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【しろまる先輩は距離感がおかしい。】11話「6000円のラーメン」

前のお話▼

◆   ◆   ◆

 退勤後の夜行バスで京都駅に流れ着いた雪音ゆきねの目覚めは、控えめに言って最悪だった。寝違えたのか、身体中が痛い。

(私は……なんでこんなところに……)

 極限状態の雪音の横には、(自称)夜行バスのプロ———しろまる先輩がいる。

 揚々と挨拶をする彼女は夜行バス明けとは思えない快活な表情で、妙に肌ツヤも良い。一体どんな身体のつくりをしているのだろうか。

「おぁよう…ございます」

「川井さん、あんま寝れなかったの?」

「はい……ぜんぜん眠れませんでした。しろまる先輩が窓側の席を押し付けるからですよぉ」

「でも、席を選んだのは川井さんだから」

「先輩のいぢわるぅ」

 徹夜明けに近い状況に、雪音のテンションも少しおかしい。

「それより」

「なんですか」

「目的のお店、いくよ」

 急に先輩から手を引かれ、何事かと錯乱しかけた雪音だったが、ようやく自分が京都ここにやって来た理由を思い出した。

(……ラーメン!)

 そもそもこの突発夜行バス旅は、先輩が「らーめんを食べたい」と言い出したのが発端だ。現地まで来てしまって今更ではあるが、雪音は先輩の背中に問いかける。

「そういえばしろまる先輩、どうして夜行バスで京都まで来たんですか? わざわざあんな苦行(※雪音さんの感想です)をしなくても、朝の新幹線に乗ればよかったじゃないですか」

 目的地に向かってズンズン歩みを進める先輩は振り返らずに答えた。

「京都にはね、わたしが大学生だった頃にサークルの先輩から教えてもらった、朝から食べられるらーめんがあるんだよ。早朝に着いて、そのまま直行するのがおすすめの楽しみかた」

「寝起きでラーメンは正直胃におもいんじゃ……
「ついた」

 突然立ち止まった先輩に、雪音は思わず追突しそうになった。つんのめってから体勢を立て直し、先輩の視線の先を追う。幹線道路沿いにあるそのラーメン店は、確かに早朝から元気に営業をしていた。

「本当に……朝早くにやってるんですね」

「そうだよ。ほら、入ろ」

 言われるがまま、入店。

 暖色を基調とした内装の店内には4人掛けのテーブルが配置されており、それぞれのテーブルにはそれぞれに1〜2人の先客がいる。

 2人は初老の男性と相席となり、向かいではなく隣同士に座った。つい30分前までの車内と同じ距離感だ。

「それにしても、こんな時間からラーメンを食べる人がこんなにいるんですね」

「川井さん、全国の朝ラー愛好家を甘くみてはいけないよ。それに、ここ人気店だから、昼間に来たらすっごい並ぶんだよ。行列を回避するためにも、夜行バスで来て朝からキメるのが最適解」

「そうだったんですね」

「お待たせしました 特製ラーメンです」

 少しばかりの雑談を交えているうちに、ラーメンが到着した。目の前に置かれたのは正統派の醤油ラーメンで、もやしと、たっぷりの九条ネギが盛り付けてある。香ばしいスープの匂いに起きがけの脳味噌が刺激された雪音は一瞬にして食欲を取り戻した。

「「いただきます」」

 まずはレンゲでスープを一口。

「!」

 すかざず麺も一気にすする。

「!!!」

 ストレートの中太麺がスープとよく絡まり、口の中を豚骨出汁と醤油の風味でいっぱいにする。もやしとネギの甘みが鼻を抜け、脂が控えめなチャーシューはラーメン全体の雰囲気を壊さずに上品な味を演出している。最高だ。   

 ラーメンはこってり系からあっさり系までの幅広いジャンルが存在するが、この重すぎず軽すぎずが夜行バス明けには丁度いい。

「おいしい?」

「はい。めちゃくちゃ美味しいです!バスの疲れが、一周回って最高の調味料になってる気がします。これなら朝でも全然いけますね!」

「でしょでしょ」

「———このラーメンは、しろまる先輩がいなかったら一生出会うことがなかった味です。私にはこんな突発的な京都旅行なんて思いつきませんし、どうせ行くならこうやって誰かと一緒に食べる方が美味しいですしね!」

 夜行バスの件は、ラーメンの美味しさに免じて許すとしよう。雪音は、食事における「いつ」「誰と」「どこで」がいかに重要かを再認識したのだった。 

「でも……」

 やはり気になるのは、京都までの交通費。いくら距離感がおかしい先輩のお金だからと言っても、ラーメンのためだけに大枚をはたく金銭感覚は正直理解できない。

「川井さん、我々旅行好きはね、旅に出ることがライフワークみたいなもので、旅行中の交通費、食費、全部ひっくるめて娯楽費用で脳内計上されるから気にしなくていいんだよ。むしろ、中途半端にケチるのは、旅に失礼。出し惜しみナシの全力で挑まないと」

 旅に失礼。

 概念に敬意を表する先輩の思考に置いていかれそうになるが、これまでの彼女の生き様を見ていれば納得もできる。

「先輩らしいですね」

「ふん!」(得意げなしろまる)

 とりあえず今は先輩の旅人奉行にあやかって、目の前のラーメンを美味しくいただくとしよう。

 ずるるるる。。。

◆   ◆   ◆

「「ごちそう様でしたー」」

 朝っぱらからラーメンを平らげた背徳感をげて、雪音と先輩は店を出た。

「美味しかったですね」

「うん。まんぞく」

 先輩の無茶な誘いに付き合って出かけるのは2度目だが、結果的に今回も満足してしまった。ちょっと納得がいかない。

「ところでしろまる先輩」

「なに」

「京都まで来た当初の目的、果たしちゃいましたけど」

「果たしちゃったねー」

「この後どうするんですか?」

「決めてない!」

「え」

 京都まで来ておいてラーメン以外がノープランとは、さすが先輩だ。狂っている。

「だいじょぶ、だいじょぶ。安心して。なんとなくのイメージは脳内にあるから。とりあえずまだ朝で空いてるだろうし、ちょっと観光してく?」

 少しばかり不安が募るが、ここは先輩を頼るしかない。

「せっかくだからそうしましょうか———と雪音が賛同しようとした刹那、流れるような所作で先輩がタクシーを止めた。

「ほら、のったのった」

 こーゆう時の先輩は、本当に行動力がすごい。

 祇園・東山方面の適当な場所でタクシーを降りた2人は、清水や八坂神社に近い人気のエリアにやってきた。

 しかし、今はまだ早朝。普段なら観光客でごった返しているはずの清水の参道にも三年坂にも、一部のアクティブなインバウンドと朝活中の京都市民しかいない。

「え、すごい!ほとんど貸切状態じゃないですか」

「ふふん。えスポットは人が少ない時間帯に行くに限るからね。清少納言も枕草子の中で言ってたでしょ『京都は朝』って」

「言ってないです」

 雪音は謎の平安ボケをする先輩を無視して、スマホで自撮りをした。

カシャリ。

 何気に先輩とのツーショットはこれが初めてだ。こんな素敵な所に来れるなら一回家に帰って着替えたかったと後悔するが、もう遅い。

(つづく)

【11話 6000円のラーメン】
旅行中の財布のヒモはゆるゆるです。
食費・交通費などの垣根も曖昧…σ(^_^;)

次のお話▼

#しろまる先輩は距離感がおかしい
#一次創作

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