大きく分けて2種類あります。1つは相手の分析をする役割で従来の呼び方としては“スコアラー”さんの役割になります。選手からは「どのボールを狙ったらいいですか?」と具体的なことを聞かれます。もう1つがいわゆる“アナリスト”で、こちらは最新のテクノロジーを使い、今までなかったデータをもとに仕事をします。相手の分析というよりはどちらかというと選手自身のパフォーマンスを上げる為の分析で、例えばピッチャーであれば、自分の投げたボールが思い描いた通りの軌道になっているか、普段と変わっていることはないか、ということを確認できるようにトラックマンなどの機械を使って数字や画像として選手に提示しています。

――2009WBCでは、現地アメリカのドジャー・スタジアムで優勝の瞬間を見られていたのですよね?

星川:ダルビッシュ選手が三振を取って日本が勝った瞬間、ベンチの端にいました。そのとき、みんながワーッとなった光景、そのあとのパレードの花ふぶき、そしてシャンパンファイトに参加させてもらったことは今でもしっかり脳裏に焼き付いています。
 2023年のWBCも印象深く残っています。大谷翔平選手からいろいろな話を聞きました。というのも、メジャーリーグの球団にはアナリストが何十人もいて、機械も測定技術も日本より進んでいます。そうしたアメリカの最先端の技術や理論について、大谷選手がどう思っているのかを聞きました。
 大谷選手については、ナゴヤドームでバッティング練習をしていたときに初めて彼のデータを取ったのですが、その数字が「すごい」のひと言でした。当時、周りの人に「今年、大谷選手は絶対ホームラン王になるよ」と勝手に言っていましたが、実際2023年は44本のホームランを打ってア・リーグのホームラン王になりましたからね。

選手に響くデータをピンポイントで出すのが難しい
 
――アナリストをやっているなかで、『難しいな』と感じたことを教えてください。

星川:『いかに選手に響く、もしくは伝わるデータをピンポイントで出せるか』でしょうか。データは膨大にあり、それぞれが事実を示してはいるのですが、何がその人にとって必要かは人それぞれ。伝えるタイミングも重要です。数字上はこうだけど、選手はこう思っている、数字はこうだけどそのまま解釈しちゃダメ、ということがあるなか、最終的に選手に『そうだよね』『あ~、そうそう』と思ってもらえるかどうかが大事なので、それをどのように抽出するか、どんなタイミングで伝えるかというのが難しいです。選手が今何を課題としているのか、何に悩んでいるのかとかを見分ける、察知することが必要で、それが難しいです。

――それがピタッとハマるとやりがいになりますね。

星川:選手が伸びるお手伝いができたときは本当にうれしいです。アマチュアの選手から「星川さんから教えてもらったことをやったら三振がたくさん取れるようになりました」と最新の動画が送られてきたときは、素直にうれしかったです。
 いちアナリストとしてはそうしたやりがいがありますが、ビジネスパーソンとしては『新しい仕事をつくっていきたい』と思っています。限られたパイを奪い合うということは絶対にしたくなくて、新しいパイを作っていきたい、市場を拡大したいと思っています。その点、僕がトラックマンをはじめ新しいテクノロジーを使って分析するという分野を開拓できたことは野球界への貢献としてとても大きかったのではと自負しています。それまでになかった新しい職業を生み出したわけですから。

――分析するための機器は値段に幅がありますが、それは性能の差ですか?

星川:簡単にいうとその通りです。いまのマーケットに出ているものでトラッキングデータを取得できる機材ですと、1万円程度のものから5,000万円以上するものまであります。

この日は、「BLAST」というバットのスイング時のさまざまなデータを計測する機器を使用。グリップエンドにつけるセンサーからBluetoothでiPadやiPhoneなどの端末に打撃に関するさまざまなデータを送信する。

――機器に関しては今後もどんどん性能が高いものが出てくると思いますが、『これができたらすごい』と思うことは何ですか?

星川:打者がタイミングの取り方が上達する機械、でしょうか。野球では、バッテリーが1球ごとに球種、球速、コースを工夫して投げ分けています。バッターとしてはそれに対応するのがとても難しいのですが、なかには「タイミングを合わせるのがうまい」という言われる選手がいます。 そうしてタイミングを合わせるのがうまい選手にどうしているのかを聞くと、本人もうまく説明できないことが多いんですよね。それこそが野球の本質で、だからこそ身につけるのが難しい。本人はできても、ほかの人は真似できない。機械で測ることはできないので数値化できないのですが、数字を扱う人(アナリスト)は矛盾しているところがあって、そういう解明できないところをどうにかして解明したいのです。
 でも僕個人としては、解明されたら野球がおもしろくなくなるな、とも思っています。チェスなどではAI(人工知能)のほうが人間より強くなっていますが、野球には“センス”という解明されない領域がずっと残っていてほしいと思っています。そのほうがスポーツとしての魅力があり、試合も面白いと思います。でも、繰り返しになりますが、アナリストしては、現在解明できていないことを解明したいという気持ちがあるんですよね(笑)。
 
アナリストは『本当かな?』と疑う心がけが必要
 
――ヒューマンアカデミーでは野球に特化したアナリスト講座を開設していて、その監修をされているのが星川さん。どんな特徴のある講座なのかを教えてください。

星川:特徴は、“今現在、最前線で活躍しているスペシャリストたちを揃えた”ということだと思います。全12回の講座ですが、すべて僕が担当するわけでなく、いろいろな方に講師をしていただきます。アナリストの仕事は多岐にわたるため、すべてをできるアナリストはいません。それぞれのアナリストがそれぞれ特徴や武器を持っています。受講生にとっても、ジェネラリストが講座をやるよりも、それぞれの領域のスペシャリストの話を聞くほうがおもしろいじゃないですか。しかも、「10年前にやっていました」ではなく、今実際に現場でやっている最前線の専門家を呼んでいるので、そういう意味では他では真似できないカリキュラムになっていると思います。

中田真之(ミズノ株式会社 BLAST企画担当)講師によるバットスイングデータの実践講義

――アナリストとして大切なことは何だと思いますか?

星川:批判的思考だと思います。他人を批判するという意味ではなく、昔から言われている通説について『本当にそうなのかな?』と疑うマインドを持ちファクトをもって検証しようとすること。あとは、選手たちと一緒に戦っているという気持ち。実際にチームに所属すると分かるのですが、アナリストって数字を扱っているのでどこか一歩引いた目で見てしまいがちなんです。でも選手たちは大変なプレッシャーの中でやっている。そんななか、同じチームメイトとして試合に勝つために戦っている一員だというマインドがないと、選手から見抜かれて信用されないと思います。

――これからスポーツアナリストを目指す人へのメッセージをお願いします。

星川:大谷選手は「憧れるのをやめましょう」と言いましたが、アナリストに関しては、憧れを大切にしてほしい、と思っています。僕が新卒でアソボウズに入社したとき、ベンチャーの会社だったこともあり社員は10名もいませんでした。でもそのとき『この分野で世界一になりたい』と思ったんです。当時は恥ずかしくて誰にも言いませんでしたが、でも心のどこかにそういうものを持っておくことがすごく大事だと僕は思っています。自分なりの夢や憧れがあれば、『今日はもういいかな』とか『疲れたな』と思ったときこそ頑張れる源になる。若い人ほど、それを大切にしてほしいと思っています。

<プロフィール>
星川太輔
株式会社リバー・スター代表取締役。1976年生まれ。慶応義塾大学進学後、株式会社アソボウズ(現データスタジアム株式会社)に入社しデータアナリスト、プロスポーツチーム向けコンサルティング事業を担当。2009WBC、2023WBCではデータ分析担当として日本代表チームに帯同し、世界一に貢献。データスタジアム退社後、商社勤務を経て株式会社リバー・スターを設立し代表取締役に就任。


※2024年9月に取材した内容に基づき、記事を作成しています。
 名称等は取材時のものとなります。

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