【コント】やまんば
1人山で道に迷ってしまった私は遠くに明かりを見つけ、かろうじてそこに辿り着いた。
そこは古びた民家だった。
老婆が1人で住んでおり、完全に外界と遮断された場所だった。
私が事情を話すと、老婆は快く一晩泊めてくれることを承諾してくれた。
私は相当疲れていたようで、布団に入ると一瞬で眠ってしまった。
・・・しかし、その夜遅く、不思議な物音で目を覚ましたのだった。
物音
「シャー・・・。シャー・・・。」
男
「(目を覚ます)ん・・・?
・・・なんだ、この音。」
物音
「シャー・・・。シャー・・・。」
男
「なんか金属を研ぐような音だけど・・・。」
物音
「シャー・・・。シャー・・・。」
男
「・・・あっちか?(振り返る)」
(男の目の前の障子に、包丁を研ぐ老婆のシルエットが映っている)
男
「え・・・?
もしかして・・・やまんば?!」
老婆
「(包丁を研ぎながら)ひっひっひっひっひっ・・・!」
男
「ま、まさかその包丁で・・・私を・・・?!」
老婆
「(包丁を研ぎながら)ひっひっひっひっひっ・・・!」
男
「や、やめろ・・・」
老婆
「(包丁を研ぎながら)ひっひっひっひっひっ・・・!」
男
「やめろ・・・!
やめろ・・・!!
やめてくれぇーーーーっっ!!」
老婆
「(障子を開け、普通のテンションで)あれ、どうしました?」
男
「あ・・・、あんた、もしかしてその包丁で私を?!」
老婆
「あ、いや。
前々から研ごう研ごうと思ってたんですけど、ちょうど今日時間があったもので。」
男
「そんなこと言って、『いい食材が手に入った』とか言って私をその包丁で・・・。」
老婆
「いや、そんなつもりないですよ。」
男
「・・・ホントに?」
老婆
「うん。ぜんぜん。」
男
「ホントにたまたまこのタイミングで包丁研いでただけ?」
老婆
「はい。
他意はないです。」
男
「・・・じゃあ別の日にしてくださいよ!!
なんでよりによって今日なんですか!」
老婆
「いや、今日、昼間にがっつり昼寝しちゃって眠れなくて。
それだったら包丁研いでおくか、と思って。」
男
「明日でもいいじゃないですか。」
老婆
「スケジュール的に明日から忙しくなるんです。」
男
「でも、包丁研ぎながら笑ってましたよね。」
老婆
「普通包丁研ぐ時、笑っちゃいません?」
男
「あんたの笑いのツボどうなってるんですか。」
老婆
「私だけなのかな。
幼少の頃からツボなんです。」
男
「あと、障子にシルエットが映るように照明が当たってましたけど。」
老婆
「電気消して包丁研いでたら危ないじゃないですか。」
男
「だからといって、
包丁研いでる様が映るように光を当ててたら危ないヤツですよ。」
老婆
「確かに・・・。
なんかすみません。
怖がらせちゃったみたいで。」
男
「いえこっちこそすみません。
全部思い過ごしだったみたいで・・・。」
老婆
「(うつむきながら)・・・私、やまんばって言われました。」
男
「ごめんなさい!
シチュエーションが完全にやまんばだったんで。」
老婆
「(うつむきながら)昨夜、わたしなりの最高のおもてなしをしたつもりだったんですけどね・・・。」
男
「ホントすみません!
ご飯もおいしかったし、
露天風呂も満点でしたし、
布団もふっかふかでしたし、
鯛やヒラメの舞踊りも最高でした!」
老婆
「でも、やまんばって・・・。」
男
「すみません!すみません!すみません!!
でも寝起きであの状況見せられたら、
誰だって『やまんば!』って言うと思うんです!」
老婆
「デンゼル・ワシントンでも?」
男
「デンゼル・ワシントンにやまんばの概念があれば、言うと思います。」
老婆
「明日の朝食も最高のおもてなしをしたかったんです。
その意味もあって包丁を・・・。」
男
「ホント、そこまでしていただいてありがとうございます。」
老婆
「でも、やまんばって・・・。」
男
「撤回します!
やまんば撤回します!」
老婆
「なんかすみません。」
男
「いえ、こちらこそすみません。」
老婆
「では、おやすみになってください。」
男
「あなたは?」
老婆
「私はもうひと研ぎしたら寝ますので。」
男
「まだ研ぐんですか?」
老婆
「まだ切れ味悪くて。
私のことは気にせず寝てください。」
男
「いや、今まさに包丁研いでるって思うと眠れないんですけど。」
老婆
「笑うの我慢するんで。」
男
「いや、包丁研ぐの我慢してください。」
老婆
「これも最高のおもてなしのためなんです。」
男
「おもてなしは最高なんです。
景色も最高。
静かな立地も、雰囲気も最高。
でも、夜中の包丁研ぎが全てを台無しにしてるんです。」
老婆
「もし、ポータルサイトにここを紹介するとしたら、星いくつですか?」
男
「5つ中3つです。」
老婆
「可もなく、不可もなくですか。」
男
「可もあり、不可もあるんです!」
老婆
「5分だけやらせてください。
そしたらやめます。
明日の朝食のためなんで。」
男
「・・・わかりました。」
老婆
「ありがとうございます。」
男
「ちなみに明日の朝食は・・・?」
老婆
「コーンフレークです。」
男
「包丁出番ないじゃないですか!」