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運命の輪 第2章 第2話

第2話 信じることしかできなくて


1. 待ち望んだ未来のはずなのに

窓の外には、雪のように白く霞んだ冬の空が広がっていた。

コートのボタンを指先で弄びながら、私はカフェの奥の席に座っていた。

ひとつ深く息を吸い、手のひらをお腹に添える。

ふんわりと膨らみ始めたそこには、小さな命が宿っていた。

——これは、待ち望んだ未来のはずだった。

だけど、心は不安でいっぱいだった。

約束していたはずだった。
浩介は「必ず離婚する」と言っていた。

だけど、結局一年が経っても、まだ何も変わっていない。

「もうすぐ話し合いがまとまる」
「みどりとは冷え切ってるから」
「お前と子どもを守るから、信じてほしい」

浩介の言葉を何度も反芻する。

彼を疑いたくない。

でも——。

「久しぶり」

不意に、懐かしい声がした。

顔を上げると、そこには花岡明日美が立っていた。

「…明日美」

私は微笑もうとしたけれど、きっと上手く笑えていなかったと思う。

彼女の視線が、私の膨らんだお腹に向けられる。

そして、すぐにその意味を理解したようだった。

「…それ…」

「うん。彼の子」

一瞬、彼女の表情が固まる。

それから、ゆっくりとした動作で椅子に腰を下ろした。

「結婚…したの?」

「…まだ」

私の答えに、彼女は息を呑んだ。

「…もしかして、彼、まだ離婚してないの?」

私は、かすかに首を横に振った。

「…してない」

沈黙。

コーヒーのカップを手に取る明日美の指先が、微かに震えていた。

「…奥さんとは話し合ってるの?」

「してるみたい。でも、子どものこととか、財産分与とかで時間がかかってるって…」

「それも、去年聞いた気がする」

淡々とした声だった。

——本当は、私だってわかっている。

それが、ただの言い訳かもしれないことも。
もしかしたら、浩介は私に期待を持たせながら、離婚する気なんてないのかもしれないことも。

でも、それを認めてしまったら、私はどうすればいい?

私のお腹の中にいる、この子は?

「でも、今度こそ本当に離婚するって言ってるの」

「…本当に?」

私は強く頷いた。

——信じたい。

たとえ、どれだけ疑いの影が心をよぎっても。

たとえ、どれだけ「やめたほうがいい」と言われても。

「…占ってみる?」

明日美が、そっとカードの束を取り出した。

私は、一年前と同じように、それをじっと見つめる。

そして——

ゆっくりと頷いた。

2. タロットの示す未来

カードをシャッフルする音が、カフェの静かな空気に溶けていく。

私は目を閉じ、静かに願った。

——浩介と、この子と、幸せになれますように。

「…引いたよ」

目を開けると、テーブルの上には三枚のカードが並んでいた。

それがどういう意味のカードかはわからないが、明日美の顔をみて、きっと良くないカードなのだろうと察した。

一年前、浩介との関係を占ってもらったときも、あまり良いカードではなかった。

でも、それでも私は浩介を信じることを選んだ。

それなのに——一年経っても、何も変わっていない。

「…紗枝、このまま進むと、もっと辛い未来が待ってる可能性が高い」

明日美の声が、どこか遠くに聞こえた。

「…どういうこと?」

「『吊るされた男』は自己犠牲を意味するカード。あなたがずっと待ち続ける立場にいることを示してる」

——待ち続ける立場。

ずっと待たされている。

待たされるばかりで、何も手に入らない。

胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。

「『死神』…これは何かを終わらせなければならない暗示。そして『剣の三』…これは心が引き裂かれるような出来事が起こることを示してる」

「…もしかして、私、このままだと幸せになれないってこと?」

「…そうなる可能性が高いと思う」

幸せになれない——?

でも、私はもう引き返せない。

浩介を信じて、ずっと待ってきた。
それに、お腹にはもう彼の子がいる。

「…もう引き返せないよ」

明日美は、悲しそうな目をしていた。

私がこの一年、どれだけ不安で、どれだけ浩介の言葉を信じたかったかを、彼女は知っているのかもしれない。

「紗枝、最後にもう一度聞くけど…本当に、このまま進んで大丈夫?」

「…私は、彼を信じてる」

それしか、言えなかった。

それしか、言えなかったのに。

明日美は、何も言わなかった。

3. それでも、信じるしかない

カフェを出ると、冷たい風が頬を刺した。

明日美は「気をつけてね」と言ってくれたけれど、その言葉はどこか遠く感じた。

コートのポケットの中で、スマホが震える。

浩介からのメッセージだった。

「今日も遅くなる。会えなくてごめんな」

——本当に仕事?

それとも、奥さんとまだ一緒にいるの?

疑いが生まれそうになって、私は頭を振った。

信じるしかない。

だって、私はもう、浩介の子を宿しているのだから。


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あすみ
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