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真実の鏡【ショートショート】【夏ピリカ応募】

「殺す相手を間違えないで」

夜中の3時、部屋にある姿見の中を覗くと、自分と非常によく似た女性から声を掛けられ、京香の父殺害計画は中止になった。

鏡の中の女性は自分によく似ていたけど、少し違った。顔はそっくりだが、京香と違って少し大人びている雰囲気だった。

「隙を見てお父さんの部屋に行って、本棚の奥にある日記を見て。その日記を見てからでもお父さんを殺すのは遅くないから」

そう言って、京香に似た女性は鏡からいなくなった。何度も鏡を確認しても、いつも通りのただの姿見に戻っていた。

父からの虐待が始まったのは京香が小学一年生に上がった頃からだった。
京香には兄と弟がいたが、父は京香にだけ厳しかった。テストの点数が悪いと叱責され、虫の居所が悪いと殴られたり、腹部を蹴られたりすることもしばしばあった。

だから、京香は勉強だけは怒られないように頑張った。その甲斐あって、県内では進学校と言われる高校に入学できたのだったが、父が京香を褒めることは決してなかった。

姿見の女性が現れた翌日、学校帰りに友達と話し込んでしまい、門限の時間である17時を5分ほど超過してしまった。父の帰りは夜遅くになることが多かったが、その日たまたま仕事関係の人の通夜があるとかで、すでに家に帰宅していた。門限を過ぎて帰宅した京香に対し、父は鬼の形相で睨みつけ、叱責し、腹部を強く殴った。殴られた衝撃で帰りに買い食いしたクレープを戻してしまった。

「門限を破るな。その吐いた物を掃除したら、さっさと勉強しろ」

京香は咳き込みながら、痛くて苦しくて涙を浮かべた。母は父が通夜に行くのを玄関まで見送ってから京香の元へ駆け寄り、背中をさすった。

「大丈夫? ごめんね京香。お父さん早く帰ってくるって分かった時点で連絡すればよかったね」

母はそう言いながら申し訳なさそうに京香の背中を撫でた。

「大丈夫だよ、お母さん。私が門限破ったのがいけなかったんだから」

母は父に逆らえない。母はなぜ助けてくれないのかと不信感を抱いたこともあった。でも、母は京香に寄り添ってくれる唯一の存在だから、京香は母を憎まないようにした。

京香は母が嘔吐物を掃除してくれている間に母の目を盗み、父の部屋へ忍び込んだ。鏡の中の女性の言う通り、本棚の奥に日記らしきものがあった。ちょうど一枚の三つ折りの紙が挟まれているページを読む。

早苗には内緒で京香のDNA鑑定を依頼した。結果、京香は俺の子ではなかった。やはり早苗は不倫をしていた。許せない。

鼓動が一気に速くなった。
三つ折りになっていた紙は、父と京香のDNA鑑定書だった。

鑑定結果は生物学上の父子関係を否定するものでした。

鑑定書には、京香が小学校に入学した年の日付が記されていた。

その日の夜中3時。京香は父を殺そうとしたときと同じナイフを握っていた。
「どうして、どうして」
そうつぶやきながら、母の喉ぼとけにナイフを突き立てた。

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