生きている空間
ある日のこと。ひょんなことから、お馴染みの友人のお宅をセッションでお借りすることになりました。
お盆の中日。迎えてくれた友人はドアをあけると、“今日はいろんな人が来てるかもしれないけど“そういうので、??? セッションなのに,来客??不思議に思いながら,中に入れていただくと、中庭の美しいなんとも素敵な空間の窓際に、ご先祖のお写真が、瀟洒にならべられていて、落ち着く良い香りのお香が炊かれていました。
確かに。
友人と私だけのはずの空間に、決して嫌ではないぬくもり、というか、人の気配が感じられます。
そこでのセッションは深く穏やかでとても忘れ難いものになりました。
ただ施術用のベッドがなかったので、
今度はうちにあるベッドを運んでそれを使ってやってみようということになりました。
次の回。
送り届けたベッドを、友人と2人で袋から出し、
前回と同じ場所で,セッションをしました。
前回より環境は整っているはずでした。
けれども。
1回目のような深遠な世界には辿り着けませんでした。
もちろん毎回コンディションはあるにしても、なんとなく思い当たることがありました。
ベッド、それが窓や天井の高さ、そしてなにより
友人が月日を重ねて、大切に育んでいた空間に馴染んでいなかったのです。
ワインを飲む前に空気に触れさせておく、ではありませんが、施術用のベッドも場に馴染ませておく必要があったのかも、、、
多くの人の出入りに慣れている空間ならば起きなかったかもしれませんが、生き物として、その空間を満たしていたものにとっては異質だったのかもしれません。
落ち着く,というのは、思う以上に貴重な出会いの場であることを深く心に刻んだ体験でした。
それを友人と共に感じられたこと,彼女も同じように感じていて,それを分かち合えたことがまた
とても嬉しかった、、、
充足した思いがどこからか、湧いてきます。
これを体験するために。
セッションは、人生。
大切なことをひとつひとつ思い出していきたいと思います。