愛犬の百か日を終えておもうこと |終活・エンディングノート・大阪
こんにちは!
大阪で活動している
楽しく生きていくための終活ライフケアプランナー 吉原明日香です!
昨日、夏に亡くなった愛犬の百か日を終えました。
(愛犬に関する記事はこちら←クリック)
「亡くなってもう3ヶ月?!」とも思うし、最近急に寒くなったこともあって、季節が変わっていることが3ヶ月という月日に納得できたりもします。
我が家では毎日手を合わせたり、お花や子ども達の作品をお供えしたり、会話にもしょっちゅう出てくるので、特別懐かしいといった感情はまだありません。
ただ、愛犬が亡くなってから子ども達の誕生日、運動会があったので、どうしても「去年は元気に一緒に過ごせたのにね」という会話にはなります。
特に写真を撮る時は、愛犬がいないことを強く実感しますね。
私はふと「この100日間、愛犬がいたらどうだっただろう?」と思うことがあります。
特に大きく変わることはないだろうけど(愛犬は晩年、一日中寝ていたので💦笑)、どこか寂しい気持ちで毎日過ごすことはまず無いし、毎日ご飯をあげて、夜中に起こされて、どこかへ出かける時は愛犬の体調重視で…という暮らしを当たり前に過ごしていたのでしょう。
それが"亡くなった"という事実1つで、今までの"当たり前"が"当たり前じゃなくなる"んですよね。
『住む世界が変わった』ワケです。
不思議だなぁ〜と思います。
でもそれはきっと、人間も同じで。
決して亡くなった人やペットを忘れて過ごすワケじゃないけれど、遺された人は"新しい当たり前"に柔軟に対応して生きていかなればいけない。
もちろん全ての人が気持ちの切り替えをスムーズに出来るわけではないなかで、環境や事情に合わせて少しずつ"もうこの世にはいないことを当たり前"にして生きていく。
なんか、難しく考えると答えが出ない話になっちゃいますが、この命の連鎖がきっと本当の"当たり前"なのでしょうね😊