シーシャバーで味わう、プリンとコーヒー
深夜の街に漂う静けさと非日常
深夜の街には、不思議な静けさと、ちょっとした非日常が隠れている。私がその夜訪れたのは、昼間には見過ごしてしまいそうなビルの一角にあるシーシャバーだった。
友人から聞いた「隠れ家的な場所」で、日中は普通のカフェとして営業し、夜になるとひっそりとシーシャが楽しめるという。
興味半分、不安半分で足を運んだ私は、ドアを開けるなりふわっと甘く香る煙に包まれた。
異世界のようなシーシャバーの空間
中は意外にも落ち着いた雰囲気で、低いテーブルとソファが並び、心地よいジャズが流れている。壁には少しだけ削れたペンキが残り、古びた雑貨やアートポスターが無造作に飾られていた。これがシーシャバーか、と初めての体験に少しそわそわする。
「いらっしゃいませ」と声をかけてくれたのは、スレンダーな店員さん。片手に大きなガラス製のシーシャを抱え、軽やかにメニューを渡してくれる。その中に目を疑うような一文があった。
「本日のプリンセット(ホットコーヒー付き)」
ここはシーシャバーではないのか? と一瞬頭をひねったが、私の興味は「プリン」という文字にすっかり引き寄せられていた。
シーシャの甘い香りに混ざるように、カラメルのほろ苦さと卵の濃厚さが想像され、気づけばセットを注文していた。
しばらくして運ばれてきたのは、どこか懐かしさを感じる小さめのプリンと、湯気が立ち上るホットコーヒー。
プリンは手作り感満載のどっしりしたフォルムで、見るからに美味しそうだ。ただ、暑い日だったからか、アイスに埋もれていた。
コーヒーはマグカップにたっぷり注がれ、深夜の眠気を吹き飛ばす香りを漂わせている。
一口目をスプーンですくうと、プリンの表面はなめらかでしっとりと輝いていた。
口に入れると、卵の優しい甘さとカラメルのほろ苦さが絶妙なバランスで広がる。ただ、このプリンは間違いなく、誰かが一つひとつ手間をかけて作ったものだ。それはまるで、遠い日の家庭で出会ったような味わいだった。
「どうですか?」という声に顔を上げると、そこには店主らしき男性が立っていた。少し疲れた目をしているが、柔らかな笑顔が印象的だ。シーシャの器を手にしたまま、私の反応をじっと待っている。
「すごく美味しいです!これ、手作りですか?」と聞くと、店主はにっこりと笑った。
「そうなんです。実はこれ、僕が作ってるんですよ」とさらりと言う。聞けば、このプリンは彼の長年の趣味の結晶で、自分の店を持つなら必ず出したいと思っていたメニューだったという。
「コーヒーも実はこだわりがあってね。この大きなカップは友人に作ってもらったんです。コーヒーの熱さを感じながら、香りを存分に楽しめるように特注で」
確かに、このカップで飲むとコーヒーの重みと香りが手に伝わる気がする。こだわりを聞けば聞くほど、店主のこの店への想いがひしひしと伝わってきた。
「でも、なんでシーシャバーでプリンとコーヒーなんですか?」と聞いてみると、彼は少し恥ずかしそうに目を細めた。
「僕、シーシャが本当に好きでね。10年前から趣味で吸い始めたんですけど、自分の好きなものを詰め込んだ空間を作りたくて。それで、シーシャもプリンもコーヒーも、全部好きなものを置いたらこうなったんです」
その言葉に、店全体が彼自身を映し出しているように感じた。
温かい灯りの中で、プリンとコーヒーを楽しむこの時間は、彼の夢が叶った空間の中にいるんだと思うと、なんとも言えない幸福感が広がった。
「よかったらシーシャも試してみてくださいね」と彼が勧めてくれたが、その日はプリンとコーヒーをゆっくり味わうことにした。次に来るときは、甘い香りのシーシャを吸いながら、この店主の物語をもっと聞いてみたいと思う。
深夜の静寂の中、心地よい煙に包まれながら味わうプリンとコーヒーは、ただ美味しいだけじゃない。店主の10年越しの夢とともに味わう、そのひとときが特別な思い出になった。
シーシャに挑戦してみようかと迷ったが、その日はプリンとコーヒーをじっくり味わうことにした。一口ごとに、オーナーの情熱や、深夜の街の静けさが溶け込んでいく気がした。
深夜のシーシャバーで出会ったプリンとコーヒー。
そして、オーナーの語る夢の物語。
静かな時間の中に、心がじんわりと温まるようなひとときを過ごせたのは、きっとこの場所に彼の「好き」が詰まっていたからだろう。
次に訪れるときは、シーシャにも挑戦してみたい。
甘い香りに包まれながら、オーナーの作るプリンとコーヒーをまた味わいに来ようと思う。
その時はきっと、この夜の思い出がより深みを増すに違いない。