【しろまる先輩は距離感がおかしい。】15話「北海道は軽率に行く場所じゃありません」
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◆ ◆ ◆
「海の日連休に行く場所なんだけどさ」
6月も終わろうかという頃。雪音は昼休憩中のオフィスでしろまる先輩に絡まれた。
「すいません。なんで私が連休に先輩と出かける前提になっているんですか?」
「このまえ京都の帰り道で、旅行は最低2週間前に誘うようにって言ってたから」
「あぁ……」
言った。
確かに言った。
しかし、だ。
だからといって2週間以上前に誘えばOKが確約されているわけではない。先輩の頭の中は一体どんな構造をしているのだろうか。
とはいえ、
先輩との旅が楽しみになりつつあった雪音は、念のために行き先を確認することにした。
「……ちなみに、どこに行きたいんですか?」
訊ねられて嬉しそうな先輩が答える。
「3連休だからね、この前の京都みたいな近場じゃなくて、」
(先輩の中では京都も近場なのか……)
「すばり、北海道に行かない?」
「え、いきなり飛躍しすぎじゃないですか?」
「そうかな」
「そうですよ
北海道。日本最北にして最大の面積を誇る、四方を海に囲まれた都道府県である。
北海道入りするためには何らかの方法で海を越える必要があり、旅行慣れしていない雪音にとってはだいぶハードルが高い行き先だった。
先輩は雪音の偏見を払拭しようと反論を述べる。
「川井さん、そんなことないよ
確かに北海道は遠方の地だが、飛行機に乗ってしまえばあとは一直線。移動時間だけなら新幹線で東京から関西に出かけるのと大差はない。
あとは旅人本人の気持ち次第である。のだが。
「———それはしろまる先輩の周りが(距離感)おかしいだけじゃないですか? そもそも私、北海道自体に行ったことないですし」
「えっ?!」
告げられた雪音の経歴に、先輩の目の色が変わった。
「はい……(行くなら)そうなりますけど……」
何となく嫌な気配がする。
「それなら飛行機はやっぱやめ。川井さん、はじめては大切にしないと。はじめてを格安航空に捧げるのはもったいないね!」
「ちょっ何言って……
「川井さんのはじめてだし、ちょうど7月でボーナスもでるし、行きの交通費はわたしがもつから、最高のはじめてをプレゼントしてあげるよ。はじめてなら……
「わ、分かりましたから、あんま大きな声出さないでください!」
暴走する先輩を宥めてから冷静になる。
(あれ……結局北海道へ行く流れになってる……?)
北海道行き、決定。
◆ ◆ ◆
7月半ばの連休がやってきた。
ゴールデンウィーク以来のまとまった休みであり、社会人になってから倍増した祝日の有り難みを全身で享受…………
…………したいところなのだが。
雪音が今いるのは、朝の東京駅。
通勤とさほど変わらない場所と時間のせいで休日感が3割減している。
事前に打ち合わせた待ち合わせ場所で待っていると、見慣れた服装に見慣れたリュックを背負った先輩がやってきた。
「おはよう」
「おはようございます。これから羽田ですか?」
「いや」
「じゃあ成田?」
「ちょっと川井さん、飛行機はやめるって言ったでしょ。それに何のために東京駅へ集合したと思ってるの」
「じゃぁまさか」
「フフフ……」
先輩が懐から切符を取り出す。
今回は、はじめて北海道に上陸するという雪音に配慮した先輩プロデュースの旅企画となっている。
故に雪音は「北海道に行く」という事前情報しか知らされておらず、飛行機で新千歳空港入りするという先入観を捨てきれずにいたのだ。そもそも、空路以外で北海道へ渡る方法が思いつかない。
切符を受け取り、新幹線改札を抜け、エスカレーターに乗る。
「ここの新幹線はカラフルでカワイイですね」
ホームに上がるなり、雪音が言った。
2人がいる北日本方面の新幹線ホームは、様々な路線の列車が忙しなく出入りする、言わば新幹線車両のサラダボウルだ。先月京都からの帰り道に乗った車両(E7系新幹線)の姿も見受けられる。
「東京から大宮までの区間は、北海道、東北、秋田、山形、上越、北陸新幹線が線路を共有してるから、色んな車両が見られるよ。
———ただ、何かトラブルがあった時に全部の路線が止まっちゃうから、ボトルネックって言われてる」
「そんで、乗るのはこれね」
最後に先輩が紹介したのは、目の前に止まっていた車体上部が緑、下部が白に塗り分けられた鮮やかな新幹線。前方に、別の赤い新幹線が連結されている。
「これで……、北海道に……」(ゴクリ……)
川井雪音22歳。
人生初の北海道旅行が幕を開ける。
(つづく)
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