見出し画像

運命の輪 第2章 第3話

第3話 終わらない言い訳


1. 突然の報せ

「浩介…聞いてほしいことがあるの」

紗枝にそう言われたのは、まだ夏の名残りが感じられる初秋の頃だった。

その日は仕事が立て込んでいて、ようやく終わったのが夜の10時過ぎ。スマホを確認すると、彼女から「話があるから会いたい」とメッセージが届いていた。

正直、疲れていた。

「また離婚の話か…」

そう思いながら、適当に理由をつけて先延ばしにしようとしたが、彼女のメッセージの文面がいつもと違った。

「どうしても今日話したい」

そんなに大事な話なのか。

仕方なく、仕事帰りに彼女の部屋へ向かった。

「で、何?」

部屋に入ると、紗枝はテーブルの前に座っていた。

心なしか、いつもより表情が硬い。

「…私、妊娠したの」

——その言葉を聞いた瞬間、思考が止まった。

「…え?」

「お腹に、あなたの子がいる」

紗枝は、優しくお腹に手を添えながら言った。

笑っているようにも見えたし、不安そうにも見えた。

俺は、それ以上何も言えなかった。

どうしようもなく、戸惑っていた。


2. 望んでいたはずじゃなかったのか?

「嬉しくないの…?」

紗枝の言葉に、俺は曖昧に微笑んだ。

「いや…びっくりしただけ」

「そりゃそうだよね、急に言われても…」

彼女は、少しだけ安心したような顔をした。

でも、俺は本当のことを言えていなかった。

正直に言うと、困っていた。

「まいったな…」

ポケットの中で、指先が硬くなっていた。

本当なら、「おめでとう」と言うべきなんだろう。
「一緒に頑張ろう」と言うべきなんだろう。

でも——

俺はそんな未来を望んでいたわけじゃない。

確かに、紗枝のことは可愛いと思っていたし、好きだった。
でも、結婚して子どもを育てる覚悟なんて、まるでなかった。

奥さんと別れる気がないわけじゃない。

ただ、タイミングが悪い。

——いや、本当に離婚するつもりがあったのか?

そんな疑問がふと頭をよぎる。

「浩介?」

「…あぁ、ごめん。ちょっと考えてた」

「…産んでもいいよね?」

「…」

答えに詰まった。

産んでもいいのか?

そんなの、俺に決められるわけがない。

でも、そう言えば彼女は傷つくだろう。

「もちろん」

とりあえず、そう言うしかなかった。



3. 解決する方法

その夜、家に帰ると、みどりはもう寝室にいた。

「遅かったね」

「ちょっと仕事で…」

「ふぅん」

彼女はそれ以上何も言わなかった。

俺は胸を撫で下ろした。

——バレていない。

みどりは、俺の不倫を疑ってもいない。

それだけが、唯一の救いだった。

俺はソファに座り、スマホを開く。

さっきの紗枝との会話が頭をよぎる。

「お金でなんとかならないか…」

その考えが浮かんだのは、ごく自然な流れだった。

離婚は面倒だ。
財産分与もあるし、子どもの親権の問題もある。
なにより、俺の立場もある。

それなら——

金で片付けるのが一番いい。

紗枝が妊娠を理由にしがみついてくる前に、なんとか手を打つべきだ。

「どうすればいい…?」

焦りのせいか、妙に頭が回らなかった。

解決策を探すようにスマホをスクロールしていると、ある女の名前が目に入った。

——美咲。

ここ最近、仲良くなりかけていた後輩の女だ。

若くて、無邪気で、何も考えていないような子。

こんな時こそ、現実逃避したい。

俺は、ふっと息を吐き、メッセージを打った。

「今度飲みに行かない?」

送信。

その瞬間、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。

いいなと思ったら応援しよう!

あすみ
記事が気に入ってくれたら良ければ応援お願いします♡⃛これを励みに更新頑張ります❁⃘*.゚