【しろまる先輩は距離感がおかしい。】17話「上野発の夜行列車」
前のお話▼
◆ ◆ ◆
北海道へ向かっていた雪音としろまる先輩は、時速300㌔で北上する函館行きの新幹線はやぶさを…………
……新青森で下車した。
「あの新幹線函館行きだったのに、なんで降りちゃったんですか」
乗り換え先の在来線の車内で、てっきりグランクラスに揺られたまま快適な北海道入りができると思っていた雪音が不満を吐露する。
「それはね、今回は川井さんの北海道初上陸を特殊なモノにするために、青森から船で津軽海峡を渡るからだよ」
「船———!?」
元々は飛行機という選択肢しか頭になかった雪音からすれば、次第に古典化する移動手段はまさに驚きの連続である。
———ただ、そこまで北海道初上陸は特殊じゃなくてもいい……のだが。
「あの黄色い船が北海道行きですか?」
「ちがうちがうちがうちがう」
(ヾノヾノヾノヾノ・△・`)ブン ブン ブン ブン
青森到着後に雪音が連れて来られたのは、真新しい駅舎から歩いて数分の海辺だった。線路と市街地を大きく跨ぐベイブリッジの袂に、黄色と白に塗り分けられた旅客船が泊まっている。
これを函館行きの船と認識し発言した雪音だったが、案の定先輩にブン、ブン、ブンと手を振りながら動作付きで全否定さてしまったのだ。
「あれは元青函連絡船の八甲田丸だよ。引退した船がメモリアルシップとして資料館になってる」
「中、入れるんですね〜」
「せっかくだから見学していくよ」
「わわわっ、先輩待ってくださいよ〜」
先輩の引率で乗船した八甲田丸の中は、操舵室や機関室などの設備を見学することができたほか、北海道と本州間の移動に関する様々な展示がおこなわれており、見ごたえがあった。
正直最初は乗り気でなかった雪音も、これから渡る津軽海峡と北の大地の解像度が上がったことで途中からは徐々に楽しさを感じていた。
旅行先に対する予備知識の有無は、実際に景色を見た時の満足度を大きく左右するのだ。
「みて」
見学の最中で先輩が指差したのは、青函連絡船の歴史を展示しているコーナーの一角だ。明治時代から昭和までの上野〜札幌間の所要時間のうつりかわりを示した表が展示されている。
一番上の段には、明治45(1912)年の所要時間。
一番下の段には、昭和63(1988)年に青函トンネルが開通したことで全区間を直通運転した寝台特急「北斗星」の所要時間が記載されている。
前者は急行列車→連絡船→急行列車の乗り継ぎで38時間。後者は15時間かけて上野→札幌を走破していたらしい。飛行機や新幹線の速度感覚に慣れてしまうと全く想像できない世界だ。
「うわ、一昼夜以上ずっと乗り物に乗りっぱなしって、なんかの罰ゲームですか」
先輩からこの旅行に誘われた時に言った「北海道は軽率に行く場所じゃありません」も、100年前だったら間違いなく正論だっただろう。
「川井さん。毎度言ってることだけど、目的地までの道中も大切な旅の時間だよ。わたしはもしもタイムスリップできる超能力を手に入れたら、昔に戻って廃止された列車に乗りまくりたいと思うもん。とくに寝台特急は絶対外せない」
鉄道マニアが時刻表を手に入れて時代を超えた乗り鉄旅行をする物語。ちょっと面白そうである。誰かなろうあたりで書いてほしい。
……。
「ひとつ思ったこと言ってもいいですか」
「なに」
「しろまる先輩って、旅行が趣味っていうより、移動が趣味なんじゃないですか」
「ばれたか」
自覚、あったらしい。
・ ・ ・
「……なんだろう、アレ」
メモリアルシップの見学を終えた雪音が見つけたのは、八甲田丸のすぐ脇に建てられた石碑だった。よく見ると名曲の歌詞が刻まれており、怪しげなオレンジ色のボタンがついている。
「ポチっとな」
先輩が容赦なくボタンを押す。すると、
ボタンが押されたと同時に、辺り一帯を例の前奏が包み込んだ。想像以上の爆音に雪音は思わず後ずさる。
テレレレ〜レ〜レ〜レ〜♪
♪
♪
♪
♪
♪
「は?」
すかさず先輩が繰り出した唐突な石碑デュエットからの替え歌に、思わず雪音から本音が出る。
「失礼失礼。わたしら平成生まれの旅行好きはね、『津軽海峡冬景色』を聴く度に思うんだよ。あと数十年早く生まれて旅行趣味を開花させられていたらなって」
「さっき言ってた、寝台特急への未練ってやつですか」
「そそ。わたしが旅行にハマった時にはほとんどの寝台特急がすでに廃止されちゃってて、ギリギリ生き残ってた北斗星とトワイライトエクスプレスも、当時高校生だったがゆえに金銭的に手を出せず、指をくわえてラストランを眺めることしかできなかったんだよ———」
「…………」
「……川井さん?」
「ブルー……トレイン……かぁ」
「ブルトレがどうかしたの?」
「あ、いえ、なんでもないです」
———寝台特急。
先刻その言葉を耳にした時から、雪音は自分の中に妙な違和感を覚えていた。旅行趣味とは無縁の人生を送ってきたはずなのに、どこか懐かしさが溢れて止まらないのだ。
この気持ちは、一体何なのだろう。
(つづく)
次のお話▼