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ミャンマー人が東京で作った九州料理

学生時代、とある九州料理の居酒屋のホールスタッフとしてバイトしていた時、そのお店のスタッフには九州人(2人)よりミャンマー人(3人)の方が在籍人数が多かった。

ホールのAさんは日本語が上手でとても気が利き、信頼されてバイトリーダーに近い形で仕事を回していた。毎月の自分の仕送りでミャンマーにいる自分の家族は生計を立てていると言っていた。
キッチンのBさんとCさんは、いつも笑顔でわたしの名前を呼んでとても可愛がってくれた。毎晩、「一人暮らしなんだからここでいっぱい食べなさい」と言って、まかないとして絶品のミャンマー料理をいつも出してくれた。タイやインドのカレーとも違うミャンマーのカレーが多かった。「これ辛いですね」と言うと、真顔で頭を振って「そんなの全然辛くないよ。これ使う?使うともっと辛くなるよ」と、袋に入った唐辛子を見せてくれた。「や、怖いからやめときます」とわたしが言うとにんまりと笑った。

日本人の店長は、ある時「まかないの食材費は、会社から出ている分もあるけど、BさんやCさんがお給料から身銭切って作ってくれてるんだよ。だからまかないをいただくときはBさんとCさんへの感謝の思いを忘れてはいけないよ」と言った。
いやそこは会社が全額出せよと思わざるを得なかったが、彼らが身銭を切ってまでわたしたち若手のバイト達を食べさせられるよう、まかないを作ってくれていたのを知って、その時少し泣いた。

そんなAさん、Bさん、Cさんのことを思うと、ミャンマーで今起きている軍の蛮行・市民の処刑等のことや、外国人技能実習生や難民認定、入管での日本人の非人道的な扱いのニュースに触れるにつけ、自分の身体の芯の部分に鉛が落ちてきたように沈んだ気持ちになる。

みんな元気にしてるかな、元気でありますように。若くてお金もなくて大して何も役に立たない学生時代のわたしに、いつも笑顔でとても親切に接してくれた皆さんとその家族が、笑顔で過ごせていますように。笑顔が損なわれるような嫌なことを母国や日本で経験しませんようにと祈るばかりです。
わたしにできることは祈ることと寄付と声を上げることだけです。そんなちっぽけなことしかできないけど、それでも、彼らの幸せを希求することをわたしは生涯絶対に諦めない。

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