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実業家が愛した美術十選⑧ ゴッホ「アルルの寝室」

昭和26(1951)年、サンフランシスコ平和条約を締結する際に、全権の吉田茂首相はフランス外相シューマンに「松方のコレクションを日本に戻してほしい」と直談判した。

吉田の言う「松方」とは首相を2度務めた松方正義の三男で、川崎造船所が株式会社になる際に初代社長に就いた松方幸次郎である。社長になった松方は自ら欧州に渡って船舶を売り、同社の業容を急拡大させる。

ゴッホ「アルルの寝室」
オルセー美術館蔵
出典:Wikimedia Commons

その一方で松方は西洋絵画を大量に買った。ステッキで絵画を指し「ここからここまでくれ」と言ったこともある。ただし松方の絵画蒐集は道楽ではなく、日本に持ち帰って本物を見られない画学生に供したいという思いがあった。

ところが第2次世界大戦勃発で、フランスに残されていた松方のコレクションは帰国が叶わず、敵国財産としてフランス政府の管理下に置かれた。吉田はそれを戻してほしいと談じたのだ。シューマンは即座に吉田の要望を受け入れた。こうして松方コレクションはやがて日本に戻り、現在上野にある国立西洋美術館の基礎になる。

ただしフランスとしてはどうしても戻したくない作品が19点あった。その一つがここに掲げたゴッホ作「アルルの寝室」である。本作は現在オルセー美術館が所蔵する。

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実業家が愛した美術十選① 孔雀明王像
実業家が愛した美術十選② 十一面観音像
実業家が愛した美術十選③ 源氏物語絵巻
実業家が愛した美術十選④ 寒山拾得図
実業家が愛した美術十選⑤ 曜変天目茶碗
実業家が愛した美術十選⑥ 花白河蒔絵硯箱
実業家が愛した美術十選⑦ 普賢菩薩騎象像
実業家が愛した美術十選⑨ 歌川広重「阿波鳴門之風景」
実業家が愛した美術十選⑩ 黒田清輝「針仕事」

本稿に登場した松方幸次郎や彼が蒐集した西洋絵画のコレクションにまつわるエピソードなどについては拙著『幻の五大美術館と明治の実業家たち』をご覧ください。

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