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【しろまる先輩は距離感がおかしい。】25話「紙の時刻表のすゝめ」
前のお話▼
◆ ◆ ◆
大回り乗車に勤しむ雪音、司、しろまる先輩を乗せた総武快速の列車は、千葉の中心地を過ぎて内房線に突入した。
これから房総半島一周の旅が始まるのだが……?
・ ・ ・
「飽きた。」
鉄道に興味がない雪音は、この時点で既に苦痛を感じていた。
同行者の旅バカ共はというと———席がたくさん空いてるのに立ったまま前面やドアにかぶりついて景色を楽しんでいる。
(あの2人、元気だなぁ……先輩が楽しそうなら……まぁいいか……)
千葉駅で乗客がどっと減ったおかげで車内の快適性は向上したが、段々と長閑になる車窓、相変わらず硬いシート、列車の揺れと寝不足がたたって段々と意識が遠のいていく。
緊張の糸が切れかけた時だった。
「川井〜降りるぞ」
降車駅に着いたらしく、司に起こされた。
眠い目を擦りながらホームに降りた雪音に、忘れていた外の熱気が襲いかかる。
「うわぁ……暑っ……」
大回り乗車の本質は理解しきれていないが、エアコン代のことを考慮すれば真夏は1日中電車に揺られているのも悪くない。
そんなことを考えながら次の冷房を求めて現在地を確認すると、ホームにぶら下がっている駅名表に木更津と書いてあった。
木更津は東京湾に面した内房の市であり、アクアラインを介して対岸の神奈川県と陸路で結ばれている。乗ってきた快速列車の終点である君津の一つ手前にあたる駅だ。
「……あれ? 君津で乗り換えじゃないんだ」
「次に乗る上総一宮行きは、ここ木更津が始発だからな」
そう言って司は向かいのホームに停車している列車を指差す。
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お次の列車は、先刻の15両と比べるとずいぶん可愛らしい2両編成。車内にはちらほらと先客がいたが、始発ということもあってなんとかボックス席を確保することができた。
「よいしょ」
シートに収まったところで、司がカバンから何かを取り出した。
「何それ」
「ああこれ?
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彼が見せてきたのは、週刊少年誌ばりに分厚い冊子の時刻表だった。
「えっ、そんなの持ち歩いてんの」
「紙の時刻表は鉄道旅行の必須アイテムだよ。アプリは馬鹿正直に終点での乗り換えを表示してくるけど、あれは罠。紙ベースの時刻表で路線全体の動きを把握して、始発列車や待ち時間の少ない乗り換えポイントを探って効率の良い旅程を組むのが常套!」
「な、なるほ……
旅人特有の熱弁が長引きそうなので、雪音は話題を軽く流そうとするが……
「それだけじゃないよ」
横槍先輩が加勢してきた。
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「へ、へぇ……」(諦めて聴き入る)
タタン タタン …… タタン タタン ……
時刻表談義に花を咲かせているうちに、列車は走り出していた。最初の停車駅である君津で今しがた東京から乗ってきた15両編成の快速と再会する。快速からの乗り継ぎと思わしき乗客が流れ込んでくるが、座席はすべて埋まっており立ち客が発生した。
確かに、アプリの案内通りに君津まで行っていたら座れなかったかもしれない。
しろまる先輩は、司が持ってきた時刻表をめくりながら色々と語り合っている。その光景はさながら1冊の本をシェアするカップルのようであるが、大間違いだ。
この人たちが嬉々として見ているのは、時刻表。
路線図と駅名と数字がひたすらに羅列されているだけの、時刻表だ。
(なんだかなぁ……)
上総湊駅を出発した直後のことだった。
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窓の外に広がる青々とした東京湾を見て、埼玉県民の雪音が叫んだ。
「噂に聞いてたけど、本当に海でテンションが上がるんだな」
初めて見る雪音のテンションに、司が若干引いている。
「雪音には海を見せておけば長時間乗車も大丈夫だから。ちょろい女よ」
「しろまる先輩は黙っててください」
腑に落ちないが、あながち間違いではないため否定もしずらい。
タタン タタン …… タタン タタン ……
列車は国道に沿って曲がりくねった海岸線をまったりと走った。
時折トンネルに入ったかと思うと、暗闇を抜けた先で待ち構えていたオーシャンビューに感嘆の息が漏れる。ボックスシートに揺られながら海→山→町、海→山→町、のローテーションを眺めていると、段々気分も変わってきた。
……あれだ。
これは完全に、旅だ。
表情に富んだ車窓は飽きかけの雪音に旅情というプレゼントをもたらし、すっかりテンションを回復させた。150円でこれだけ海が見られるなら、安いものだ。
(つづく)
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紙の時刻表を見ているとワクワクが止まりません!
(ひと昔前のヤツとかとくに)
次のお話▼