低迷する企業の付加価値率 = リスク回避のみの戦略が生み出した構造変化 =
2021年9月28日
前回レポート「回復力の弱い日本の鉱工業生産」では、新型コロナ感染拡大禍での日本の鉱工業生産の回復力の弱さの背景には、リーマン・ショック以降生産活動が長期的な低迷状態にあることをお示しした。
今回は生産の推移を、国産と輸入、すなわち供給側から、国内供給、海外供給に分けて眺め、企業の付加価値率低迷の構造的な変化をお示しする。
〇 海外供給増加の下、国産低迷、4-6月期でもピーク水準下回る
図1、表1と図2は鉱工業生産の推移を、感染拡大前の生産ピーク時、2018年10-12月期を基準(100)として、財別、国産、輸入別に示したものである。
図1. 鉱工業総供給の推移(2018年10-12月期=100)
表1. 鉱工業総供給の推移(2018年10-12月期=100)
図2. 鉱工業:財別輸入比率の推移(財別総供給に対する輸入攻勢比率、%)
図1を眺めると、国産が伸び悩む一方、輸入、すなわち海外からの供給が拡大しているのが明らかである。
鉱工業全体で国産を眺めると、昨年4-6月期(Q2)に80.1とピークに対して2割低下した後、回復に転じたが、年明け後は91台で推移、ピーク時より1割低い水準で伸び悩んでいる。
他方、輸入は国産より1四半期遅れて、昨年7ー9月期に86.6で底を打った後回復を示し、今年4-6月期には101.8とピーク時を上回ってきている。経済産業省「鉱工業総供給表」を基に筆者が算出した輸入比率、総供給(国産+輸入)に占める輸入の割合は、今年4-6月期26.9%となり、2020年4ー6月の27.0%と並び1998年の統計開始以来最高水準となっている(表1、図2参照)。
鉱工業供給全体で眺めると、昨年4-6月期の82.5を底に回復に転じ、今年4-6月期には94.1まで回復してきたが、依然ピーク時を6%弱下回る水準である。
〇 国産 : 年明け後、耐久消費財再下落、資本財、生産財、低水準横ばい
財別に国産の推移を眺めると、2019年10月の消費税率引き上げを受け下落基調に入る流れの中、感染拡大を受けて下落幅を拡大。とくに耐久消費財、資本財、生産財の落ち込みが鮮明であった。
その後回復に転じたが、年明け後、資本財は88台で推移、ピークより12%低い水準、生産財は91台で推移、回復力が鈍化している。
落ち込みが最大であった耐久消費財は、昨年末に94.9とピーク時を5%下回る水準にまで回復したが、年明け後は一転して鈍化基調となり、生産財の水準を下回り、4-6月期では資本財の水準をも下回る85.1、ピーク時を15%下回る水準にまで低下してきた。
他方、非耐久消費財は消費税率引き上げに伴い減少基調に入ったが、感染拡大の下でも他の財とは異なり急激な落ち込みは示さず、年明け後でもピークを5%程度下回る水準で推移、落ち込み幅は最小である。
〇 輸入 : コロナ感染拡大で耐久消費財急増、コロナ治療で資本財、非耐久消費財も急増
財別に輸入の推移を眺めると、国産とは異なり底打ちの時期が異なる。
最初に底打ちをしたのは耐久消費財である。昨年1-3月期87.1を底に回復基調を強め、続く4-6月期には103.2とピーク時の水準を上回り、今年4-6月期には122.7とピークの水準を23%近く上回る水準に達している。輸入比率も最高の34.2%に達している。エアコン、PC、携帯や情報機器など感染拡大で在宅勤務、リモート・ジョブなどの需要急増を受けた動きであるが、同時に海外生産が大半を占めるものでもある。但し、7月には111.9へと鈍化しており、国内消費需要の鈍化に加え、半導体不足の影響が出てきている可能性も高い。
資本財も昨年1-3月期に85.9で底を打ったが、ピークの水準を上回るのは耐久消費財より遅れ、昨年10ー12月期に100.2となり、年明け後は勢いが加速、今年4-6月期には116.5とピーク時水準を17%近く上回ってきている。7月も122.2とその勢いは加速しており、耐久消費財が4-6月期に記録した水準とほぼ同じ状態に達している。
年明け後の資本財輸入の急増は、医療機器など感染治療拡大需要に伴うものであり、自動車部品なども増加している。この結果、輸入比率は7月時点で31.6%と過去最高の水準となっている。
非耐久消費財の底打ちは昨年10-12月期の92.6であった。しかし年明け後1-3月期103.7、4-6月期121.5と急激に拡大している。ワクチンを含む医薬品、医療衣服などの急拡大がその背景にある。資本財同様、感染治療の急拡大が牽引している。
但し、7月には110.9へと勢いは鈍化している。コロナ・ワクチンの入荷数が減少したことを映し出しているのかもしれない。輸入比率は今年4-6月期に26.0と過去最高を記録したが、7月には24.3%へと低下している。
生産財輸入の底打ちは昨年7-9月期、建設財は1四半期遅れて10-12月期であったが、その後の回復力は弱く、今年4-6月では生産財輸入は95.3、建設財輸入は85.0と依然ピーク時を下回っている。鉱物を除く、生産財と建設財は他の財と比べ輸入比率は低く、両者とも10%台である。但し、鉱物を含む生産財では11%程度輸入比率は高まる。
〇 コロナ感染拡大需要を国内で賄えず、輸入急増
これまで眺めてきたように、コロナ感染拡大禍において、国産が低迷する中、輸入が急拡大している姿が明らかである。コロナ感染拡大で国内生産活動が抑制される中で、治療を含む需要に国内生産が応えられない状況といえるが、パンデミックの状態で輸入先も同様の状態であると考えると、本質的には国内に需要を賄える生産基盤が十分に整っていないという状況が露呈したといえる。
図3、図4は耐久消費財と資本財の国産、輸入の推移である。これまでのレポートでもお示ししてきたように、国産、すなわち国内生産はリーマン・ショック後低迷を続ける一方で、輸入、すなわち海外供給が急拡大している。
図3. 耐久消費財:国産、輸入の推移(2000年=100)
図4. 資本財:国産、輸入の推移(2015年=100)
海外供給は2011年3月の東日本大震災以降急拡大している。それまでは円高によるコスト削減から海外生産体制の構築が主であったが、震災後はこれに供給網、サプライ・チェーンの再構築に重点が移行したためである。
震災による国内供給網に対する危惧から海外での供給網の確立へと企業は舵を切ったが、それを後押ししたのは図5で明らかなようにリーマン・ショック後の急激な円高である。
図5. 円レートの推移(2000年1-3月期=100)
この動きを反映した輸入の拡大は、図3、図4でも明らかなように2013年以降沈静化しているが、その背景には図5に示されているように円高基調が反転し、円安に転じたことが大きく影響している。
但し、図2の輸入比率の推移を眺めると、耐久消費財や資本財の輸入比率は25%程度で安定して推移している。すなわち、耐久消費財や資本財の需要が弱くても供給の4分の1が海外供給で賄われるという生産体制が日本で組み込まれたということである。
耐久消費財や資本財より輸入比率が低い非耐久消費財でも需要に対する海外供給は5分の1に達している。
このような東日本大震災後の海外供給体制の高まり、すなわち高い海外依存度の下で、コロナ感性拡大が発生した。国内生産が需要を賄えず低迷する下で、輸入で需要を賄っているのが現状であり、輸入比率も図2で見るように一段と大きく上昇してきている。
〇 付加価値率、2010年度以降、非製造業停滞、製造業低迷
このような状況の中で日本企業の収益力の推移を眺めてみよう。図6は財務省「法人企業統計季報」による付加価値率(付加価値/売上高、%、年度)の推移である。
図6. 付加価値率の推移(%)
高度成長を牽引してきた製造業の付加価値率(青線)の推移を眺めると、2度の石油危機でそれまでの23%台から21%程度まで下落、その後回復を示したが石油危機前の水準には戻れていない。
製造業付加価値率か次に低下を示すのは、アジアの金融・通貨危機からである。2006年度には反転を示したたが、続くリーマン・ショックで大きく低下、2008年度には過去最低の16.6%まで低下し、初めて非製造の付加価値率(17.7%)を下回った。
リーマン・ショック後、製造業、非製造業ともに付加価値率は底打ちの形で推移しているが、非製造業は2011年度に20.6と初めて20%を上回り、2015年度には21.0%と過去最高の水準に達している。その後は一進一退で2020年度では20.4%となっている。
他方、製造業の付加価値率の回復力は非製造業より弱く、2015年度まで18~19%台で推移。2016年度にようやく20%を上回り、2017年度に20.4%を付け非製造業の水準(20.1%)を上回ったが、その後再び低下、2020年度では19.1%と非製造業との差が拡大している。
すなわち、リーマン・ショック後2010年度以降、非製造業の付加価値率の上昇は停滞し、製造業付加価値率は非製造業を下回る低い水準で低迷している。
〇 低下する製造大企業の付加価値率
日本の製造業、非製造業の付加価値率の低迷を眺めたが、これは企業収益の厚みを高める力が改善していないことを示唆している。とくに「工業立国」、「技術大国」と呼ばれた日本製造業において顕著に表れてきている。経済の「サービス経済化」の現象ともみえるが、非製造業の付加価値率も停滞しており、「経済のサービス化」も停滞している。
ここでは付加価値率が低迷する製造業について、資本金別に付加価値率の推移(年度)を眺めてみる ( 図7 )。
図7. 製造業 : 企業規模別付加価値率の推移(%)
企業規模(資本金)別付加価値率は、零細企業から大企業の順に低くなっている。これは企業規模が大きいほど、ピラミッド型の頂点に近いほど原材料から中間財、最終財まで納入を受ける企業群が多いためである。
また、大企業から企業規模が小さくなるにつれ、付加価値比率の振れ幅は大きくなり、同時に急激なショックは別にして、変化の推移にも時間的遅れが観察される。この背景には仕入れ価格や量の変化の時間的な遅れがあるものと思われる。
これを踏まえて資本金10億円以上の大企業における付加価値率を眺めると、1998年のアジア金融・通貨危機、そしてリーマン・ショックとその水準を低下、すなわち20%弱の水準から13%を切る水準にまで低下している。実に32%程度の大幅下落である。
その後2020年度にかけての推移は前述した動きであり、2020年度でも16.8%の水準で低迷している。
〇 現実を詳細に分析し、行政、国会、そして企業を含めた戦略の大転換が必要
製造大企業の付加価値率が低迷している背景には、前述してきたように輸入、すなわち海外からの製品輸入の割合が高まったことにある。海外からの製品輸入の高まりは国内企業でのサプライ網に穴が開くことを示唆しており、大企業から国内下請けへの需要波及効果が縮小していく。トリクルダウン効果が発揮できなくなる構図である。
さらに輸入製品がOEMや海外現地工場を通じて最終財や最終財に近い製品へと変化してきており、結果的に日本国内で付加する価値の割合が縮小してきている。
海外供給網の拡大を促す要因として円高ドル安基調がある。円高は海外での製造コストを引き下げると同時に、日本に還流輸入する場合も輸入価格の上昇を抑制し、国内企業の付加価値を確保するという効果がある。
しかし、図5で眺めて頂いたように、円安が長引けば、海外進出コストが高まる一方、輸入価格の上昇で、国内企業の付加価値分を更に縮小させている。
円安は米国ドルに対してのみの現象ではなく、ユーロ、アジア諸国の通貨に対しても安くなっている。日本が輸入する大半はドル建てであるため、円が対ドルよりアジア通貨に対してより円安であっても、輸入価格上昇はある程度抑えられている。しかし、アジアでの生産、OEMを請け負う現地企業は為替差損が蓄積されている、時間をおいてドル建て価格値上げに追い込まれ、輸入価格の上昇に結び付き、日本国内企業の付加価値率は低下する。
米国で金融の正常化が叫ばれ始めてきている。米国長期金利も8月を底に上昇基調を示し始めてきており、円ドルレートも円安方向に向かいそうである。米国の金融正常化は来年も継続するとされ、円安基調が一段と鮮明になりそうで、日銀の対応が注目されるが、輸入価格の上昇にも注意を払う必要がある。
コスト削減と東日本大震災以降のサプライ・チェーンの分散確保の裏側では、国内企業における新規格、新技術などによる新製品製造、すなわちより高い付加価値を生み出す製品戦略が期待されていたはずだ。
しかし、現実には、電気・電子、情報・通信機器などが典型であるが、国内生産付加価値は大きく低下、企業は業務縮小、人員整理、身売りという状態に陥っている。リスクを排除する企業戦略のみで将来の収益を生み出す投資に踏み込まない結果である。日本において「ファブレス企業」への転換が大きく遅れているということである。人的資源の放出など企業経営者の責任は大きい。
今回使用してきた統計は、経済産業省、財務省の統計である。統計作成官庁がこれら日本の実態を知らないはずがない。この観点から、行政と立法、すなわち国会、政府の責任は非常に大きい。
現実を分析し、日本を、そして各企業をどこに導いていくのか、日本の基本的な道筋に光を当て、長期的展望と戦略を構築する必要がある。コロナ感染拡大策、支援策の視野の狭さと政策の遅れにも表れているように、行政、政府、企業などの意識改革が急務である。
実証分析は民間の得意とするところである。その結果を広く国民に知らしめ国政に反映させる必要があり、その観点から民間の力に期待したい。