還ってきた風

太陽に虹の輪っかが架かった朝は、涼しかった。
濡れた洗濯物を横に、スマホのカメラのシャッターを押しまくった。
 
虹という現象は、心を軽やかにしてくれる。
幸せというか、希望というか。
 
最近、日記に書くことが見つからない。見つからないというか、言葉にならない。心が、凪いた海の如くただ静かで、雪原のように、しん…とした感じで。
 
私の中で何かが終わり、何かが始まろうとしているかのようだ。
 
そう言えば、心に引っかかりが無くなってきて、随分と軽やかになってきている。爽やかな風が吹き抜けるような感覚が続くようになってきた。
そうだ、それと同時に、だんだん、書くことが減ってきたのだ。
 
悲しい記憶をぶちまけることが無くなってきて、その推敲も要らなくなってきて、分析も要らなくなってきて、『過去』を“過去”と認識できるようになってきている。同じ書くなら、下から上をぶち破るような感覚ではなく、フラットな視点から書こうと思うようになった。
 
身体の健康作りに取り組み、心をクリアにするワークに取り組み、心のことを学び、正しい認知ができるようになってくると、自然と気持ちも上向きになって来た気がする。 
 
ふいに、背中の半分まで伸ばしていた髪を切りたくなった。
馴染みの美容院へ予約を取りに行くと、タイミング良く空きがあって、すぐにカットしてもらえた。
 
久々に、肩の上で切り揃えた姿を鏡で見て、16歳の時に戻った感覚がした。16歳といえば、母に大好きだった音楽を否定された年齢だ。音楽をするなら大学行かせないということを言われた年齢だ。
 
おかえり、ワタシ。
迎えに来たよ。
 
鏡の中の私が微笑んだ。
 
家に帰って、ひと通り家事を済ませた後、ピアノに向かった。
 
引っ越し前の家には、実家から取り寄せたアップライトピアノかあったが、借家である今の自宅には持って来られなかったので、泣く泣くリサイクルに出したことが思い出される。その後、夫の実家にあった電子ピアノを取り寄せた。
 
あのピアノは、16歳の時に、すでに役目が終わっていたのだと気づいた。
 
電子ピアノは、木と違って鍵盤が軽いので弾きにくいが、音量が調節できるので、夜でも弾けるのがありがたい。
 
手が、抵抗無く鍵盤に乗った。軽くアップした後、ブルグミュラーの教本を開き、1曲目から順に弾いてみた。
 
指より、身体と魂が弾き方を覚えていた。自分が空っぽになっていき、私は、ただただ、魂からくる感覚の表現者となっていた。夢中になって最後の25曲目を弾き終わった時、終わった、と思い、始まった、とも思った。
 
音楽が私に戻ってきた。
音色は、言葉よりも、私の真実を語ってくれていた。
 
朝の虹は、大いなる光たちからの前祝いだったのだろうか。
 
凪の海に、爽やかな風が吹いた。

太陽に虹がかかる。
 
 
 
ありがとうございました。  
 
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