幻 1 -シュウ-
毎回言ってるが、これもたいした話しではない。
ただただ、私が感じただけの自己満足的感覚。
以前病院で介護士をしていたときのことだ。
精神科病棟から普通の病棟に移り、私は4A(病棟の呼び名)で元気に働いていた。
その時自分は患者さんの風呂専門であったが、風呂の時間が終わると病棟の細々した仕事を手伝っていた。
その病棟に、当時風呂仕事の相方だったベテラン介護士Oさんの古い友人が入院してきた。
(名前を忘れたのでAさんと呼ぼう。)
週2回のハーバー浴(患者さんがストレッチャーで運ばれてきて、寝たまま我々が全身を洗ってあげる)で初めてお目にかかったAさんは品がよく、言葉遣いがしっかりしていてOさんと昔話をしてるのを聞いていると普通の方だった。
そうして暫く経った頃。
夕刻ゴミを回収するために、Aさんのいる病室に行った時だ。私はAさんに呼びとめられた。
「ねぇあなた、シュウを見なかった?」
「はい? シュウさん、ですか?」
「そうよ。いつもそこにいるんだけど」
「ご面会の方ですかね?」
「違うわ。犬よ」
「あ。…犬ですか」
「いつもそのへんにいるのよ。
きょうも来てたわ。
どこ行っちゃったのかしら?」
Aさんは病室内を見回して、
「シュウ!!」
と、大きな声で呼んだ。
…一瞬私は本当に、犬がそのへんのベットの下に隠れていて、現れるのではないかと思った。
だが冷静に考えれば、ペットが病棟に入れるはずがない。
増して病室内に放しとくなんて、あり得ないことである。
だのに私は、Aさんの話を信じそうになった。
あまりにも普通に話すAさんにつり込まれたのだ。
同時に私は悟った。
Aさんは認知症(BPSD)を患っていたのだ。
見た目は至って普通だが、足腰が弱り、更に認知症のせいで生活を維持できなくなり、入院することになったのだろう。
彼女はシュウの幻を見ていたのだ。
その犬が、彼女の入院中、どこかに預けられているならよし、もし既に亡くなっているのを彼女が忘れていたとしても。
…
大好きなシュウが、入院してなお彼女のそばに付いていてくれるなら、きっと寂しくないだろうな。
私はそう思った。
※※※
これと似たようなエピソードが、他に二つある。
いずれも患者さんが見た幻、幻覚なのだが、患者さん(もしくは利用者)は本気で話すから、私も本気で話を聞く。
幻視ではないかと気付くのは、よくよく話を咀嚼してからである。
たとえ患者さんの幻覚だとしても、彼らにとっては真実であり、聞かされた瞬間はミステリー。
彼らだけに見えるもの。
私にとってそれは、リアルに不思議な話であった。
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