KBD「PLANET OF KBD」/KZ「Less, but better」

2月2日に恵比寿で行われるKBDさんと裂固さんのツーマンライブ「バリカタ」の予習として、
KBDさん(と、本人いるか分からないけどKZさん)の曲を最近たくさん聴いたので、
にわかヘッズではありますが私の感想を書き残しておきます。(筆者は裂固さんのファン)

下線部はリンク付き。約6千字。

※調べながら書きましたが、誤り等はご指摘ください。直します。

◆突き抜けた個性


ラッパーの紹介文を書くと、50人も書けばどうしても似た言葉が出てくると思う。
固い韻。多彩なビートアプローチ。個性的なワードセンス。にじむBBOYイズム…などなど。
それらのありきたりな言葉を避けようと思うと、数人なら書けるにせよ、50人となると難しいだろう。

しかしKBDさんとKZさんに関しては、誰が説明したとしても、そうしたありきたりな紹介には収まらないだろう。
それほど個性的で、突き抜けているMCだからだ。
しかも2人とも同じ梅田サイファーというcrewの一員で志を同じくしながら、真逆の方向に突き抜けている。

KBDさんは、なんでそれをリリックに?普通そうは踏まんやろ、というユーモアあふれるライムを、明るく快活に、豪快に飛ばしてくる。

KZさんは、韻は大切にしつつ、韻がメッセージを追い越すことがない。孤独と絶望を知った人が、生きる喜びと傷そして希望を、繊細な言葉で紡いでいる。

続いて、2人のソロアルバムを聴いた印象をもう少し詳しく書きたい。


◆KBD「PLANET OF KBD」


2020年2月20日発売。8曲入り33分52秒。

▼発売当時のBASEショップページ

1stは大抵、キャリアの集大成で
出来ること全部やったなって印象になりがちだけど
これは良くできたコンセプトアルバム。
聴終後に謎の感動さえ覚えるが
何よりもこのオジさんの底知れなさに恐怖。
アンタ、まだまだ未収録のオモロイ曲持ってますやん。日本語ラップファン必聴。

テークエムさんTwitter(2020年2月10日)

KTR(コタロウ)さんはケーティーアールとは読まないけれど、KBDさんはケービーディーでもコブドウさんでもいいらしい。
ロキノンを愛読していて、DAと我リヤの「Deep Impact」からヒップホップにハマったとのこと。私はこれ曲も好きだけどMVが好きで、本当永遠に見ていた。

▼バリカタについて[ KBD with KZ] 6/21 恵比寿タイムアウトカフェ(人となりがわかるインタビュー動画)

▲この動画の32〜40分くらいのところでずっとFORKさん(およびICE BAHN)の話をしていて嬉しかったので、後でそこだけ文字起こししようと思う。

◇ゴリラ

そのKBDさんによる、ゴリラをテーマにしたコンセプトアルバム

ゴリラをテーマにしたコンセプトアルバム…?
MC TYSONもキングコングをテーマにしてたし…パワーのある存在の暗喩ってこと…?
と思うと、そうではなかった。

本人の弁を借りれば
ハートフルコメディな感じに仕上がってる」(Twitter2020129)

信じられないかもですが、ゴリラが大暴れする作品です」(Twitter2020103)

ヒップホップのアルバムで、ゴリラが大暴れするハートフルコメディなことがあるのか…?と思ったら、これは正しかった。
まさにそれ。それ以上相応しい説明はない。

KBDさんのプロフィールを見ると、「少しゴリラに似たMC」とある。
だから自己紹介も含めた、名刺がわりの一枚と言っていいだろう。
ゴリっとしたラップが、豪快に乗っている。

(「Creepy Nutsのオールナイトニッポン0」ではRさんがレビューしていた。ヘッズの文字起こしを読んだけど面白かった。)


◇カッコ良く楽しい


スキットを含め、全体をまとうのはユーモア溢れる陽気なムード
でもそう感じるのは日本語話者だけかもしれない。
音とラップの聞き心地がカッコいいので、日本語が分からない人が聞いたら、ゴリゴリの(ゴリラゴリラしているという意味ではなく、本筋の)ヒップホップに聞こえるかもしれない。

ユーモアあるリリックを確かなラップスキルが下支えしているから、ギャグラップとは言いがたい。聞き心地はカッコ良く、かと言ってキメすぎないから楽しい。

胃袋でパーティ」などは、音だけ聴けばSex, Love&Moneyとかがテーマでもおかしくない。実際は食いしん坊ソングだが…。

イルゴリラシティー」は特にジブさんっぽい。
公開処刑の「お前のGrateful Daysも今日まで」もサンプリングされてるし、UNSTOPPABLEはギドラの曲だし、
FINESTはジブさんのアルバム「TOKYO'S FINEST」だろうし、他にも小ネタいろいろあるから意識しているだろう。

本作収録ではないが、KBDさんの代表曲の一つである「肉ハスラー」も、Cassidyの「I'm A Hustla」(2005年、Swizz Beatzプロデュース)を意識していると思われる。
JAY-Zの「Dirt off Your Shoulder」(Timbalandプロデュース)から、声を大胆にサンプリングしたヒット曲だ。


◇思い付かない

音はゴリゴリでも、リリックの中身は真面目に不真面目で、馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいけどよく練られている。何よりも他の人が思い付きようがないライムの連続なのだ。
言葉の連想の転がり方が、斜め上すぎる

LITTLEさんも、「INTRO〜小屋からの脱走〜」の「魔性の女 橋本マナミ マンションオーナーの蟻の門渡り」を2021年のlove rhyme awardに選んでいる

育てあげる未来の風雲児 レイシストに投げるミラノ風ウンチ(イルゴリラシティー)

ライミンしてスーパーダンガンロンパ
ワイニーしだす素っ裸の老婆

(マジでハイ、本作の曲じゃないけど)

この辺りはパンチラインだし、KBDさんを象徴するようなライムと言っていい。
パンチラインがあるということだけでもすごい。
それが、聞いただけで「あの人のライムだ」と分かるぐらい濃厚な色が付いているから、更にすごい。
「ミラノ風ウンチ」と「ワイニーしだす素っ裸の老婆」は、そもそもリリックに入れるラッパーがいない。
リリックに入れようとする前に、まず思い付かない
FORKさんも「唯一のゴールはオリジナリティ」(Chase)って言ってたけど、普通は自分らしさを見つけるまでが苦労すると思う。
KBDさんはFORKさんの言うところのゴールには、もう辿り着いている。

筆者がヒップホップを好きになったのは、何よりも楽しくてカッコいいと思ったからだ。
踊れない私の心を躍らせ、自然に手を挙げてしまう音楽。
その初期衝動を思い出した。


◇ほならやろうや

ルーツを歌った「go out go back」の歌詞、

あれくらいなら俺も出来るわ よう気付いたやん ほならやろうや

は、本作とKBDさんを象徴するような一節だ。

バリカタvol.2を見た時にも言っていた。やってみよう!踏んでみよう!と。
パーティーチューンで、コールアンドレスポンスで、ヒップホップの持つ楽しさを教えてくれるラッパーは多くいる。
しかし「ほならやろうや」まで言う人は多くないだろう。
肩の力の抜けた気軽さが、「ラップは親しみやすいもの」だと伝えてくれている

僕は結構ね、生まれてからずっと幸せなんですよ。嫌やと思うこともあんまりない(中略) だからラップなくなっても楽勝で幸せなんすけど、あったら5倍くらい幸せっすね

KZさんのnoteにあるインタビューより

これを言えるのもポジティブすぎてすごいと思った。こんなこと言える人、そういないだろう。ラップしなくても幸せに生きていける人が、会社員をやめてラップに人生を賭している。才能あっても働きながらラッパーやる人の方が多いから、それが大変なことだと分かる。陰ながら応援したい。

このアルバム聞いた人、何かいいこと起きるらしいでっせ。

◆おすすめ曲→INTRO〜小屋からの脱走〜、UN、Go Out Go Back


◇資料集

▶︎YOU SEE DFBR Vol.6:KBD interview(2019年4月8日)

▶︎【梅田サイファーPROFILE②】tella、peko、テークエム、DJ SPI-K、KBD(2020年1月14日)

▶︎【緊急生配信 / 世界初ラップするゴリラ 】 #アマチュアラジオ Vol.28 ゲスト:KBD(2020年
6月1日)

▶︎ワンマンに向けて〜ワシとサイファー〜(2021年11月29日)

▶︎メジャーデビューで大海原へと漕ぎ出した梅田サイファー【前編】(2023年3月28日)

▶︎THE FIRST TIMES(2024年9月4日)


◆KZさん「Less, but better」


◇プロフィール


KZさんは、日本を踏破した際の旅動画含めてYouTubeチャンネルにもたくさん動画を上げており、ブログもたくさん書いている。

digり甲斐がある。逆に言えば時間が足りず、全部は見切れなかった。

酒で荒れる両親の離婚、宗教3世(多分)、教育熱心な母親の抑圧、中学受験で白紙提出、やんちゃな仲間とつるみ家裁へ、引きこもり、自殺未遂、中卒で働きネットライムを始める

ってKZさんを語る上でトピックが多すぎて、どれもこれも書き込みたいけど、本人の弁から知るのが一番良かろう。

▶︎DIMEインタビュー(2022年6月22日)

インタビュー記事はいろいろあるが、これが一番良かった。これを読めば生い立ちは大体分かる。

ヒップホップとの出合いは、不登校時代に通った古本屋で流れていたケツメイシの「手紙」。最初から押韻していることに気付いたそう。

コロナ禍をへて日本を旅した経験を元に、本作はリリースされた。その話を含む近年の事情は、このインタビュー映像が充実している。

▶︎KZ interview - Less, but better リリースワンマンに向けて -

ラップ、ビートメイク、オーガナイザー、あと映像作品撮ったりとか…」と話しているが、調べたらアルバムのビート全部KZさん。すごい!才能あふれすぎている。

◇資料集

▶︎KZさんnote

▶︎古いブログ

▶︎半生を語るロングインタビュー

フルアルバムも6枚出している。多い!
リリースのペースも早いけど、クオリティも一貫して高い。

1st『PULP』2018年4月11日
2nd『CASK』2019年1月16日
3rd『NORITO』2019年9月18日
4th『GA-EN』2020年8月22日
5th『SADACA』2021年7月7日
6th『Less, but better』2024年9月4日

6thは全部聴き、それ以外は、最近ライブでやってるっぽい(セトリ調べて出てきた)曲を聴いた。
ダンスは続いていく」が一番好きだったけど、2ndアルバムの曲とは感じない。古さがない。

◇ Less, but better


2024年9月4日リリースの6作目。15曲、48分 7秒。

ジャンルや洋邦を問わず、私は音楽を聴くと、歌詞が頭に入ってくる。
他方、私の夫は、音楽は全て音として聞いているらしい。
同じ曲で「あれ良いよね」と2人で盛り上がっても、「あの歌詞がさ…」と言った途端「そんなこと言ってたっけ?」と言われる。

ただ、そんな人でも、KZさんのラップを音として聞き流すのは無理なんじゃないか
そう思うほど、KZさんの言葉には力がある。
たったの一小節を耳が拾ってしまえば、その後のリリック全てを耳が追いかけてしまうだろう。

ラップだけが前に出ているということではない。
音楽としての耳馴染みも良い
本作にはユートピアのような多幸感と浮遊感もあれば、傷をなぞるような、自然に涙がこぼれるような繊細さもある。
声ネタのループが多いからか、音には体温を感じる。
人によって傷付き、人との交わりによって人生の喜びを得た人のつくる音楽に相応しいと思った。
KBDさんと違い、ラップがなくても幸せ!という人ではなく、ラップですくわれた人なのだと思う。

▶︎KZ - Less is more | Official Music Video

◇各曲

旅や登山のこと、そして何気ない日常を綴る歌や、バッキンザデイものの「あれは80-90'」、ファンとの思い出を歌った「だれかのなにか」など曲のテーマは幅広い。

作品中、異彩を放つのが「Awareness」だ。私はこの曲が圧倒的に一番好きだった。いわゆるストーリーテリングで、途中にどんでん返しがある。余韻を残すラストもいい。映画を一本観たような気持ちになった。KZさんのことをよく知らないから、どういう背景で作られたかは分からないが。

ただ、圧倒されすぎてしまい、聴くのに体力がいる。聞き流せないから、アルバムを5回聴くうちこの曲は1回しか聴けない、みたいな。1番好きなのに、心を持ってかれるから聴けない。そんな経験はなかなか無い。映画館もふらっとじゃなく、観に行くぞ!と思って行くから、そんな感じ。

本当の孤独を知っている人が書く、人の温かさ
そして本当の絶望を知っている人が書く希望が宿っている。

▶︎KZ - Just Go | Official Music Video


◇言葉を紡ぐ

KZさんはラップと出合わなくとも、仮にロックにハマっていたとしても、歌詞を書いていた人かもしれない。
音楽にハマらなければ、詩歌を嗜んでいたかもしれない。

マザーテレサの言葉の引用や「運ぶ命と書いて運命と呼ぶ」のような表現から、普段から言葉と向き合っている人が綴っているリリックだとうかがえる。

実際、ラップ・ヒップホップ以外では文学と映画がすごく好きで、アーティストとしてはそちらの影響が強いともいえるそう(Less, but betterインタビュー動画より)。ニューシネマやヘミングウェイが好きなんだそう。

そんな人が、押韻という言わば制約のあるアートフォームで、どこまでも自由に感情を解放している。
KZさんにとって、ラップこそ畢生の表現方法なのだろう。

▶︎KZ - go so far | Official Music Video

朝と夜の間、
光と影の間、
出会いと別れの間、
傷付いて流す涙が嬉し涙に変わるまでの間、
ネガとポジを行き来する間。
そんな生まれてから死ぬまでのあわいにある一瞬を、本作は丁寧に見つめている。
表題曲が、赤子の泣き声で終わるのが象徴的だ。

心を開き、今と過去の間のページを開きながら、記憶の断章の感触をなぞるように紡がれてゆくリリック。

グラデーションを付けてたゆたう儚い生の一瞬が、死なない音楽の上で、美しく力強く歌われている。

◆おすすめ曲→Less is more、4593.16、あの夜の思い出が僕らを連れ去る、Awareness

▶︎KZ - I'll find hope, in all ways | Official Music Video



▶︎バリカタへお越しの方で裂固さんの予習をしたい方は、1月17日にリリースされたばかりのミニアルバム「New Beginning」を聴けばバッチリです。こちらは私の感想と解説ブログ↓

▶︎バリカタvol.2のライブレポはこちら

▶︎バリカタvol.3終演後、KBDさんとKZさんに聞いた談話を記事にしました。

▶︎バリカタvol.3ライブレポはこちら

いいなと思ったら応援しよう!