住めば都…わが都はいづこ
よく自分の居場所について考えたり、漠然とその居場所を求めている人は多いと感じる。
住めば都とは…どんな所でも、住み慣れるとそこが居心地よく思われてくるといった意味合いみたいだけど。
そもそも住み慣れるとは…長年いることで土地や家に慣れることらしいのだが。表現が、物理的なところだったりハード面なところのような気がする。
しかしながら、今みんな求めていそうな居場所とは内なるソフト面と感じる。それが叶う都は、長くいたら見えるものはあれど、慣れるとかそういうことを良しとする都ではなさそうだ。
人はずっと孤独だって話を少し前にした事があり、どうやらそいつとは共存せねばならぬようだ。愛するパートナーがいたとしても、これは別問題のようだ。
あいにく、そういう人がいないから想像するにも乏しいが上手いこと孤独が消される訳でもないらしい。
まぁ、当たり前に一人より二人の方が心強いとは思うけれど。
なので居場所は、人の中にできるものでもないのだろうな。たまに借りられるくらいが丁度良さそうだ。その人の中に居候や居座ることは、長引くとお互いにストレスになりそう…。リアルでもそうだしな(笑)
さて、そうなると居場所って完全体は無さそう。
でもって、いくつかあって良さそう。
たまに間借りしながらも、実際はちゃんと自分という家が拠点で動き続けることで健やかでいられるのかもしれないな。
少なくとも、私はそうかも。
そもそも慣れるということが、良いか悪いかもわからない。長くいたらその良さがあるし、短くても良さはあると思う。人もそんな気もする。
居場所を探すというのもいいが、
いた時間が長くても短くても、自分の居心地が良くなる努力は必要なんだろうなということは何となく感じた。正解はないけど。
そしてそれは、自分という拠点をしっかり持ってからの話な気はする。