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【しろまる先輩は距離感がおかしい。】26話「逆写真詐欺」
前のお話▼
◆ ◆ ◆
約5時間におよぶ房総半島一周の旅を終え、大回り乗車中の一行は外房線の大網駅に降り立った。カーブを描く特徴的なホームを階段で下り、乗換用の通路を通って別のホームに上がる。
「大網から東金線で成東に出て、総武本線、成田線を乗り継いで我孫子を目指します」
列車を待っている間に、今回の旅の幹事である司が女性陣にこの先の行程を説明した。
「我孫子ってことは……さてはアレだな?」
「さすがです先輩。アレ、ですよ」
旅の勘を備えたしろまる先輩は伝えられた駅名から全てを察した様子だが、雪音には何のことか全くわからない。今の自分には言われた電車に乗ってひたすら耐えることしかできないのだ。
そこからは、しばらくの間特筆することのない旅が続いた。流石の旅バカ共も無尽蔵に旅行エネルギーを蓄えているわけではないようで、雪音共々昼下がりの車内で微睡んだ。
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空の玄関口が近い成田駅に着いたのは、14時半頃のことだった。
ぐるるるるぅ……。
「あっ……///」
雪音の腹が盛大に空腹を訴える。
先輩には腹の音を聞かれたことがあったが、流石に同期の男がいる前だと少し恥ずかしい。
「もう少しの辛抱だ川井、次の乗り換えで昼メシにするから」
「うっさい」
成田から乗り込んだ普通列車は40分ほどで次の目的地に着いた。
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———我孫子。
先ほど先輩と司が意味ありげな素振りで口にしていた場所ではないか。
「お待ちかねの昼食タイムだ」
列車を降りた瞬間、司が言った。
「え? ここ駅じゃん」
腹は減っているものの、突然のランチタイム宣言を飲み込めない雪音が訊き返す。
「忘れたのか、今は大回り乗車中だぞ。改札外に出ることはできないから駅ナカグルメを楽しむんだよほら」
「あれは……!」
司が指差す先にあったのは、ホーム上の小さな建物。
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よくある見た目の駅そば屋だった。
ここ我孫子駅のホームに建つ「弥生軒」は、昭和初期に駅弁屋として創業した歴史ある鉄道グルメの店だ。駅弁屋だった頃に画家の 山下 清 が働いていた店としても知られ、立ち食いそば屋となった現在も多くの人から愛されている老舗である。
ちょうど列車が到着したばかりだったためか、店内には多くの客の姿が見えた。
「結構混んでますね」(雪音)
「暑いけど、外のベンチにでも座って食べるか」(司)
「そうだね。勝手を知ってる先輩と司が買ってきてあげるよ。ここの名物は唐揚げそばなんだけど、唐揚げ何個がいい?」(しろま)
先輩から量の好みを聞かれ、雪音は駅そばの上に乗った唐揚げを想像した。
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この空腹具合なら……
「3個でお願いします!!!」
そう返答した。
「あいよ」
そう言ってそばを買いに行った先輩と司は、ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべていたような気がするが、気のせいだろうか。
〜数分後〜
「はいこれ。唐揚げ3個」
注文した品を目の前にして、雪音は愕然とした。
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「ここの唐揚げはでかさがウリだからね」
「想像していたサイズと全然違う……!」
弥生軒の唐揚げはなんと言ってもそのボリュームが魅力で、物価の上昇が止まらない令和の時代に大きさが歴代最大を更新し続けているらしい。
「今はメニューの写真と実物の大きさにそこまで乖離がないけれど、何年か前までは写真のサイズが実際の1/3くらいだったせいで逆写真詐欺って言われてたんだよ」
「こ……これなら私1個で充分です」
「そう言うとおもった。わたしたちで買いに行ったのは川井さんにプチドッキリしたかっただけだからキャパオーバーは想定済み。ほれ、食えないぶん2個寄越せ」
そう言って先輩はずっしりとした唐揚げを箸で掴み、2個を自分の丼に乗せた。雪音から貰うこと見越してか、先輩は何も乗っていないかけそばを注文していたようだ。
………………それでも2個は食べるんかい。
・ ・ ・
衝撃的なランチで腹を満たし、常磐快速に乗り一路都心を目指す。単線だった千葉の郊外とは対照的に、複々線の軽快な景色が流れていく。車窓から見える建物群がいよいよ都心の様相を呈してきたところで、
「日暮里で降りるぞ」
司が言った。
「上野まで行かないんだ」
「ああ、次は高崎線に乗り換えるんだが、上野まで行くと日暮里を2度通過してしまい大回り乗車のルール違反になってしまうからな」
「川井さん」
先輩が割り込んできた。
「わたしたちはこのまま大回りを続けるけど、もし疲れたようだったらこのまま神田に向かって一足先に大回りを切り上げちゃってもいいよ」
旅慣れない雪音をそれなりに気にかけてくれている様子だ。
……正直ちょっと悩む。でも。
「ここまで来たら……最後まで付き合いますよ」
せっかくだから旅の完遂を目指すことにした。
・ ・ ・
常磐快速を日暮里、中継ぎの京浜東北を赤羽で乗り捨て、高崎線に乗り換える。
「通勤路線なんだが……」
緑とオレンジのラインが入った見慣れた高崎行きの列車に、雪音は思わず嘆息する。まさか朝もお世話になった最寄りの路線に、旅の行程内で再び乗ることになるとは……
しかもこのまま帰宅するわけではなく、あくまでまだ旅の「途中」なのだ。
いつもの高崎線は、
いつものペースで、
いつもの景色の中を走った。
大宮、鴻巣、熊谷……と、列車は各駅ごとに乗客を吐き出しながら関東平野を北上する。カゴハラハラスメント(2話参照)の元凶である籠原を出るとお次は———
The next station is Hukaya.
雪音の最寄り駅である深谷だ。
「自分の最寄り駅で降りないって、なんかちょっぴり悪いコトをしてるみたいで不思議な気分……」
流れゆく[深谷]の文字を目で追いながら雪音が呟くと、先輩が揶揄うように言った。
「寝過ごしてたのに?」
「あれは事故だし、そもそも寝てたから記憶にありません!」
「高崎線で寝過ごすのってヤバくないか? 起きたらグンマーだぞ」
「そう。それで一緒に寝たの。わたしたちが仲良くなった、きっかけ」
「何すかそれ、気になる」
「司は食いつかなくていいし、先輩はもっと言葉を選んでください!」
旅バカ共と行く大回り乗車の旅は、もう少しだけ続くのであった。
(つづく)
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弥生軒は学生時代に大回り乗車をしていた時に何回も通ってました。唐揚げだけでも出汁をかけてくれるので、よく「唐揚げのみ2個」をよく注文してました。おすすめです。
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