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【しろまる先輩は距離感がおかしい。】30話「追憶のB寝台」
前回のお話▼
◆ ◆ ◆
シングルツインの下段に拵えた宴会場で夕食を楽しんだ雪音としろまる先輩は、談笑もほどほどに就寝することにした。
先輩が上段のベッドを陣取ったため、雪音は下段を再び寝台に戻して身体を横にする。
(完全に寝転がった状態で移動するのって、なんだか不思議な気分……!)
京都行きの深夜バスに乗った記憶は新しいが、あちらはお世辞にも快適な睡眠環境と言えるものではなかった。やはり、椅子と寝台の間にはどうしても越えられない壁があるのだ。
(欲を言えば、シャワーが浴びたかったなぁ)
タタン タタン …… タタン タタン ……
瞼を閉じると聞こえてくるのは、普段自宅のベッドで寝ている時に絶対聞こえることのない線路の繋ぎ目の音。それを追従するように、小刻みな揺れが上下左右に身体を揺さぶった。
先輩が「シングルツインは車輪の真上にあるから多少煩いかも」と言っていたが、音も揺れもこの程度なら気にならないと思った。
……だがしかし。
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単純に興奮して寝付けなかった。
慣れない環境と旅行テンションが高じた結果、雪音の目は冴え渡っていたのだ。
タタン タタン …… タタン タタン ……
サンライズは相変わらず一定のリズムを奏でながら西へ西へと進んでいる。時折遮光カーテンの向こうを流れる沿線の町灯りが一筋の帯となって、消灯した個室内を駆け巡った。
タタン タタン …… タタン タタン ……
雪音がぼんやりと上段ベットの床板という天井を見上げていると、ふと脳裏に昔の記憶が蘇ってくる。
———心地よい音と揺れ。そして非日常感が溢れる寝台の高揚感。
(この感覚、初めてじゃない……!)
それは、幼い頃に乗った寝台特急の記憶だった。先輩が夜行の乗り物を語る度に感じていた違和感と懐かしさの正体は、自らの過去だったのだ。
B寝台車の2段ベッドが手繰り寄せた記憶を抱えきれなくなった雪音は、上に言葉を投げる。
「しろまる先輩、起きてますか……?」
するとガサ、ゴソという衣擦れの音がした後、
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先輩がひょっこり垂れてきた。
「わわっ」
驚く雪音に、先輩が共感の眼差しを向けてくる。
「なに。川井さんも寝れないの? わかるよ。わかる。寝台特急で寝ちゃったらもったいないもんね。可能な限り起きていたい」
楽しそうに語った先輩がひょいと頭を引っ込める。直後にカーテンを操作する音がして、個室の上部を車外からの光が満たした。
(この人、私が寝てないのをいいことに外の景色見てる……!)
先輩の移動オタクっぷりに呆れつつも、雪音はB寝台車の2段ベッドが手繰り寄せた記憶の断片を紡ぐ。
「———私、
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「ま?」
上からの返答は驚きと興奮が入り混じっている様子だ。
「うちは母方の実家が秋田にあって、何回かお母さんと2人で帰省した時に高崎から青色の夜行電車に乗ってたんですよ。確か名前が……
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雪音の回想を遮って、再度先輩が垂れてきた。
「あ〜、言われてみればそんな名前の電車だった……ような?」
「あけぼのは10年ちょっと前まで走ってたし、高崎から秋田へ行ったなら時期的にもきっとそう。いいなぁ。いいなぁ」
「それが、今の今まで忘れてたくらいなんで、かなり記憶が曖昧なんですよ」
雪音の母親は、雪音が小学生の時に病気でこの世を去っている。最期の頃は物心ついていたはずなのに、母親のエピソードには不思議と靄がかかっていてうまく思い出せないのだ。自分で話題を振っておきながら具体的な情景伝えられないことを不甲斐なく思う。
「ふーん。ま、思い出したら聞かせてよ」
「はい」
てっきり大好物の寝台特急の話を根掘り葉掘り追求されるのかと思ったが、先輩は意外とあっさりしていた。対人方面の距離感がおかしい彼女だが、妙なところで察しがいい。
タタン タタン …… タタン タタン ……
上段のカーテンが開放されたことで個室内に入る街灯りの光量は増したが、先輩と旅をするようになってからずっと引っかかっていた疑問が1つ解決した雪音の心境はとても穏やかだ。
気がつけば列車ホテルの揺れに導かれて、深い眠りの底へと落ちていた。
(つづく)
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夜行の乗り物ですぐ寝ちゃうのって
もったいなくないですか?