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マサルのオキテ 原作:夏生るい/作画:家守
第1話『カミサマと少女』
「闇を切り裂く、光の札で今ここに――!」
砂嵐にまかれた街並みはどす黒く、周りが慌ただしい。それでも赤毛の少年は歯向かっていた。
(負けるもんか!)
カミサマとしての役目を果たすために。
「我が主将、カミナガの意をくんでくれ……発布!」
赤く染まった符を掲げ、それを四方八方に投げつけると、
「ぎゃあああああ…………」
眼の前ではびこっていた黒い生命体がガラスのように砕け散っていった。
「はぁ……、はぁ……っ!」
マサル・カミナガは疲労に喘ぎながら、傷ついた少女の額に触れる。
「……よかった……」
相手が息を吹いていてほっとした。
見た目七歳ほどの少女は苦しそうに、けれど安堵したかのような表情でこう言った。
「マサル、にいちゃん…………」
助けてくれてありがとう……と。
木造の自宅に戻ってからも、マサルの時間は終わらない。
「今日は風が強いな~」
夕方には掃き掃除をする決まりなのだ。
「マサル、お勤めご苦労さま」
「父さん」
その間に、エプロンをまとう男性――タスク・カミナガがうきうきしながらやってくる。
「ルミちゃんは?」
「病院から連れ帰ってきたよ……旦那がね」
先ほどマサルが保護していた少女――ルミはすやすや眠っているという。
「とうとうきみも、半人前を脱却しているようだね」
「ひどいな~、俺もう20だぞ」
「あはは~」
今日の仕事に対し、自分の先任者かつ父親はまあまあな評価をしたらしい。
「……さーて、そろそろ戻るかな」
「帰ったらあれを出すよ」
「サンキュ」
こうしてふたりで笑っている間にも、落ち葉をきれいに掃けたら……といったところで。
「まずはこれ、片づけなきゃな」
マサルは物置に箒を入れていった。
茶屋に入ると、テーブルに4つのグラスが並んでいた。
「さあ、絞りたてジュースだよ」
「わーい!」
注がれたグラスの中で、オレンジの泡が勢いづけている。タスクの手作りジュースは格別なのだ。
「いただきます」
とても嬉しくて、心をはずませるマサルの傍ら、
「ん……」
ルミが眠たそうな目をこすって起きてきた。
「おっと……ごめんよ」
「だいじょうぶ……」
「これ飲んでみな」
マサルがグラスを差し出すと、ルミはそれを何食わぬ顔で飲み込み、
「……、しゅわしゅわしておいしい!」
喜んでくれたようだ。
「それはよかった」
「だな」
よほど喉がかわいていたんだね、とタスクが微笑む。マサルも同じようなことを思った。
「タスク、電子レンジが止まってますよ」
「おっと……そうだった~」
「頼むぜ」
ブロンドの青年にささやかれたタスクが、慌ただしく駆けていく。マサルは再びルミに目を向ける。
「マサルにいちゃんたち、3人かぞくだったの?」
「ああ」
うちにはふたりの父さんがいるんだ、と。
「私はツナグと申します」
「かっこいい~!」
「え、あぁ……褒めていただけるのは光栄ですが……」
ルミがあまりに迫ってくるので、ツナグは困惑しているようだった。
「マサル、ひとこと余計です」
「悪い、悪い……あ!」
それからの矛先が自分に向くなか、のれん越しにチーズの香りが漂ってくる。
「みんな、夕ご飯できたよ~」
「きた! 二段オムライス」
食器類を運んできたタスクはご機嫌な様子だ。マサルはスタスタとダイニングテーブルに移動する。
「タスク、盛りすぎです」
「かわいいお客さんがいるからね」
「まったく……」
「いいじゃん、せっかくなんだし」
冷めた態度をとっているツナグとて本当は嬉しいのだろう――と、マサルはナイフを握り、
「ルミちゃんは、食べられる分だけにしとこうな」
「ありがとう!」
小さく切ったものを渡すと、ルミは嬉しそうにうなずいた。
「いただきます!」
みんなでテーブルから離れ、食器を片付けようとしているところ。
「あら」
楽しそうな声をかき消すようにプルルル……という音が鳴った。
「僕が出るよ」
タスクが廊下の受話器をとるところを、マサルはじっと見守る。
「こんにちは、カミナガです」
「はい、ルミちゃんならこっちにいますよ……わかりました」
(なんか嫌な予感がするな)
ルミの顔色が青ざめたということは、電話の相手は彼女の関係者なのだろう。
「父さん、なんて?」
「お母様、今から迎えに来るって」
「これで一安心ですね」
こちらとしてはひと段落がついた……と思いきや、
「やだ……」
「え」
「かえりたくない!」
一家の目を盗むように、ルミが泣き叫んで行ってしまう。
「父さん……」
「ツナグ……」
「マサル、タスク…………」
三人でそれぞれの顔を見合わせる。特にマサルは焦って仕方がなかった。
「マジか――――!!」
第2話『マサルの決意』
「あっちゃ~、引きこもっちゃったなぁ……」
ドアの鍵まで閉まったまま動きがないと、マサルは困ってしまう。
「お母様がきたら、正直に話しましょう」
「ツナグ、ちょっと待ってよ」
「トラブルになるかもしれないぜ?」
さらりと言ってのけるツナグに対し、タスクが首を振っている。マサルは父親に同意したものの、
「だからといって、帰さないわけにいきません」
「きみ、ほんと冷たいなぁ~」
「あはは……」
真面目人間には勝てそうにないと思った。
「しかし、あれだけ反抗していたということは」
「なにか事情があるんだろうねぇ~」
「俺たちにできることはないかな」
どうしたらいいのだろう……と三人でうなる。
「あっ」
ここでマサルはふと白い何かを踏んだ。
「マサル、どうかしたのかい?」
「これが落ちてた」
しわくちゃになった紙を広げたところ、
「これは……お手紙でしょうか」
「懐かしいな~、父さんもよくもらったよ」
「昔は離れ離れだったもんな、俺たち」
大事なものだろうということがわかった。
「しかし、文字が滲んでよく見えませんね」
「なんて書いてあるんだろ」
「無理に聞き出すのも何だけどなぁ……」
手紙の内容が気になるけれど、個人情報だとしたら……と、マサルは爪をかむ。
「……仕方ない」
そこで立ち上がったのがツナグだった。
「うむ……」
「兄貴、わかる?」
マサルはツナグの手元に注目する。
「お母さんが大嫌い……といったところでしょうか」
穏やかじゃないですね……と、ツナグの表情が揺らいで見えた。
「おいおい……」
「そこまで言わせるなんて、冷たい親御さんなんだね」
マサルは絶句し、タスクが不満そうにつぶやく。
「お母様は病院でお仕事をしているようですから」
「さぞひとりで寂しかっただろうね~……」
「そのこと、俺も知っときゃ良かったな……」
そして何より、彼女がここまで複雑な事情を抱えているとは思わなかった……と。
「そうだ!」
そこでマサルは思いつく。
「俺たちで一日家族にならないか」
自分が兄貴になろうと。
「マサル、無茶を言わないでください」
そんなことで許可が出るわけないじゃないですか、とツナグから横槍が入る。
「そうしなかったら家出しちゃうって」
「僕も、不審者に捕まるよりはマシだと思うよ?」
それでもマサルは諦めなかった。タスクがその話に乗ったこともあり、
「……それもそうですね」
とうとうツナグも折れたようだ。
「さっそく電話かけてくるよ」
タスクがるんるんと廊下へと消えていき、
「ははっ! 父さんノリノリだな」
「あなたも人のこと言えないのでは?」
「たはは~」
ツナグの呆れ声を遮るように、マサルは雄弁する背中を見守った。
「はい……お任せください! では、失礼します」
窓越しの夜空を見つめながら、マサルは息を呑む。
(父さんたち、終始ノリノリだったけど……)
どう話がついたのか気になるな……と。
「マサル、親御さんに連絡がとれたよ」
「ほんと?」
「きみがいれば安心だって」
「よっしゃ!」
タスクの誇らしげな顔を見て、マサルは喜んだ。ツナグはやれやれと声をあげ、
「……先が思いやられますね」
施錠を確認してきますと、廊下の奥へ消えていった。
2月22日につづく
おまけ~決定稿・マサル生い立ちコレクション~
※初出、出典元は家守公式X(ツイッター)。
アカウントを移行した1月19日から、作画担当の名義がひらがな表記から漢字表記になりました。
作画担当の家守(やもり)によって、年月を経てつくりだされた現行資料の決定版。
前作は子どもが主人公だったため、カラフル路線だったと思います。
今回(一部を除いて)大人キャラメインで展開されるため、シンプル路線となりました!
①
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②
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③
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①…マサル・カミナガ(20)
②…タスク・カミナガ(40)※カミサマフォームは後半に登場
③…ツナグ(年齢不詳)
④…主人公表情サンプル(企画当時の資料)
作者のひとりごと
退屈するのが苦手で歯医者さんをパスし続けて4年(?)、最近ようやく行きつきました。異常なしで終わってよかった…!
©夏生るい・やもり・アトリエやもりプロジェクト2025・note