【しろまる先輩は距離感がおかしい。】18話「洋上のカミングアウト」
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かつて青森駅と通路で繋がっていた北海道行きの船着場は、鉄道連絡が終焉を迎えた今、3キロ離れた場所にあるフェリーターミナルがその役目を担っている。
徒歩で移動できなくもない距離だが、雪が降りしきる冬場は厳しいだろう。
青函連絡の予習をばっちり済ませた雪音としろまる先輩は、窓口で乗船券を購入し、ターミナルの3階からボーディングブリッジを渡って令和の連絡船へと乗り込んだ。
「けっこう大きな船ですね」
「でしょ。でもこれでも大洗や新潟から出てる北海道行きのフェリーと比べたらまだまだ小さいんだよ。本当は川井さんを長距離航路に乗せてあげたかったんだけど、社会人の3連休じゃどうしても時間がなくてね」
2人が乗船した津軽海峡フェリーのブルールミナスは、全長144m、総トン数8,800トンの大型船だ。
船内には自由席用のカーペット敷き大広間からスイート感溢れる個室まで様々な等級の船室があり、開放感がある吹き抜けのエントランス、売店、シャワールームまで備えられている。
「これでもずいぶん豪華だと思いますけど、もっと大きくて長いフェリーがあるんですね……!しかもよく考えてみたら、私船に乗るの自体が初めてです」
「ま?」
「ま、です」
「それはそれは初乗船おめでとう。船酔いしない体質だといいね」
「たしかに……なんかちょっと怖くなってきました。ちなみにしろまる先輩は船酔いとかって……」
「ぶい( ✌︎'ω')✌︎」
「ぶい……?」
「生まれてこのかた、一度も乗り物酔いしたことないでござる」
「さ、さすがですね……」
船内エントランスでしばし談笑をしていると、突然地鳴りのような振動が船全体を包み始めた。次いで訪れるのは微かな浮遊感。窓の外に目を向けると、青森の街並みが微かに動いているのが判った。
北海道へ向けた約4時間の船旅が始まったのだ。
◆ ◆ ◆
〜小話〜
津軽海峡の旅客運輸を担う海上交通には、今回登場した「津軽海峡フェリー」と「青函フェリー」の2社がある。似たような名前で似たような場所を運行しているためややこしいが、全くの別会社で乗り場も違うため注意が必要である。
前者はターミナル・船舶ともにすべてが新しく、豪華な設備のもとで快適な船旅を楽しむことができる。後者は元々貨物輸送を主力としていただけあって諸々の設備はやや劣るが、何より運賃が安く便が多い。
これら2社については、時間の都合や旅のスタイルに合わせて利用する船を選ぶと良いだろう。津軽海峡フェリーには青森⇄室蘭航路と大間⇄函館航路がある点も、旅行計画時は念頭に置きたいところ。
◆ ◆ ◆
青森港を発って3時間。
先輩の勧めで外部甲板に出た雪音の瞳が、ついにしっかりと北の大地を捉えた。
船の右舷前方の海上に浮かぶその陸塊は、標高334メートルの函館山だ。翻って左舷側では、太陽が津軽海峡に一筋の光の帯を落としながら西の彼方へ向かって高度を落としている。じきに日没だ。
鉄路で本州を北上し、船に乗り、海上からゆっくりと目的地に迫る。移動にほぼ半日を要したが、直行便の飛行機では得られなかったであろう濃密な達成感が雪音にこのルート選択の意味を気づかせた。
ありがとうしろまるツーリズム。
「初北海道おめでとう」
海風に混じって、パチパチと先輩のささやかな拍手が聞こえる。
「まだ上陸はしてないですけどね」
「もう津軽海峡を半分以上横断してるから、実質北海道入りしてるとおもう」
「かもですね……てゆうか、今日のしろまる先輩やけに楽しそうですよね」
「そうかな」
「絶対テンション高いですよ。旅の発端から今に至るまで、北海道上陸に懸ける想いがいつも以上の情熱を感じます。先輩って———
・ ・ ・。
「へぇ……って、えっ?」
先輩がサラッと発した重要事項に、
思考が、
空気が、
一瞬固まる。
「あれ。言ってなかったっけ?今の会社に入る前、わたし北海道にいたんだよ。中途組だから社歴ベースだと実は川井さんとそんなに歳離れてないっていう」
「は、初耳ですよ……」
やっと状況を理解した脳がなんとか返答を紡ぐ。
先輩は旅に関する話題でスイッチが入ると饒舌になることがしばしばあるが、基本的には寡黙な人だ。自分について語ることも、他人に深く興味を示すこともあまりない。思い返してみれば、何回か一緒に出かけているのに先輩の経歴について踏み込んだ会話をしていなかったのだ。
北海道旅行初日。特大級のしろまる情報が更新されたのであった。
(つづく)
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