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#3家族という名の迷路:距離感と向き合う物語

①家族という名の迷路

私にとって、家族は「最も近い他人」でした。血のつながりがあるからこそ、時には遠く感じ、時には近すぎるほどの存在。幼い頃は、両親との関係に悩むことなど考えたこともありませんでした。ただ、母の手料理や父の厳しい声が日常の一部で、特に意識することはなかったのです。

しかし、成長と共に気づき始めたのは、親がただの「親」ではないということ。彼らもまた、ひとりの人間であり、人生の中で自分なりの傷や迷いを抱えていたのだと。高校生の頃、父と初めて激しい口論をしたとき、「親だから」と全てを受け入れられるわけではないと感じた瞬間を、今でも鮮明に覚えています。

「親だから理解してほしい」「子どもだから愛してほしい」
そう思う気持ちは、どちらにとっても当然のことかもしれません。しかし、実際にはお互いの思いがすれ違うことが多く、時には溝が深まることもあります。私は、その溝をどう埋めていくのか、どうすれば互いにもっと理解し合えるのか、ずっと悩んできました。

父との関係が特に難しかったのは、大学進学を決める時期でした。私は美術大学に進みたいと考えていましたが、父はその決断に強く反対しました。「将来の安定」を第一に考え、手堅い学部を選んでほしいというのが父の意見。私は、「自分の人生は自分で決めたい」という強い意志で反発しました。

「お前にはまだわからない。社会はそんなに甘くないんだ」と言われたとき、私は反射的に「わかるわけないでしょ!あなたの時代じゃないんだから」と叫んでしまいました。その瞬間、父の表情が一瞬だけ曇ったのを見て、心が揺れました。彼もまた、自分の夢を叶えられなかったのではないか――そんな思いが頭をよぎったのです。

それでも、私たちはその後も長い間、話し合うことができませんでした。どちらも譲らないまま、時間だけが過ぎていく。でも、その沈黙の中で、私は少しずつ「父もまたひとりの人間なのだ」という当たり前のことに気づき始めました。

家族との関係は、一筋縄ではいかないものです。血のつながりがあるからといって、必ずしも理解し合えるわけではありませんし、逆に血のつながりがないからこそ築ける信頼関係もあると思います。この文章を読んでくださった皆さんが、自分自身の家族との関係を少しでも見つめ直すきっかけになればと思います。

②対立の先に見えたもの

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