【しろまる先輩は距離感がおかしい。】4話「女王の正体」
前のお話▼
◆ ◆ ◆
終電で寝過ごした雪音は、偶然乗り合わせていた職場の先輩である白丸あすかの提案により、同じホテルに宿泊する運びとなった。
既に深夜2時になろうかという時間だったが、駅前に聳える大手ホテルチェーンが平然とチェックイン対応をしていることに驚く。寝過ごした者たちの受け入れ先として機能しているのだろうか。
慣れた様子で手続を済ませた先輩に連れられ、部屋に向かった雪音は……
絶望した。
ホテルの部屋には、様々なタイプがある。
1人用のベッドが1つあるのが、シングル。
1人用のベッドが2つあるのが、ツイン。
そして、2人用のベッドが1つあるのが、ダブルである。
他の部屋が空いていないとのことで相部屋を承諾した雪音であったが、まさかダブルだとは思っていなかった。
旅行初心者が宿の手配を失敗した際に発生する「同性同士なのにベッドが1つしかありません案件」の屈辱を一方的に受けている気分だ。
本件について問いただそうと先輩のほうを振り向くと、
「!!!!」
彼女は雪音に構うことなくせっせと服を脱いでいた。
「べつに女同士だから気にしないでしょ。ほらもうねるよ。明日もはやいし」
先輩はそう言いながら一瞬で部屋着に着替えてベッドに潜り込み「おいでおいで」と誘っている。
確かに同性同士なのは間違いないし、雪音が学生だった頃は友人のアパートで卓飲みをして、そのまま狭い部屋で何人もが折り重なるような状態で寝落ちした経験もある。
しかしである。
あすかとは普段仕事の会話しか交わさない程度の希薄な関係だ。同じ布団で寝るほどの、親しい仲と言えるのだろうか。
(この先輩、人との距離感がちょっとおかしいのかも……?)
それでも、雪音の疲労を癒してくれるのは目の前のベッドしかないのもまた事実だった。どうしようかと考えれば考えるほど、身体は重く、視界がぼんやりとしてくる。
(ま、いっか……)
結局他に解決策が思い当たらなかった雪音は、早くも寝息をたてているあすかの隣にそっとお邪魔して、眠りについたのであった。
◆ ◆ ◆
朝。
カーテンの隙間から差し込む日差しと、ろくに着替えないまま眠ったせいで肌に張りついた服の不快感で、雪音は目を覚ました。
充分な睡眠はとれていないが、脳がリセットされたおかげで昨夜よりは冷静な思考を取り戻せている気がする。
「おはよう」
シャワーを浴びていたらしい先輩が、ユニットバスから登場した。
「わたしはもう出るけど、川井さんはゆっくりしてていいよ。チェックアウト10時だから」
例によって他人の目を気にすることなく身支度を始める先輩の背中に、雪音はずっと気になっていた問いを投げる。
「しろまる先輩は昨日、気になってたからあの終電に乗ったって言いましたけど、」
「なに」
先輩が手にしていたドライヤーのスイッチを切り、振り向いた。
「いつもこんな感じで出かけてるんですか?」
「ああうん。一人旅とかで遠くへ行くのが好きだからね。一応、趣味って感じ」
「なるほど……、一人旅ですか……」
「本当は昨日、最終の新幹線で仙台に行こうと思ってたんだけど、想像以上に仕事が伸びちゃって間に合わなかったから、キャンセルして群馬にきた。これから臨時のSLに乗りに行くけど一緒にくる?」
「いや……遠慮しておきます…」
疲れが残っている雪音はさらなる遠出の誘いを丁重に断りつつ、核心……女王の正体について踏み込む。
「もしかしてですけど」
「?」
「毎週、金曜日だけ定時で帰るのって……」
(やっぱり……!)
華金の女王の正体は、ただの旅バカだったのだ。
恋人がいるとか、夜の副業をしているとか、根も葉もない噂が立っていたがどうやら思い過ごしだったようだ。
女王は続ける。
「社会人にはとにかく時間がない。5日連続で働いて得られる休日はたった2日。それでも旅行趣味を嗜もうものなら、金曜の仕事終わりに出発して土曜の朝から目的地を観光することで実質週休2.5日にするのが常套手段ってわけ」
時間がないなら、作ればいい。
繰り返される社会人生活の中で自分の時間を見失いかけていた雪音にとって、まさに目から鱗の考え方だった。
(この先輩は、今まで私が関わったことのないタイプの人だ……)
あすかに対してより一層強い興味を抱いた雪音であったが、SLの発車時刻が迫っており、ひとまずその場は解散した。
残された雪音は時間いっぱいでチェックアウトをし、深谷へ帰って二度寝に興じたのだった。
◆ ◆ ◆
月曜日。
寝過ごしにより散々な週末を過ごした雪音だったが、社会人に休んでいる暇はない。たった2日のインターバルを挟んで、再び平日はやってくる。
出社した雪音がパソコンを立ち上げていると、先輩がデスクのすぐ傍までやってきて、小包を手渡した。
「おみやげ」
「あ、ありがとうございます」
まさかお土産を貰うと思っていなかった雪音は、戸惑いながら礼を述べる。
「あのあと群馬から長野に行って、ついでに山梨にも寄ってきたんだ。あ、信玄は家で食べなよ、きな粉、すごいから」
(じゃぁなんで信玄選んだんだ……)
雪音は脳内でツッコミを入れながら、サラッと告げられた事実に驚愕する。どうやらあすかは残業終わりの終電で群馬に行き、ついでに長野と山梨を巡ってきたというのだ。凄まじい行動力である。
ホテルの一件により他人との距離感がおかしい人だとは思っていたが、どうやら物理的な意味での距離感も狂っているようだ。
しろまる先輩は……
…………………………
……………………………………
……距離感が、おかしい。
(つづく)
次のお話▼