シャーマンとしての人生
シャーマンは、別になろうとしてなったわけではない。
前職は、個人の、生まれながら持っている独自の才能を見出すのが好きな単なる一コーチだった。
それも、経営者のコーチ。
エグゼクティブ・コーチといえば、かっこいいかもしれない。
上場企業の社長とか、自分や会社の未来に強い関心のある人がお客さんだった。
他人の事はわかるけど、自分の事って結構分かるようで分からない。
やっとの思いで(それこそ10年以上かけて)自分の才能を突き止めたら、シャーマンの霊媒能力以外の、何ものでもなかった。
ただそれだけだ。
なぜもっと、エンジニアとかIT系の稼げる業種の能力じゃないんだ!とか。
なぜいかにもそういうオカルト的な話がタブー視されている現代の日本に
生まれてきてしまったのか!とか。
完全に、生まれてきた時代・国を間違ったとしか思えなかった。
でも、生まれてきた以上、ありのままで生きたいと願う。
例えそれが、目にはみえない非科学的なものが迫害されている日本で生きるには、あまりにも困難だとしても、だ。
日本では、明治4年に政府がシャーマンの神託行為を禁止しているという。
文明開化の波が押し寄せ、それまでの伝統を否定した。
だから、シャーマンは絶滅危惧種といってもいいかもしれない。
でも、私の友達やその師匠など、ごくごく限られた人は存在する。
上場企業の社長や政治家など、ここぞという時に、私たちを頼って訪れる人は後を絶たない。
だから、そういう人たちを相手にする事にした。
”祈り”で。
「この国を、この世界をよくしたい」と真摯に願う人々の願いが、届くように。