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【しろまる先輩は距離感がおかしい。】13話「敦賀ってどこですか?」

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◆   ◆   ◆

 京都駅に戻るなり先輩が発した言葉に、雪音ゆきねは自分の耳を疑った。

「え、もうですか? まだお昼前ですよ?」

「川井さん、わたしは人混みが苦手だから昼間の京都ここにはいられない。それにあしたは用事があるから、今日中に横浜いえまで帰らなくちゃいけない」

(よくそのスケジュールで京都まで来ようと……!)

「わたしはこれからもう一ヶ所寄り道して帰るけど、川井さんが嫌じゃなければ一緒にくる? べつに、今解散して自由行動でもいいよ」

 先輩と寄り道しながら帰るか、自由行動権を得て一人で京都観光を継続するか。柔不断な雪音は悩んだ末に…………

「先輩と一緒に帰ります」

 前者を選んだ。

 せっかく来たのだから京都げんち解散にしようかとも思ったのだが、多彩な国籍の観光客でごった返す駅のコンコースと、ぶり返してきた夜行バスの疲れがそれを拒んだのだ。

 何より、普段全くといっていいほど遠出をしない雪音が一人で京都観光を遂行し、東京まで無事に帰れるのかという一抹の不安もある。

「はいこれ」

「ありがとうございます」

 先輩から切符を受け取り、在来線改札を抜ける。ここで疑念が生じた。

「あれ先輩? 新幹線で帰るんじゃないんですか?」

「うん帰るよ。新幹線でね。……あ、ちょうどきた」

 ちょっと何言ってるかわからない状態の雪音の前に、列車が滑り込んでくる。日本一の長さをもつ京都駅の0番線にやってきたのは、白い車体に黒と青の帯が入ったシャープな見た目の特急。

 その名前は、サンダーバード。

「東京へ帰るのにこれに乗るんですか?」

「うん。普通に帰っても面白くないからね。旅は急がず回れだよ」

「いや……別に面白さを求めてないんですけど……そもそも


 車両側面の行き先表示を見て、雪音は首をかしいだ。

「えっ!?」

「えっ!?」

 敦賀つるがを知らなかった雪音に対して先輩があまりに驚いたもので、同じ反応を鸚鵡おうむ返ししてしまう。

「そうか……敦賀レベルでもそんなものなのか…」

 何故かちょっぴり絶望した様子の先輩と一緒にサンダーバードへ乗り込む。指定の座席を見つけると、例のごとく先輩は窓側の席を譲ってくれた。

「しろまる先輩、サンダーバードこれよりも普通に東海道の新幹線で帰ったほうが早くないですか。乗り換えもないし」

 席に収まったところで、雪音が当たり前の理屈を吐く。先輩は、当然旅人論で反論する。

「川井さん、旅行好きの人間にはね、できるだけ行きとは違うルートで帰ろうとする習性があるの。サンダーバードなら、終点の敦賀からできたてホヤホヤの北陸新幹線に乗り換えられる。お金も時間もかかるけど、せっかくだから未体験の乗り物で帰りたくない?」

「いえ別に」……と一蹴しようとした雪音だったが、遠足前の子供のようにキラキラと目を輝かせる先輩に水を差すのは野暮だと思って言葉を呑んだ。

 ガクン…………

 遠くの高架橋を行く東海道新幹線のN700系を横目に、サンダーバードが京都を発車する。アナウンスによると、次の停車駅が終点の敦賀らしい。

 タタン タタン……   タタン タタン……

 列車は徐々に速度を上げながら県境と2つの長いトンネルを駆け抜ける。いくつかの駅を通過したところで、雪音は窓の外にあるものを発見した。

「あっ!」

 ———そこには太陽光を反射して輝く、広大な水面があった。当然、海なし県民川井ちゃんのテンションは急上昇した。

 ハッ……!

(もしかして、敦賀経由で帰るのも、私を窓際に座らせてくれたのも、これを見せるためだったのかな?)

 だとすれば。

 気を遣ってくれた先輩に対し、しっかりとリアクションをして返すのが筋ではないだろうか。


 ……ここは、



 あえて少々、

 大袈裟に…………

 互いの計らいが盛大に空ぶり、2人の間に気まずい雰囲気が流れる。そんな状況など知るよしもないサンダーバードは、モーターを唸らせながら湖西こせい線を爆走した。

◆   ◆   ◆

 京都から約50分。
 定刻で敦賀駅に着いた。

 かねてより東京と金沢を結んでいた北陸新幹線は、2024年の3月にここ敦賀までが新しく開業した。将来的には大阪の中心部まで延伸し、関東と関西を日本海側ルートで結ぶ大動脈となる予定だ。

 在来線と新幹線を乗り継ぐためのターミナルということで、敦賀駅の構内にはこれでもかという数のエスカレーター、エレベーター、そして「新幹線」の案内表示が設置されている。

 これなら素人ゆきねでも乗り間違えることはないだろう。

「乗り換えて帰りますか」

 先陣を切って新幹線の改札へ向かおうとする雪音を、

「まって」

 先輩が呼び止めた。

「あれ? 新幹線で帰るんじゃないんですか?」

「それはそうなんだけど、せっかくだからここで寄り道していくよ」

 先輩はちょいちょい、と乗り換え改札ではない出口の方向を指差している。

 手持ちの切符を確認してみると、確かに乗車予定の新幹線までだいぶ時間がある。京都で先輩が言っていた、もう一ヶ所の寄り道はどうやら敦賀ここだったらしい。

 この敦賀で、一体何をしようというのだろうか。

(つづく)

【13話 敦賀ってどこですか?】
旅行好きの知り合いが多いとつい忘れがちですが、
日本人全員が47都道府県とその主要都市を
理解しているわけではありません。

次のお話▼
2024/10/25更新よてい

#しろまる先輩は距離感がおかしい
#一次創作

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