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運命の輪 第3章 第3話
第3話 幸せの代償
1. 崩れ落ちる未来
『バレた』
浩介からの電話は、たったその一言から始まった。
「……え?」
紗枝はスマホを握る手が震えるのを感じた。
『全部証拠が揃ってた。慰謝料を請求される』
「……そんな……嘘……」
鼓動が一気に早まる。
『300万』
「——え?」
『慰謝料。お前も払えって言われた』
一瞬、息が詰まった。
「そ、そんな……」
——これから子どもが生まれるのに?
——結婚資金は? どうしたらいいの?
目の前がぐらぐらと揺れる。
「無理……そんなお金……」
『俺だってキツい。でも、払わなきゃいけないんだよ』
「そんなの……どうしよう……」
『なんとかするしかない』
なんとか? どうやって?
——どうして私だけこんな目に?
「……うそ、うそ……やだ……」
浩介は何も言わなかった。ただ沈黙だけが電話越しに伝わる。
それが何よりも怖かった。
2. 貯金が消える日
慰謝料の支払い期限はすぐに迫った。
紗枝は銀行の通帳を見つめる。
社会人一年目からコツコツ貯めてきたお金。
結婚式の資金にしようと思っていた。
いつか浩介と幸せな家庭を築くために。
——それが、今、消えていく。
ATMの画面に表示された残高は、たった数万円になった。
喪失感で足が震えた。
「……これでいいんだよね」
口に出してみるけど、まるで誰か別の人が言っているようだった。
——浩介を信じている。
——彼と結婚するためなら仕方がない。
そう自分に言い聞かせるしかなかった。
3. 望んだ未来?
半年後、ようやく浩介と籍を入れることができた。
でも、結婚式はできなかった。
「金がないんだから仕方ないだろ」
浩介はそう言った。
——そうだね。仕方ないよね。
慰謝料を払い、貯金もなくなった。
ドレスも、花嫁姿も、祝福される日も、すべて消えた。
——でも、私は奥さんになれた。
それだけで、よかったはずなのに。
4. 産まれてきた命と、消えていく絆
籍を入れる少し前に赤ちゃんが生まれた。
やっと会えた、小さな命。
だけど、浩介はあまり家にいなかった。
「養育費があるし、仕事が忙しいんだよ」
そう言って、帰宅はどんどん遅くなった。
夜泣きで眠れない夜、泣き止まない赤ちゃんを抱きながら、紗枝は何度も思った。
——私、何を手に入れたんだろう?
浩介が「好きだよ」と言ってくれた日々は、あの頃のまま?
それとも、すでに違う場所に来てしまった?
5. あの頃の思い出
ある日、気分転換に赤ちゃんをベビーカーに乗せて街を歩いた。
慣れない育児で疲れ切った身体に、少しでも外の空気を吸わせたかった。
ふと、視界に入ったカフェ。
——ここ、浩介とよく来てたな。
付き合い始めた頃、仕事帰りに待ち合わせてよくお茶をした。
指が触れ合うだけでドキドキして、浩介が笑うだけで幸せだった。
懐かしさに駆られて、ついカフェの中を覗いた。
そして、息が止まる。
——浩介と、美咲がいた。
向かい合って、笑いながら話している。
楽しそうに、親しげに。
——なんで?
私とは全然目も合わせないくせに?
子供が生まれてから、私とはまともに話してないくせに?
足が震えた。
頭の中が真っ白になる。
息を呑んで、目を逸らし、カフェを通り過ぎる。
——まさか。
心臓がバクバクと鳴る。
考えたくない。でも、頭の中であの言葉がぐるぐる回る。
「不倫する男は、また繰り返す」
明日美が、そう言っていた。
——まさか、そんな。
でも、心の奥で何かが叫んでいた。
また、同じことが始まるんじゃないか?
私は——
また、捨てられるんじゃないか?
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