蘇る19世紀のヴァイオリン
note記事を書く時間があるんならポッドキャストを更新せい!って感じもするけど、展示会振り返り。
2024年5月2~3日の2日間、関西弦楽器展示会の14回目となる展示会が大阪市中央公会堂で行われました。
私は今回2回目の出展。
勝手は分かっているし、会場までの距離感やら場所の空気みたいなもの、そして会員の皆さんの顔も分かっているので初回のような緊張はほぼなく、すんなりと当日会場入りできました。2日間にわたって沢山の方に試奏していただき、示唆に富んださまざまな感想・評価を受け取りました。ご来場いただいた皆さん、ありがとうございました!
今回出展したのは、1860年代のロンドンでWilliamという何とも英国な名前の製作家によって作られた楽器のコピー。ちょうど手元にあるので、写真やポスター、資料からではなく、それをそのまま現代に再現する方向性で製作しています。この記事のタイトルみたいなコンセプト。
多分、イギリスの楽器をコピーしようなんて思う製作家はほぼいないと思うんです。誰もがストラディヴァリに追いつこうと研究し一生懸命製作をしているなか、私はひとり、ウィリアムの楽器と相対していたのでありました。
彼は何を思いながらこの楽器を作っていたんだろう。
終始、私の頭の中を巡っていたこの問い。
調整や修理の仕事をしていて、もっとも多く見るのがイタリアを源流とする楽器たち。フランスの楽器でさえ19世紀以降はストラディヴァリの影響が色濃く出る楽器がほとんどを占めています。そんな見慣れたアウトラインやシルエットとは明らかに違う表情をした楽器がこのウィリアムのヴァイオリンでした。
まず、均整のとれた8の字をしていない。ヴァイオリンを人間の胴体とみるなら、両肩と腰下部分が出っ張っている感じ。ざっくり例えるなら四角っぽい角ばった印象を受けるアウトラインをしています。見えますか?
まぁ、この辺は楽器を実際に手に取ってトレースするようにアウトラインを引いていけばテンプレートや内枠を仕上げることはできるんです。正直なところ、この形にした理由をじっくり考えることはしなかった。いま現在の私は、楽器の音や性能を決めるのはアーチや板厚の要素が大きいと思っているのがその理由。なので、この工程はせっせとアウトラインのテンプレートを作るこに注力していました。
と、直ぐさま最初の難題があらわれます。アウトラインはできたが「横板とのバランスが通常とは違う寸法で出来上がっている」というもの。
普通なら、表板は2mmほど横板から飛び出ているんだけど、この楽器はばらっばらで、更に言うなら横板が尖ってつながっているCバウツ部分はほぼ表・裏板がオーバーハングしていないのです。表板のコーナーは経年で摩耗すると、横板へかなり近づいてくることはあるけど、そうではない。
ぶっちゃけ、ただ単に技術がなかったと片づけてしまえばいいのだけど、私にとってかなり新鮮なシルエットに見えました。
横板のつなぎ目も独特。もしかして内枠じゃなくて外枠方式だったのか!?とか色々思考が動いては止まりしてしまい、内枠用のテンプレートを作る段階からかなりのBPを失ってしまったのでした。BPはBrain pointで、RPGのHPやMPみたいなものと思ってください。
この飛び出し部分は実はテンプレートつくりの肝で、テンプレが完成形を決定づけると言ってもいい重要な要素になるんです。ここが決まらないことには先に進めない、、という。
こんな感じで、ことあるごとに、今まで自分がセオリーと思ってきた数値や造形が覆される体験は、恐竜や考古学の研究をしている感覚に近いかも!?なんて、次はどんな発見が埋もれているのかワクワクの連続が続きました。
例えば、パフリング(二重線の象嵌)もストラド系とは全く違うので自作しましたし、無事それが出来上がってふぅと一息入れる暇もなく、今度は表・裏板アウトラインからパフリングまでの距離も違っていて驚く、といった具合。
このパフリング問題、最終段階でも難題となって現れたんです。
パフリングまでの距離が小さいとサドルの寸法に影響するんですよ。サドルを既成のやり方で作ると、かなり細いものになってしまうので接着面積が確保できない。面積を大きくしようとするとパフリング内へサドルが侵入するので、今後は見た目がちぐはぐになる、、、こんな感じ。結局は顎当てやテールピース下に隠れるから大きくするか?とかも考えたんだけど、いい塩梅の解決方法をウィリアムさんは製作する段階以前で考え尽くしてたんでしょうね、私の心配は杞憂に終わり、無事に見た目も接着面積もキープしたサドルを彼がデザインしていたことに、本当に驚かずにはいられませんでした。
さて、実際に出来上がった楽器はどんな音だったのか?
これはもう驚くくらい、もとにしたウィリアム楽器にそっくりな音。モデルとアーチは音色を司る重要なファクターのひとつなんだなということを再認識しました。すんなり受け入れてしまうのは危険だけど。
明らかにストラドとは違ったやんちゃな音がしています。いい意味での雑味というか、これは演奏した人にしか感じられない部分ではあるんだけど、今まで慣れ親しんだ音じゃなくてビックリするかもしれません。
受け入れられない人もいると思うし、逆に新たな座標軸が追加されて音についての深度が増す人もいるはず。世界が広がるって絶対楽しい体験だと思うので、沢山の人に体験してもらいたい。
もしかしたら、ウィリアムはそれを構想に入れながら楽器を作っていたのかもしれないなとも感じました。彼はもともとコントラバスを作るのが得意だったらしく、そちらの要素を入れながらヴァイオリンに向き合っていたのかもしれません。確か製作家一族の孫世代にあたるウィリアムなので、祖父や父の姿をみては新たなチャレンジに挑んだ可能性もありそうです。想像の域を出ないけど。
何となくだけど、目指しているところは似てるのかなと親近感をおぼえます。今後私がこの路線で楽器を製作していったら「あ、この楽器はナカオさんのだ!」と直ぐ分かるようになっていくんじゃないかなぁ。音・レスポンス・フィーリングについても、弾いたらナカオさんのだなってすぐ分かるくらいの独特なものが備わっていったら嬉しい。まず見て面白く、弾いて驚くような楽器を生みだす職人になりたいものです。いや、なる。自分が楽器をつくる意味ってそこなので。今後もワクワクするような楽器を発表していくつもりです。
さて、展示会の振り返りをしなくては。
試奏を務めてくれた演奏家さんは、私が欠点があればどんな些細なことでもボロクソにいって欲しいとお願いしたにも関わらず「うーん、ほんと指摘したい点が見つからない」と言ってくれました。
もう一人は「A線が曇る」という指摘をしてくれて、テールピースや魂柱・駒位置の微調整をして、大きく改善したものの「A線の開放弦だけ、駒近くで弾くときに勇気がいる」と実際に演奏して指摘をいただきました。ここは動かせるパーツだけでの解消は難しいという見立てです。板厚やバスバー、指板の重量や重心などが影響してると思います。A線を開放弦で、しかも駒に接近して弾く状況がどれくらいあるのかと、それを解消するための大改修を考えると、今のままで様子を見るのが適当という結論になっています。完成して数日での試奏だし、まだ多少なりとも変化していくので、その動きをしっかりと残していくのが肝心でしょう。
試奏係以外にも、とある演奏家さんは「EA線の音が新作の音じゃない。伸びやかに響くし、重音を弾いても音が和音として成り立っているから、コンチェルトとかめちゃくちゃ楽しく弾けるし、、これって弾き比べに出すんですか?えー、これ出して欲しかったなぁ。絶対他のと違いお客さんも分かると思う」と好評でした。
昨年の展示会にも感想くれた方は、今年の方が更にナカオさんの個性が出てきたと思う。この方向性で製作を続けて欲しいと言ってもらいました。
とまぁ、色々書いてきましたが、忘れないように書き記す意味あいが強いかも。
ストラドやグァルネリや他の名工の楽器以外を作ることには勇気がいる製作家も多いと思います。売れなきゃただの箱なので。
でも、ウィリアムのヴァイオリンは、東京ドームのコンサートやゲーム音楽のレコーディングに実際に使われるくらいの力を持っている凄い楽器だったので自信はありました。モダンイタリーを使用している演奏家さんが、自分の楽器じゃやだからってこの楽器を借りていったくらいなので、その音や性能は折り紙付き。
実際に製作してみると、もとにする楽器が良い音・性能だったら作家や国、時代関係なく、魅力あふれるヴァイオリンになるというのが実証されたのではないかと思います、n=1だけど。今後もサンプル数をどんどん増やしていって、世界中に新しい音色や演奏体験を届けていきたいものです。
ストラドやグァルネリモデルに飽きた(とかはないと思うけど)のなら、一度この21世紀に蘇ったウィリアムのクローンともいうべきヴァイオリンを弾いてみて欲しいです。
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