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日系グローバル企業における法務連携の課題と解決策
この記事は約5500字(10〜15分ほど)です。
0. はじめに
「海外法務との連携」ってどんな課題があるでしょうか。例えば以下の課題が考えられます。
不透明または脆弱なコンプライアンス体制の改善
言語と時差によるコミュニケーション不足の克服
異なる準拠法および文化に対する柔軟な対応
トランスボーダーな規制(GDPR、FCPA、輸出管理)や案件(M&A、訴訟とその証拠保全、地政学的リスク)への迅速な反応
一時的な解決策は見つかることもありますが、根本的な解決は難しい課題ですよね。
複数の要素が絡み合うため部門間の協力も重要ですし、これを特定のキーマンのスキルだけで乗り切ってしまうこともありますが、異動などで体制が崩れやすいリスクもあります。
本記事では、こうした難題に対し、グローバル企業における効果的なガバナンス体制の構築を目指し、法務部門が果たすべき役割や具体策を紹介します。
最近日経をにぎわすランサムウェア攻撃被害や、日本製鉄のUSスチール買収の難航も、実はこのトピックと関係する!?
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1. 日系企業の海外展開と連携の背景
そもそも、なぜ「海外法務との連携」が必要になったのか、背景を把握していきましょう。
詳しくは「グローバル競争力強化に向けたCX研究会報告書」を参照頂ければと思うので、ここでは簡単に説明します。
日本市場の内需縮小に伴い、多くの企業が海外展開を余儀なくされてきました。
特に大手コングロマリット企業では、輸出型ビジネスモデルから現地生産に流れが変わる中で、現地法人の設立や買収が進みましたが、意思決定の遅れやリソースの非効率化が課題となっています。
デジタル技術の進展により、これらの拠点がより有機的に統合される環境が整いつつありますが、法務部門を含むコーポレート機能の強化が求められています。
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この図では国ごとに一社しかありませんが、複数社乱立してたりします
(「グローバル競争力強化に向けたCX研究会報告書」から引用)
2.グローバル企業の成長ステップ
現代のグローバル企業では、法務の連携だけでなく、全社的な一体感が求められます。企業の成長段階に応じて、法務部門も柔軟な連携体制を設計する必要があります。
萌芽期:
海外出張者や代理店、最小限の営業機能を持った支社が海外展開を実行し、コーポレート機能は日本に集中。過渡期:
支社の拡大や現地製造の進展に伴い、海外に複数の拠点が乱立し、統制に課題が生じる。グローバル企業化期:
リージョナルヘッドクォーターの設立やカンパニー制の施行により、地域軸または事業部等の軸での統合と管理強化が求められる。
3. 連携体制の設計におけるガバナンスの多様性
グローバル企業におけるガバナンス体制は、以下の3つのパターンが想定されます。企業発展の沿革や事業によって異なるイメージですね。
A. 本社集中型:
本社に意思決定とコーポレート機能を集中させ、海外現地法人に権限を委譲するパターン。
権限委譲の程度は会社によって異なりますが、連邦制のように自主性を重んじる企業(と言えば聞こえは良いですが、実態は野放しも少なくないかと…)もあれば、コーポレートにおいてはローカルな課題に限り現地法人に任せるような企業もあります(国内支社・工場との関係と似たものと考えると分かりやすいかもしれません)。B. カンパニー制度:
事業ごとに独自の間接部門を設置し、コーポレートリーガルとビジネスリーガルが別々に存在するパターン。C. リージョナル統括型:
リージョナルヘッドクォーター(RHQ)を設立し、地域ごとに統括機能が配置するパターン。本社間接部門としてのコーポレートリーガルと、地域間接部門としてのリージョナルリーガルが別々に存在します。
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というわけで、以上の背景を踏まえて課題解決を考えてみたいと思います。
4. 「海外法務との連携」で何をしなければならないのか
4.1 グループガバナンスデザインへの関与
法務部門の連携を円滑に進めるためには、自分の会社のグループガバナンス構造を理解する必要があります。
まだ『過渡期』にいる企業であれば、今後ガバナンス体制を整える段階でコーポレート機能の連絡網を一緒に作っていく必要が出てくるかもしれません。
既にある程度グローバル企業としての体制が整っている場合は、上述のA~Cの体制下で検討する必要があります。
Aの本社集中型であれば特に反対されないと思いますし、海外対応(日本国外の法律対応)は弁護士事務所への委託が主軸になると思います。
しかし、Bのカンパニー制度やCのリージョナル統括型の場合、Bだと事業部門のライン、Cだと地域統括機能が権限委譲の基本線なんですよね。
ここに法務部門でも連携したいと唐突に主張すると、二重の連絡ラインが生まれ、意図せず混乱や抵抗感を引き起こしてしまう可能性があります。
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法務機能でつながっているかは別の話なんですよね
対応方法としては、責任分担の考え方の一つであるRACIにおいて、R、A、Iは既存の権限委譲のラインを尊重しつつ、Cとして入り込んでいき、信用を勝ち取っていくといったところでしょうか。
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もちろん、関係部署とのコミュニケーションも欠かせないと思います。内部統制や人事、経理といった他のコーポレート部門と共同でコーポレートラインを形成したり、または事業部門や地域統括機能の信頼を勝ち取ることで、ラインを形成することも考えられます。
4.2 法務部員の語学力向上による円滑なコミュニケーション強化
とまぁ、マクロな視点からのアプローチから入りましたが、ミクロな視点からも解決することは重要です。
当然ながら、日本本社の法務部員が英語での業務遂行能力を備えていることが不可欠です。
オンライン英会話のコストは低めなので、補助金を出す、業務時間内に受講できるようにする、といった支援策も比較的簡単に取り入れられます。英文契約作成や海外訴訟、英文の法律文献の読解に役立つとかも決裁の後押しにしやすいですよね。
更に語学研修プログラムの導入やNY Bar取得支援なども値が張りますが、効果的です。法務部員採用のアピールポイントになるという副産物もあります笑
4.3 法務部門間のコミュニケーション施策の充実
既に海外法務が存在するのであれば、上述した二重の連絡ラインによる混乱を気にとめておく必要がありますが、以下の施策を通じて、連携を深めることが可能です。
定例会議:
本社とリージョン間での年次、月次や四半期ごとの定例会議を設け、案件の共有や検討を行います。
ただ、時差や時間の拘束が厳しいですね。情報共有がメインになるのであれば、一般論として会議より資料共有の方が良いでしょう。会議を実行するのであれば、検討やレクチャー、交流を軸に据えたいです。ニュースレター配信(資料共有):
本社とリージョン間で法務部門のニュースレターを定期的に配信し、最新の規制や法務トピック、リージョンごとの法務活動の状況を共有します。
大変そうですが、他の報告ラインで使っている資料をうまく活用するだけでも効果的です。駐在派遣と逆駐在:
現地理解を深めるために、日本本社からリージョンへの駐在員を派遣する、古式ゆかしき方法です笑
ただ、私は駐在員の価値が今後再確認されるのではないかと考えているので、後述します。
最近は逆にリージョンから日本本社への逆駐在を行うパターンもあるようです(双日法務で実施しているそうです。後日ビジネス法務の記事掲載該当号を記載します)。
日本が海外を理解することも重要ですが、海外の方に日本の仕事のやり方を理解いただくことも重要です。スタッフ間交流:
日常的な連携を促進するために、日本含む各地域スタッフレベルでの定期的なオンライン交流会が有効です。現地のちょっとしたニュースが本社の仕事に関係することがあるので、意外に有効です。
記事冒頭に挙げた日本製鉄のUSスチール買収も、米国の法務であれば選挙戦前で争点化する恐れがあると気がついていた人がいると思うんですよね。そういった現地ならではのアンテナをキャッチすることは重要だと思います。
慣れてきたらお互いに勉強しあえるトピックで組ませる「クロスリージョン・メンタリング」も有効ですね。
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日本人って何考えてるか分からないと思われてるようですし…
(実際は英語苦手なのと、時差で眠いだけだったりするんですが)
4.4. コミュニケーション施策をさらに発展させた「バーチャルワンチーム」の推進
上述の取り組みがある程度定着してきた場合、より高度な連携を実行できるようになります
グローバルプロジェクト:
各地域から代表スタッフを選出し、特定のテーマについて検討させます。
例えばリージョン間で連携するM&Aプロジェクトをテーマとし、各国の法規制においてどのような論点があるかや、連携の注意点についてまとめると面白いかもしれません。他リージョンの文化や法規制に対する理解を深めるとともに、法務部全体の対応力を高める機会を提供します。バーチャル・グローバル法務チームの設立:
上述のプロジェクトは一過性のものですが、定期的に検討・連携する「バーチャル・グローバル法務チーム」も考えられます。このチームは、最新の法改正情報、事案の状況をリアルタイムで共有・検討し、地域間の一貫した対応を支援します。
グローバル企業へのランサムウェア攻撃は特に末端の海外拠点が狙われやすい傾向にあります。2024年7月に攻撃を受けたセイコーエプソンは台湾、アルプスアルパインは中国、6月に攻撃されたNTTデータはルーマニアのようです。
ランサムウェア対策はデジタル部門が矢面に立ちますが、ガバナンスが行き届いていない場合、法務も事後対応で巻き込まれてしまうため、ここで述べているチームアップが必要になります。リージョン主導のワークショップと年次グローバルサミット:
年次会議が行われているなら、「グローバルサミット」とし、リージョン側が積極的にリードする形式を導入するのも面白いかもしれません。各リージョンがテーマや議題を提案し、サミットで自らプレゼンテーションを行う機会を与えることで、リージョン側の自主性とリーダーシップを高めます。
4.5. 法務部門としてのグローバルガバナンス体制の確立
最初のガバナンスの話に戻ります。コミュニケーションがある程度確立してくると風通しが良くなってくるため、逆に交通整理が必要になっていきます。
本社法務・海外法務の役割分担の明確化:
案件によってはどの法務が担当するか、リードするかが明確でないことが多いです。どのような条件下であれば、本社法務なのか、海外法務なのかを明確化する必要があります。法務部門のラインにおけるRACIを明確する必要があるということですね。
別の観点から言えば、リージョンが自身の所掌範囲内であれば各地域独自の実践的ガバナンスを奨励できるので、現地の特性に応じて柔軟にリスク管理を行ったり、リーダーシップを発揮することにもつながります。法務部門全体が能動的にリスク管理に貢献することが最終的な目的ですね。
「リージョン・リスクマップ」と「リスク・スコアリングシステム」の導入:
各地域の政治、経済、社会リスク、地政学的リスクなどを可視化する「リージョン・リスクマップ」を作成し、法務部門はこの情報を基に現地の状況に適したリスクスコアを算出します。これを本社に一元的に提供することで、迅速かつ効果的なリスク管理体制を整備できます。
5. どのような「海外法務との連携」をゴールとするか
という訳で、海外法務の連携というよりは、グループガバナンスの話がメインになってしまいました。ただ、引き合いに出した「グローバル競争力強化に向けたCX研究会報告書」において、コーポレート機能の強化が日系企業の課題として挙げられており、「海外法務との連携」はその文脈上にあるため、言及してみました。
「グローバル競争力強化に向けたCX研究会報告書」では残念ながら法務部門のCX(コーポレートトランスフォーメーション)について言及はないのですが、検討に挙げられている3つの部門(経理・人事・デジタル)の中では人事が近いかなと思います。
すなわち、最終的な組織構造としては、日本本社の法務は全社的な方針(と日本の案件)のみをハンドリングするか、全社的な方針に加えて各地域の方針を一部ハンドリングして、後は地域の法務に任せるスタイルになると思います。
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私はここで重要になるのは駐在員だと考えています。
「グローバル競争力強化に向けたCX研究会報告書」では「日本人駐在員を現地法人に派遣して統治してきた が、この10-15年の海外ビジネスの急拡大に伴う、海外現法のマネジメントを担える人材の質的・量的不足により、既にこのモデルは維持できなくなっている。」と批判的ですが、今後の駐在員は「マネジメント」ではなく、本社の方針を地域に波及させる「インフルエンサー」であったり、本社の方針と海外の方針をすり合わせる「ジョイント(関節)」として必要になるのではないかと思います。
とまぁ、引用した文献にも嚙みついたところで終わりたいと思います笑
このトピックは引き続き検討して、社内で提案したいところですね~。