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天涯客 55章 走馬道, 洛陽川……

今回は少し説明が長くなるので1箇所だけで記事にします。

傀儡荘から出てきた周子舒・温客行張成嶺の三人が洛陽へ向かう場面の冒頭部分は実に詩的で美しい文章です。その分和訳がしづらく、魔翻訳読書の際は訳のわからんことになり、真面目に原文を読んで訳したのでした💦
ここでは2つの古典籍が少し改変された形で引用されています。
P大の教養が怖い。というか、彼の国の古典教育(小学生で漢詩宋詞等を百首暗記させられるのだとか……中学高校まで行くとどれくらいになるのやら😱)に驚く😱

55章

55章の冒頭部分。

走馬道, 洛陽川,①蘭苑未空,行人渐老。传有②无限燕趙女,金梯上, 吹笙相和, 風起自洛陽東, 香過洛陽西。
子規
聲歇, 有人携酒长醉。

天涯客 Priest

*私的和訳
馬道を行くと、洛陽川も①園林もかつてのままそこにあるが、旅人は次第に年老いていく。言い伝えでは、②数多の燕趙の美しい舞姫たちが金梯に上がって笙を吹き相和し、洛陽の東から風が起こると、彼女たちの香りが洛陽の西まで漂ったという。
杜鵑の哀怨の声が
止んだあと一体誰が酒を呷り長酔できるだろう。

天涯客 Priest

*出典①*
秦観『望海潮 其三 洛陽懐古』(宋代)(宋詞三百首所収)

梅英疏淡,冰澌溶泄,東風暗换年華。
銅駝巷陌,新晴细履平沙。
長記誤随車。
正絮翻蝶舞,芳思交加。
柳下桃蹊,乱分春色到人家。
西園夜飲鳴笳。
有華灯碍月,飛盖妨花。
蘭苑未空,行人漸老,重来是事堪嗟。
烟暝酒旗斜。
但倚楼极目,時見栖鴉。
無奈帰心,暗随流水到天涯。

*書き下し文*(部分)
西園の夜に飲み笳鳴る。
華灯有りて月を碍(さまた)げ、飛盖 花を妨(さまた)げり。
蘭苑未だ空しからずといえども,行人漸く老い,重来是の事嗟(なげ)くに堪へたり。

*私的意訳*(部分)
笳笛を聴き飲み交わした西園の夜。華灯の輝きが月の光を遮り、行き交う車で花が見えないほど賑わっていた。
今も園林は変わらぬまま残っているが、旅人は次第に年老いていく。故地を再訪してみれば、嗚呼、何もかも嘆かずにいられないのだ。

*語釈*
・西園=『洛陽名園記』(北宋・李格非・撰)に見られる董氏西園のことと見られる。
・華灯=装飾が華やかで煌びやかに光輝く灯火。
・鳴笳=笳笛。古代の管楽器の名称。漢代に西域一帯の少数民族地域で流行したもの。また、笳笛を吹奏すること。
・飛蓋急=飛蓋は車蓋のこと。飛蓋急で急いで走る車の流れ。「蓋」は元々車蓋のことを指すが、ここでは車そのものを示している。
・嗟=感嘆詞。嘆きや憂いを表す。


*出典②*
曹鄴「四望樓」(晩唐) (全唐詩 卷五百九十二収録)
樓在洛陽東,今廃。秦時,有貴公子賈虚毎日宴其上。〉

背山見樓影 應合與山齊
座上日已出 城中未鳴鷄
無限燕趙女 吹笙上金梯
風起洛陽東 香過洛陽西
公子長夜醉 不聞子規啼

*書き下し文*
山を背に楼影を見 山と応合して斎とす
座上 日は已に出づれども 城中未だ鶏鳴かず
無限の燕趙の女 笙を吹く金梯の上
洛陽の東より風起これば 洛陽の西まで香過(よ)ぎれり
公子長夜に酔ひ 子規の啼くを聞かず

*私的意訳*
背後の山と高楼の影を見れば、山と合わさって一つの房のようだ。
地上より遥かに高い位置にある高楼の座上からは既に朝日が昇っているのが見えるが、地上からはまだ夜明けが見えず城中の鶏はまだ鳴いていない。
数多の燕趙の舞姫歌姫たちと、金の梯の上で酒を飲む。
洛陽の東から風が吹けば、その香りが洛陽の西まで届く。
公子は長い夜に酔いしれ、杜鵑の哀怨の声(庶民の人々の恨みの声の比喩か)を聞くことはない。

*語釈*
・燕趙女=舞女や歌姫を指す。燕や趙の国の女性は美人が多かったとされ、舞女や歌姫を多く輩出したとされることから。
・吹笙=酒を飲むことの比喩。宋の張元干《浣溪沙》の詞に「諺では窃かに酒を飲むことを吹笙と言う」と題されている。
・子規=杜鵑の別名。伝説によれば、蜀の帝王・杜宇の魂が転じたものとされる。夜によく鳴き、その声は凄絶であるため、悲しみや哀怨の情を表す象徴として用いられる。

*私感*
どちらの出典作品も洛陽を舞台にしたもので、そのためにここに引用されたのでしょう。
が、洛陽を舞台にした詩が数多ある中でこの2つを引用したのは、どちらも洛陽の繁栄が既に昔のものであるという内容だからというのが1つあるのかなと思います。
既に失われた繁栄を詠う詩を引用することで、傀儡荘という俗世と隔絶された空間でのある種の夢のような時間(前の章の最後で老温が言う台詞から)が終わってしまった、時が移ろうのを止めることは出来ないという嘆きを表現しているのかなと。

(ちなみに傀儡荘ではお楽しみの年越しもありました。但し🏔️とは展開が違うので、絶世の知己展開はない)

②の四望楼の詩は、原典の内容は一種の風刺だと思うのですが、天涯客のこの部分は風刺と言うよりも楽しい時間は終わってしまったということを言うためのものなのかなという気がします。
詩における「吹笙」は飲酒することの隠語だそうで、詩の意訳はこれに倣っていますが、天涯客の該当部分は原典とは少し変えられているので、文字通りに「笙を吹く」の意味で書いているのではないかなと思いそのように訳しました。

繁体字版書籍ではこの55章冒頭部分の書体が変えられていて、ここを挟んで話が展開していくことを思わせます。

そしてこの文章のあとは旅する三人の様子が綴られているのですが、このような感傷的な出だしであったにも関わらず、阿絮の飲酒(まさか引用詩から酒つながり?)を巡ってコミカルなやり取りが繰り広げられて腐女子的にも美味しいところです🤭
緩急の付け方がほんとに素晴らしい👏

※付け足し※
漢文訓読+魔翻訳を併用する感じで読んでいた初読時、傀儡荘を出る時の老温の台詞を自力で和訳したり、この55章冒頭部を出典を調べようとした形跡があったり、一部語釈をつけていたり、それなりに苦心して読もうとしていた付箋が沢山残されてます😂
当時は今よりChatGPTの精度も良くなくて、自力でなんとかしないといけない部分が多かったんですよね〜。おかげで勉強になったし、それが今に生きているので良い経験だったけど😄


次回の記事は、みんな大好き(?)蠍ちゃんが出てくる場面に入ります。
🏔️の蠍ちゃんとは全くの別キャラだけど、こっちの蠍ちゃんもなかなか美味しい🤭
温周のどこでいちゃついてるんだよ!な場面の出典が出る予定です😊


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