【しろまる先輩は距離感がおかしい。】27話「それは電車じゃないよ」
前のお話▼
◆ ◆ ◆
大回り乗車の終盤戦に突入した雪音としろまる先輩、そして同期の八森司は、群馬県の倉賀野駅で高崎線を下車した。ちょうど日没が近く、太陽が西の空を染めながら没しようとしている。
ぐるるるるるる。
「お腹すいた」
先刻我孫子で特大の唐揚げが2個乗ったそばを平らげたというのに、先輩はもう腹をすかせたらしい。華奢な体躯のどこでカロリーが消費されているのか、さっぱり分からない。
「困ったなぁ。倉賀野は何もないぞ」
司が言う。
倉賀野は群馬一のターミナル駅である高崎のひとつ手前の小さな駅だ。例によって一筆書きルールに従って下車しているのだが、基本的に駅ナカには何もない。
腹ぺこ先輩を引き連れて乗り換え先のホームまで移動したところで、雪音があるものを発見した。
「あっ!今倉賀野にあるもので一番食事っぽいものはコレじゃないですか?」
それはホームの自販機で売っていた味噌汁缶だった。しじみがギュッと濃縮されているらしい。
ガシャン、ガシャン、ガシャン。
先輩の奢りで、3缶購入。
「ぐびり」
「ごくり」
「すすり」
うまい。
本来は寒い時に温まるための飲み物だと思っていたが、身体中の塩分が復活する気がして夏でも侮れない味だ。
味噌汁の旨さに感激していたところへ、薄明の中近づいてきたオレンジ色の前照灯が車輪を軋ませながら停止した。
「わ、なんか田舎の電車って感じ……」
「「!!」」
雪音が率直に漏らした感想を、先輩と司は聞き逃さなかった。
一般人にとって列車の動力源が何であるかはどうでもいい情報なのだが、厳密には電気で動くものが電車なのである。旅バカ共の反応から察するに、眼前の列車は電車じゃないのだろう。
「あー、北海道に行った時に乗った北斗のお仲間かぁ」
「そうそう。揚げ足取りなのは分かってるんだけど、鉄オタはそれ言われちゃうと本能で突っ込まずにいられないんだね。ごめん」
申し訳なさそうに先輩が誤り、その後ろで完全にスイッチONしてしまった司がアナウンサーばりの滑舌で電車とは何かについて語る。
ひと通り知識を吐き出しきった司は、
「ほら、すぐ出るから早く乗るぞ」
と言って一足先に列車へ乗り込み、先輩も続いた。2人の後を追う雪音だったが、
(……あれ?)
今しがた味噌汁缶を飲むために休憩していたベンチの上に、ある物を見つけてしまった。
財布だ。
反射的にそれを手に取った雪音は、申し訳ないと思いつつ中を開けて持ち主の手がかりを探す。状況からして、司か先輩のものである可能性が高かったからだ。
「あっ」
財布の中には手っ取り早い身分証明———免許証が入っていた。記されていた名前は、
白丸 あすか。
(なんだ……しろまる先輩、やっぱり運転しないって言ってたくせに免許持ってるじゃん……私と同じでペーパーで自信がなかったのかな?)
プルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル
雪音が何かに気づいた刹那、発車ベルが轟いた。
「川井さん何してたの、乗り遅れたら大変だよ」
「ち、違います、、、これっ、ベンチに忘れてたからっ」
飛び乗った車内で、息を整えながら財布を先輩に渡す。
「おぉ、すまんすまん。危なかった。川井さんありがとう」
「ほんと、しっかりしてくださいよ」
とりあえず大回り中に同行者が財布を紛失するというトラブルも、自分1人だけが夜の群馬に取り残されることもなくてよかったと安堵する。
ただひとつ、不可解なしろまる情報が増えてしまったことを除いては。
・ ・ ・
電しya……もとい気動車は、お馴染みのエンジン音を撒き散らしながら関東平野の西の縁を縫うようにして走った。
建物の少ない八高線沿線の車窓は日が落ちると真っ暗でほとんど何も見えないが、先輩と司は目を閉じて耳を澄まし、音と雰囲気で夜汽車を楽しんでいる様子だ。
しみじみとしたトーンで司が口をひらく。
「あ〜、やっぱり大回りで八高の110は外せないですね」
「うん。ディーゼルに乗れるのは八高だけだしね。むかしは両毛線の115もよかった」
「分かります分かります」
(…………)
分からない。雪音には2人が何を話しているのか、全く分からない。
自分も五感を研ぎ澄ませば共感が得られるかと思い雪音も目を閉じてみる。
その時だった。
急な衝撃とともに列車が失速し、そのまま駅でも何でもない場所で停止した。
「えー、只今線路上に鹿がいたため急停車を行いました。安全確認を行なっております」
幸い今回の停車は大事に至らず、列車は何食わぬ顔で運転を再開して高麗川までを無事に走り切った。高麗川で八王子行きの八高線に乗り換え、すぐに拝島で降りる。この間の八高線は電化区間のため正真正銘の電車である。
拝島で乗り換えるのは、本日の大回り乗車のアンカー。中央線の快速東京行きである。
「川井さん、これが最後だよ」
「長かった……!」
ただひたすら列車に揺られていただけなのに、謎の感動が胸に込み上げてくる。
・ ・ ・
夜遅い時間帯の上り列車ということで、中央線の車内はガラガラだった。
甲高いモーター音を響かせながら西から東へ東京を横断する列車の車窓は、駅を通り過ぎるごとに流れゆく町灯りの煌びやかさが増し、ゴールが近づいていることを予見させる。
そしてついに。
The next station is Kanda.
22時過ぎに3人はゴールの神田駅に降り立ち、大回り乗車を完遂したのであった。
◆ ◆ ◆
味噌汁で腹が満たされるわけがなかった3人は適当な居酒屋で軽く一杯ひっかけてから各々の家路につく。
(結局またこの電車か……)
毎度お馴染みの終電で、雪音は深谷へと本日3回目の高崎線を下る。ノリと勢いで同行した限界鉄道旅行だったが、司という第三者を交えた遠出は新鮮そのもので今は行ってよかったと感じている。
そして、今回の大回り乗車では新たなしろまる情報のアップデートもあった。
「しろまる先輩、免許持ってたんだなぁ。しかも……」
(つづく)
次のお話▼
2025年2月7日更新予定
今週旅行に行ってたせいで1週空きます
m(_ _)m