【しろまる先輩は距離感がおかしい。】12話「一人旅をする理由」
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◆ ◆ ◆
束の間の早朝古都ツアーを終えた雪音と先輩は、徐々に人の往来が増えてきた鴨川沿いを歩いていた。
「しろまる先輩は一人旅が趣味なんですよね」
「そうだよ」
「一人旅って、寂しくないんですか?」
ふと雪音が投げたのは、純粋な興味由来の質問だった。
しかし。
「……ッ!」
それを聞いた先輩が、まるで雷に打たれたかのような反応を見せてから硬直してしまった。どうやら何かしらの地雷を踏み抜いたようだ。
「ど、どうかしましたか……?」
(((「川井さん……ぼっちトラベラーにそれは禁句……」プルプルプル)))
「えっそうなんですか」
「あのね、一人旅を好む人間はね、孤独を満喫できるタイプなの。
予算とか、食事とか、移動手段とか、旅行で重要視するポイントは人それぞれだから、そこで価値観の合わない人とは一緒に出かけにくい。
……仕事終わりに日本一遅い終電で群馬に行くような奇人に付き合ってくれる物好きが、他にいると思う?」
「あぁ……」
雪音は、何も言えなかった。
「わたしに言わせてみれば……
先輩の答弁は終わらない。
「さっき川井さんも言ってたみんなで食べると美味しい理論ってあるじゃん? あれも、ちょっと違うと思うんだよね」
「どこが間違ってるんですか」
流石に、これに関しては雪音も譲れなかった。食事は、みんなで一緒に食べたほうが美味しいに決まっている。強気な視線を返した雪音に怯むことなく、先輩は続けた。
「あの理論には、前に「そんなに美味しくないものは」っていう言葉が必要だと思う」
「ん……? そんなに美味しくないものは、皆で食べると美味しい。ってことですか?」
よく分からなかったので再確認する。
「そう。食事をする時に誰かが一緒にいると、食べ物に100%の意識を集中させられないじゃん? だから、皆でたべると料理自体の味がよく分からなくなるんだよ」
「なるほど……食べ物の不味さを、他人と食事する楽しさで紛らわしてるってことですね」
「だからわたしは、本当に美味しい自分の大好物は絶対に一人でたべるって決めてる。誰にも邪魔されずに、その味だけに集中したいからね」
———そしてそれは、お出かけも一緒。
決まった……! と言わんばかりのドヤ顔が、朝の三条河原に咲いた。独特の距離感とフットワークをもつ先輩が語ったおひとり様理論は、確かに説得力がある。
が、
しかし。
それならば矛盾が生じているではないか。
「じゃあなんで、私を誘うんですか?」
旅に知人を持ち込まないというのであれば、当然雪音自身も例外ではないはずだ。今回だって、ラーメンを食べるまでは夜行バスでの移動を散々嘆き、先輩と意見を衝突させていたのに。
「あー、それはね、、、」
先輩は、なんだかばつが悪そうにしている。
しろまる容疑者には「一人だと旅の都合が悪い時の人数合わせで川井雪音を召喚している罪」の疑いがあるのだが、図星だったのだろうか。
「川井さんは、その、……特別。さっきのラーメンも、元からすごくおいしい」
すると先輩から出てきたのは、事のほかちょっぴり恥ずかしい言葉だった。
「特別、ですか」
「うん。この前熱海に行った時、川井さん、楽しそうにしてたでしょ」
「そりゃ海無し県民ですからね」
「……景色で素直に感動する川井さんをみてたら、何だか旅行にハマりたての頃の自分を思い出しちゃって。
……その、もっと色んな場所を見てほしいって思ったんだ。
わたしが連れていった場所で川井さんが喜んでくれるのは、それだけでうれしい。だから、京都に2人で来たのは正解だった」
「そうですか」
———普段は無口で何を考えているか分からなくて。
かと思ったら唐突に無茶な旅へ連れて行かれて。
文句のひとつでも言ってやろうとすれば、肝心なところで懐に入り込んでくる。
本当に、この先輩の距離感は難しい。
喉から出かかった「私も、一緒に来れてよかったって思ってます」は、ちょっぴり照れ臭くて先輩の耳に届くことはなかった。
(つづく)
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