僕が会社を辞める理由
「平成」から「令和」へ時代が変わろうとしている。天皇がご存命のまま退位するのは実に200年以上ぶりだとか。まさに時代の変わり目である。ある人が言った「皇室は今回のタイミングをあらゆる角度で探ったのではないか」と。まさに今日4月30日で一時代が終わり新しい時代が始まるのである。
平成の終わりとともに僕は新卒から勤めた会社を辞める。なんで辞めるの?と色々と聞かれてたり、噂されているらしいので、以下に自分のキャリアについての想いをまとめたいと思う。
きっかけになったのは会社の経営決定による担当事業の終了だ(この決定に関して僕は立場上多くの語れないので割愛する)その事業の中で自分は1ブランドの責任者を担っていたので自分の責任も多分にある。ただこの決定をあまりネガティブに考えたら精神衛生上良くないから、とにかく「会社がこれからの人生、これからのキャリアについて考えるきっかけをくれた」と思うように努めた。(実際は結構精神的ダメージ大きくて全然寝れなかったんだが、、、笑)
「人生100年時代」と言われる時代、今の80歳の感覚が自分の世代の100歳くらいの感覚になるんだろうな、と容易に想像がつく。ある人は「医療が進化して120歳まで死ねなくなる」またある人は「120歳まで細胞は進化する」なんて脅す(笑)僕がやってるトライアスロンのIRONMANと言われるレースで最高齢の完走者は言わずと知れた稲田弘さん86歳である。僕らがその年になるときには100歳の完走者が出ていることだろう。
そんなことを思いながら、自分はいつまで働くんだろう?と考えてみた。そして「僕らの世代は元気な間はずーっと働くんだろうなぁ」という答えに行くつく。「じゃあいつまで元気なんだ???ざくっと80歳かなぁ」今年で42歳、80歳まであと40年近くある。。。今年で社会に出て20年目だからアスリートっぽい考え方をすると、20年があと2セットある計算になる。ランニングで2000m×3本とかやるけど、1本目は楽勝、2本目で如何に走るかが3本目に繋がる。トライアスロンも同じだ。スイムバイクランの3種目のうち、2番目のバイクが1番重要。
同じように考えたら「この42歳からの20年はめちゃくちゃ大事じゃん」と思うに至ったのである。自分は子供がいるので、子供が社会に出るまでは責任があるから、下の子が社会に出るのがあと15年、ほぼこの2セット目と重なる。
最後の3セット目はもう決めている。子供を社会に出したら、自分の為に生きる。自分がそれまで培った力を社会に還元していく為にセミリタイアして独立したいと思っている。今でもそうだけど、20年後は組織に属さないでも、どこに居ても仕事ができる時代になっているだろうから。
ではこの2セット目をどう生きるか。これは正解のない選択である。①20年勤めた企業に残る②会社を辞めて他の企業に移籍する③独立する ー ③は無理だと思った。まだまだスキルが足りなさすぎる。では①は?、、、ブランド終了に伴う調整、謝罪で精魂共に尽き果てていた。多分現職を続けたらどこかで精神的に潰れてしまう。(ブランド終了というのは色んな人の色んな側面が見えたのでとても勉強になったが。自分もいつかこういう判断をしなければならない立場になった時に現場の気持ちが分かる判断者になりたいと思った)
自分には多くの部下がいた。部下の今後のキャリアの希望を聞き、行きたいと言った部署に掛け合った。今の時代そこまでやらなくても良いのかもしれない。けど自分には責任がある。周りの人には分かり得ない想いと責任が。
取組先も同じだ。当然自らの取組先に赴き、終了の事実伝達と謝罪を行った。その中の1社、懇意にして頂いていたある取組先の同世代の社長さんにこう言われた。
「儲かるか儲からないかだけでなく、社会をどうしたいか、産業をどうしたいか、ということを考えてほしい」と。
この言葉は響いた。
自分がしていることは社会の役に立っているのか?
仕事っていうものは本来、社会の役に立って、その対価としてお金を頂くものではないだろうか?と考えた。
「社会の役に立ち、共感できる人たちと共に、明日の社会を創りたい」そんなことを思うに至ったのである。
そうそして、最後のお取組先に今後の取組について話を決着させてから、僕は上司に辞意を伝えたのである。
「ブランド終了を以って現職でのキャリアを終えます。少し休んで新しいスタートラインを探ります」と。
我儘な判断であることは理解をしている。ただ今生きている人生は会社のものではない、ただ自分の人生なのだ。
こうして僕はアスリーマン第1章を閉じ、アスリーマン第2章へと移るトランジットに入ったのである。ただのアスリートになったのだ。有休消化アスリートにw