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【しろまる先輩は距離感がおかしい。】21話「セコマ飯は立派な北海道グルメだよ」
前のお話▼
◆ ◆ ◆
「起きてください先輩。着きましたよ」
雪音に揺さぶれたしろまる先輩が夢の世界から帰還する。
「ん?あぁ……おはよう」
4時間弱の長丁場を走破した特急北斗は、定刻で終着の札幌に到着していた。
「もう……しっかりしてくださいよ。体調大丈夫ですか」
「あ、だいじょぶ大丈夫。わたし、お酒入るとすぐ眠くなっちゃうタイプなんだよ。ごめんね」
普段お酒を飲まないくせに車内で飲酒に興じた先輩は、アルコールに耐性がないのか行程の後半をずっと爆睡に捧げていた。列車の中で寝る行為はよくあることだが、移動が大好きな彼女にしては珍しい失態と言えよう。
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2人はゆっくりとした足取りでホームと改札の雑踏を抜け、札幌駅の外に出た。巨大な駅ビルの壁面では、五稜生が散りばめられた「星の大時計」が道ゆく通行人を見下ろしている。
「うわー、やっぱり駅おっきいですね」
「そりゃね。札幌は北海道の首都だから」
2024年現在で196万の人口を抱える札幌は、紛れもない北海道一の大都市だ。豪雪地帯にも関わらずこれだけの人間が暮らしているのは、世界的にも珍しい。
「それで、このあとどうするんですか?」
奥に聳えるJRタワーを見上げながら、雪音が訊ねた。
「宿以外とくに決めてないから、フリーでいいよ。どっか行きたいとこある?」
ツアーガイドから行動の選択権を授けられた雪音は、乏しい北海道知識の中から答えを絞り出す。
「そうですね……札幌といえば……」
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札幌駅から程近い札幌時計台は、市のカントリーサインにも描かれているランドマークだ。札幌という地名を耳にした際にこの建物を思い浮かべる人間は多いが、コンクリートジャングルに囲まれた実際の様子から一部ではガッカリ観光地として不名誉な認知をされている。
しかし北海道一の都市を象徴する存在であることは紛れもない事実であり、200円で内部を見学できるため、構図さえ工夫すればいくらでも記念撮影をする価値はあるだろう。
「ほら先輩撮りますよ」
「わたし入る必要ある?撮ったげるから川井さんだけ写りなよ」
「いやだめです。後輩命令です」
「ねむい……」
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写真嫌いの先輩は、毎度のことながら扱いが難しい。
その後は歩いていける範囲内で大通り公園、テレビ塔、狸小路などを散策して過ごした。
日本三大歓楽街に数えられる札幌一の盛り場「すすきの」にたどり着いた時、
「歩いたらお腹へっちゃいました」
雪音が空腹を訴えた。
「何たべたい?」
「味噌ラーメン……ですかね」
札幌といえば味噌ラーメン。安直ではあるが他に思い当たらない。先輩はちょっとだけ考える素振りをしてから、
「北海道に住んでたころ……よく行ってた場所に連れていってあげる」
と言った。
元道民の行きつけ。
期待が高まる。
・ ・ ・
案内されたのは、すすきの交差点近くにある雑居ビルだった。半地下へと続く入り口の頭上に、大きく「さっぽろ名所 新ラーメン横丁」のサインが掲げられている。
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先輩は迷いのない足取りで中へ突入し、片側にラーメン店が軒を連ねる地下通路をずん、ずんと奥へ進んだ。そのまま突き当たりの店にin。
「このお店が道民時代によく来てた場所なんですか?」
「そ」
「なんていうか……」
雪音は辺りを見回して、続きの言葉を濁す。
その店は地下立地のため窓が無く、客の数も少ないまさに穴場のような場所だった。店の外まで行列ができるような有名店に連れて行かれると思っていた雪音は、想像との乖離に少し戸惑っていた。
注文を済ませたところで、雪音の心情を察した先輩が口を開く。
「わたしは人ごみが苦手だし落ち着いて食事がしたいから、評判よりもお店の雰囲気を優先して有名店を避けちゃうんだ。穴場っぽいところを開拓して、自分のお気に入りを見つけるのがすき」
「あー、先輩行列とか嫌いですもんね」
「まことにそのとおり。でもここのお店はちゃんと面白くて美味しいから安心してね」
「大丈夫ですよ。なんだかんだで今までの旅で先輩の提案が裏目に出たことないですし。先輩のおすすめを信じます!」
「そう言ってくれると、うれしい」
「いえいえ」
そもそも普通に人気スポットを巡りたいのであれば、連休初日に飛行機で北海道入りをしているはずだ。ここはしろまるツーリズムを信じるとしよう。
……それにしても。
料理のセールスポイントで「面白い」ってなんだろう。
「お待たせしました」
到着した料理を見て、雪音の疑問が解決する。
運ばれてきたのは小さな丼ぶりが2つ連なった特殊な器。右に味噌ラーメン、左にいくらご飯が盛りつけてある斬新な形式だ。
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これは……面白い。
まずは味噌ラーメンを一口。
ズズズズズッ。
美味い。
熟成された味噌スープはしっかりとした味の濃さながらもしつこさがなく、炒めた野菜の食感とスパイスが麺と絡んで箸が進む進む。歓楽街のど真ん中に店を構えるだけあって、飲み歩いた後の〆としても重宝できそうだ。
それに加えていくらご飯も楽しめるのだから、まさに一石二鳥。ガイド役が先輩じゃなかったら、この店には出会えなかっただろう。
◆ ◆ ◆
ちなみに後で先輩から聞いた話によると、北海道では味噌よりも塩ラーメンを推す道民が意外と多いらしい。透き通った琥珀色のスープと海鮮系の出汁が合わさって非常に美味なのだとか。ぜひ味わってみたいものだ。
◆ ◆ ◆
「夜ごはんどうする?」
日が傾き、そろそろ宿へ向かおうかというタイミングで先輩が言った。
肝心の腹の具合はというと、ラーメン(といくらご飯)を食べたのが中途半端な時間だったせいで正直微妙なところだ。
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「テイクアウトいいですね!でも、コンビニ飯かぁ……」
先輩が指差す方向にあったのは、セイコーマートという見慣れないオレンジ色のコンビニだ。
部屋食のアイディアには大いに賛成だが、札幌まで来てコンビニ飯というのも無粋な気がする。
が、
先輩も何か言いたそうにしている。
「川井さん」
「なんですか」
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おっと。
どうやら元道民の余計なスイッチを押してしまったようだ。
確かに、ご当地コンビニ飯の美味さは昨日食べた「ハセガワストア」のやきとり弁当で証明されている。偏見はよくなかったかもしれない。
雪音は甘辛い豚串の味を思い出しながらセイコーマートの店内へと足を踏み入れ、度肝を抜かれた。
(えっ、すごく安い……!)
まず目に入ったのは100円台前半の価格帯で売られている麺類や惣菜だ。パンやカップ麺、生鮮食品に至るまでも総じて安い。
店内調理された弁当類が並ぶHOT CHEFコーナーの充実度も高く、一般的なレジ横ホットスナックの比ではない。コンビニは便利だが割高であるという常識をぶち破ったセイコーマートの商品展開は、もはや小さなスーパーマーケットだ。
「川井さん、お酒は?」
会計前に先輩からドリンクのリクエストを訊ねられた雪音は、例のSAPPORO CLASSICを所望しようとした。しかし寸前でセイコーマートのプライベートブランド酒の種類が豊富であることに気づく。
初めて見る北海道らしいフレーバーのサワーやオリジナルのワインが、道外からの訪問者を誘惑するようにズラリと飲料棚に並んでいるのだ。
「このコンビニ、お酒の品揃えもすごいですね!」
「セコマの起源は酒問屋だからね、お酒も得意ジャンルよ。好きなの選びな」
「じゃぁ、お言葉に甘えて、それと、これと……あれ?先輩は飲まないんですか?」
「いや、わたしはもう飲まない。昼間はちょっと思うところがあって、飲みたい気分になっただけ」
(思うところ、か……)
先輩の様子が急変する直前の話題といえば、車だ。
運転に関してどうも何かあるらしい。
免許を持っていない……とか?
未だ追求を許さない雰囲気の先輩に雪音は深追いを諦め、疑問とセコマ飯を持ち帰った。
◆ ◆ ◆
買い出しを終え、一行はホテルにチェックインをした。知らない土地を一日動き回ってから宿に着いた時の安心感は、旅を重ねるほどに心地よいものへと変化していく。
「あぁ疲れたぁ」
雪音がベッドにダイブした。
「これ、行儀がわるいぞ」
「むにゅーん」
蓄積した疲労のせいで、雪音の精神年齢が低下している。
クンクン、クンクン……
「!」(ガバッ!)
そのまま眠りに落ちてしまいそうな雪音だったが、鼻腔をつく美味しそうな香りで思わず跳ね起きた。
匂いの元に目を向けると、小さなテーブルの上に先輩がセイコーマートで調達した夜食たちを並べているところだった。
「温かいうちにたべちゃおう」
「そうですね!」
ハスカップのサワーといつものジュースをそれぞれ手にした雪音と先輩は、札幌の夜に乾杯する。
「「う(˶‾᷄⁻̫‾᷅˵)まー」」
酒も惣菜も大満足の味であったが、なんといっても特筆すべきはHOT CHEFのカツ丼だ。
分厚いカツと玉ねぎがふわふわコクうまの卵に包まれていて、コンビニ弁当とは思えない規格外のクオリティだ。先輩と半分ずつシェアしたが、これなら一人一個ずつ買ってくればよかったと後悔する。
これは下手な居酒屋に行くよりも、セイコーマートで酒と惣菜を買い漁って豪遊する方がコスパと満足度の総合点は高いかもしれない。
北海道のコンビニ飯は、立派なご当地グルメだった。
(つづく)
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セイコーマートしか勝たん!
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