罪なる〈の紙〉!?
おお、神…ぁあ、もとい――‘紙'よ!
入れるべきか…
入れざるべきか…
ソレがモンダイだ…ょねぃ?
――と、シェークスピア風味にのたまうも。
ふふ、この‘紙'モンダイ…――実は、とあるトコロの…とあるトイレの、とある[願い書き]によってスッキリ――水に流された。
‘紙'は…やっぱ、入れるべきなのだ。
[トイレットペーパー以外〈の紙〉は、流さないでください]
個室(大)で切羽詰まりながら読む者に、一切の“寄り道思考”をさせず、書き手の意図した文意まで一直線にゴールさせる、待ちに待った文面が今…目の前にッ!
コノ簡潔明瞭なる[願い書き]に、よもや次の如き追い書きで反駁するヤツはいなかろーて?
“ウ○コは?”――とね。
(…流してもよいのケ?…が、含意)
刻遡りしは、《Y2K》問題に揺れていた世紀末――駅WC個室(大)で切羽詰まりながらも、先客が書き残したコノ追い書きを見た瞬間…“ぶはッ!”と吹き出してしまった、おバカにして秀逸なるアイロニー。
イヤ…でも、考えればそうなのだ。
[トイレットペーパー以外は、流さないでください]
…と、〈の紙〉抜きが一般的な文面として認知されているっぽい昨今、そりゃ“ウ○コは?”と疑問も浮かぶわな。
…とはしながらも!
切羽詰まった‘便客'の98.524%は、省かれた〈の紙〉を無意識に脳内補完し、書き手の意図を汲むのだろーが…。
白きピュア思考の…イヤ、黒きヒール思考の…イヤ、グレーで小賢しい…――ふふ、そんな1.476%の曲者がきっと[う○こは?]と書いてしまったに違いない。
とまれ、コノ落書き…ジブン的には気に入り過ぎて、何度かブログ・ネタにもした始末。
さらに“う○こは?”の初見以降、文意の似た[願い書き]を見るたびに――“コノ文面も‘う○こは?'の洗礼、受けそだね…”――と、毎度わが脳内にチラつくことにも。
“なんで、〈の紙〉を省いちゃうかな?”
ヒトに意図を伝えるのはムズかしい。
思っているより、ムズかしい。
100%伝えた、と自負した時ほど…
伝わるのは、おそらく20%。
教習所で15年、ヒトに伝えるコトが日常だった…――ソレがわが肌感。
思惑や意図を100%、確実に伝えたくば!
老若男女の別なく、チュー坊に完全理解させる気構えでコトバ尽くすのがコツでおぢゃるョ…ケケ。
‘コレぐらい分かってるだろう'――と、自己推量で必要なコトバを端緒り始めるのが、齟齬の始まりで。
齟齬から誤解が、誤解から不信が、不信から諍いが生まれるのがヒトの世の常。
“トイレットペーパー以外は流しちゃイケないのか!?”
そう‘文字どおり'真に受けた純情一直線クンが、〈ブツ〉を包みテイクアウトしても――まぁ、エグい笑い話で済もーさね。
…だが、しかーし!
国際会議の同時通訳で、“コレぐらい分かってるだろう”系ハショり通訳をしたならば!
…終末時計が、残り1分を切るやも知れぬぞよ?
とまれ老若男女、ヒトに意図を伝えるコトはムズかしい。
相手には、コチラが期待するほど伝わっちゃいないのが真実だ。
相手の理解力云々…ではモチロンなく、伝えたい側の“善意なるハショり”が、伝えられる側には“コトバ足らず”で届くからに他ならない。
さて、近い将来。
個室(大)で切羽詰まるAI搭載アンドロイドが、例の〈の紙〉抜きの[願い書き]を読んだとしたら…
‘う○こは?'
…とか思ってしまうのだろーか、ねぃ?