あの日置いてきたはずの、アルプスの風に思いを寄せる。ーここは俺たちのアルウィンだからー【Short letter】
2001年5月26日。
「20年と2日前」となるこの日付が何を意味しているか、ご存じの方はいらっしゃるでしょうか。すぐにピンときた方は、相当な松本マニアかもしれません。
そう、この日は現在「アルウィン」の名前で親しまれている、「松本平広域公園総合球技場」のこけら落としが行われた日なのです。
翌年に日韓W杯を控えていたこの頃、サッカー界は大いに盛り上がっていたのではないでしょうか。
他人事のような語りっぷりですが、当時サッカーのことをよく知らない私にとっては本当に他人事だったのです。20年前、私はまだ地元である長野にいましたが、当時の長野、特に松本地域はスポーツに関するアイデンティティがまったくと言っていいほどない地域でした。松本山雅も当時北信越リーグに所属していたものの、日常を過ごす上でその名前を聞くことはまずありませんでした。
今ではその松本山雅のホームスタジアムとしてお馴染みのアルウィンですが、そのこけら落としについても山雅にお鉢が回ってくることはなく、アルウィン初の興行は、「サンフレッチェ広島vsアビスパ福岡」のプレシーズンマッチにて飾られることとなりました。
そのゲームの後、当時サンフレッチェで現役の選手だった森保一監督は、こんなコメントを残しています。
「松本のようなJクラブのない街でも、こんなに素晴らしいサッカースタジアムがある。ここにもし地元のチームを応援するサポーターがいて、そのサポーターでスタンドが埋まったら、きっとすごい光景になるのだろう。」
そして2002年、日韓W杯の前にキャンプで松本の地を訪れた、当時パラグアイ代表のホセ・ルイス・チラベルト選手も、やはりこのような言葉を残したとのこと。
「松本にはこんなに素晴らしいスタジアムがあるのに、なぜ地元のチームがないのか?」
その言葉がきっかけで、たくさんの人の思いや行動の結果、今の山雅の姿があります。アルウィンにお越しになったことのある方には、まさに森保監督の残した言葉が具現化されたことがお分かりいただけるのではないでしょうか。
今の松本にはサッカーがしっかりと根付いています。
山雅が勝った、負けた、アルウィンに行って誰々と久しぶりに会った、あっこ(あそこ)のお店にあの選手のユニフォームがあった......。
地元に帰ると本当に老若男女問わず、誰の口からも自然と「山雅」の話題が出てくるのです。私が地元にいない間にこんなにサッカーが浸透しているとは夢にも思わず、毎回驚かされます。
正直なところ、私は上京するまで地元のことが全く好きではありませんでした。
私のことをご存じの方には特にご納得いただけるかと思いますが、変わり者ではみ出し者の私にとって、一挙一動がたくさんの人に見られる地元は息の詰まる場所でした。何をするにも窮屈で仕方がなくて、とにかく早く地元を出たいと毎日思っていました。
そして高校を卒業すると当時に、ようやく時が来たとばかりにそそくさと上京をします。東京での生活はよほど楽なのか、あれからはや15年が経ちますがホームシックにかかったことは一度もなく、「いつか地元に帰ろう」と思ったこともまだありません。
ただ、矛盾するようですが今は地元のことが大好きです。
この思いを長年上手く表現できずにいましたが、つじーさんとYUさんの対談であるこの記事を読むことで「そうそうそれ!」と膝を打ちました。特にYUさんがきれいに言語化をしてくれているので、ぜひご覧いただければと思います。
この記事にあるように、地元を離れたからこそ、改めて地元を見つめて気付けたことがたくさんあります。
私自身、サッカーの面白さに気付いたきっかけは川崎フロンターレであり、アイデンティティとしてはフロンターレサポーターです。しかし、「サッカーの面白さを世に広めたい」と一念発起し、転職をしたりOWL magazineの扉を叩いたりしたことの原動力に、山雅も確実になっています。地元に根付く山雅の姿を、そして山雅を応援する地元の人たちを見て、「地方にはサッカーの力が必要だ」と確信を得ることができました。そのため、むしろ山雅なしには今の自分はいません。
松本山雅は、地方クラブの理想の姿です。もちろん課題がたくさんあることも承知ですが、これは言い切ってもいい。
そしてアルウィンは、普段その熱さを内に秘めてまじめに生きる信州の人たちが、存分に激情をたぎらせることのできる最高の舞台です。
「誰にも好きにはさせはしない ここは俺たちのアルウィンだから」
これは山雅が持つチャントのひとつで、私が好きなチャントのひとつでもあります。今は声に出して歌えませんが、心の中にはずっと響いています。
今さらですが「アルウィン」とは、「アルプス」と「ウィンド」を掛け合わせた造語で、アルプスの凛とした風がスタジアムを吹き抜けていく様子を彷彿とさせます。
その凛とした風と、熱い熱い思いのギャップが詰まった舞台であるアルウィン。先述のこけら落としから、20年が経ちました。
厳しい情勢が続きますが、早くアルウィンでの山雅の試合を観に行きたいな。
アルウィン20周年に思いを寄せて。
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サポーターはあくまでも応援者であり、言ってしまえばサッカー界の脇役といえます。しかしながら、スポーツツーリズムという文脈においては、サポー…
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