#同じテーマで小説を書こう 彼女を追って
シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムと私には並々ならぬ因縁がある。
因縁といっても、奴の行動が遠因となり、私に不利益を被らせているというだけなのだが。
まあいいシュピナートヌィ…面倒だから奴が親しい者に呼ばせてるシューピィと呼ぶが、奴の正体は依然知れない。
あるものは奴を錬金術師、はたまたドラゴンをも打ち滅ぼす冒険者、あるいは見る者を魅了してやまない美姫であるとも、数百年の時を生きた魔法使いであると証言している。
辺鄙な村では奴のことを英雄とも、神の使いであるともいう老人は山ほどいた。
姿形も毎度違うときたものだ。
まあ私の考えは、ここまで長い名前なのだから、どこかの令嬢なり王女がその正体なのだろうと辺りを付けていた。
証言したものが全員、奴は女であると言っていたから、そう考えただけだが。
さて、本題に戻そう。
ここまで長々と奴の事を語っていたが、私が何をしたいか。
………奴の鼻を明かしたいのだ。
吹き付ける風が、私の薄くなってしまった髪(奴によるストレスが原因だ!)を撫で、びょうびょうという音を立てる。
「まだか…!」
私は今、とある建物の近くにある茂みに姿を隠している。
その建物は、崖の上にあり、小さな小屋としか言いようがない見た目をしている。
その建物こそが、シューピィの家である、らしいのだ。
たまたま部屋を取った宿屋の一階にある酒場で、奴の家に食料を届けている商人の話を盗み聞き、こうしてここまでやってきたのだ。
奴は大陸全土を広くしているが、毎月三日だけ、太陽の日だけは家で休息を取るという。
得体の知れない女ではあるが、奴も休日を取るのだなという謎の感動を味わってしまった。
オホン!…とまあ、ここが奴の家であるというのはわかったが、肝心要の奴がまだ帰ってこないのだ。
何か、急な用事でも入ってしまったのか。
私はシューピィに対して、苛立ちを募らせる。
知り合いは私に対して「まるで恋する乙女の様だな!」と冗談を言ったことがある。
これが恋だと?
ハッ!これが恋であるものか!
疫病が流行っている村があると聞いたから、その病の特効薬を用意し、それを安く売り、商売の足掛かりにしようとしたら、ふらりと立ち寄った奴が、タダで村人を治して私の商売の計画がパァ!
ある国の王都にドラゴンが近づいているというから、ドラゴンに効く毒を武器や防具と一緒に売ろうとしたら、知人に会いに来た奴が、大量に売られてる一番安いなまくらで一刀両断!大量の売れもしない在庫を抱えることに!
仲間と一緒に酒場を立てたら、近くの別の酒場に奴が来て、一日だけ歌姫をしたら、それからその店はずっと奴が来るのを待ちかねた客で溢れかえり、私たちの店は早々に潰れた!
そんっっっな私に不利益を齎しまくる女に、だーれが!惚れるものか!
第一私は奴の顔すら知らんのだぞ!というか奴の親しいもの以外本当の素顔すら知っているかどうか怪しいものだ!
………む?
勝手にヒートアップをしていたら、いつの間にか家の前に、何者かが立っていた。
摺れたローブを着込んだ人物がドアの鍵を開け、家の中に入っていった。
よし!あの家に入ったということは、奴がシューピィなのだな!
私は、茂みの中から這い出し、素早く奴の家のドアの前まで辿り着く。
「待っていろ、シューピィ…!今お前のあほ面を拝むためのとっておきを仕込んでやるからなぁ…!」
懐から、玉を取り出す。
簡易魔法を仕込んだこれから売り出そうとしている商品だ。
穴を掘る魔法が込められたこいつで、奴の家の前に落とし穴を作ってやる…!
そう考え、玉を埋め込もうとしたその時だった。
足元に、先ほどまでなかった影が生まれていた。
何事かと上を見上げたら、奴の家の壁が、こちらに倒れてきていた。
「なんとぉ!?」
反応出来ず、そのまま頭に壁が激突してしまった。
だが壁は思ったよりも脆く、頭に当たるとすぐに壊れ、私の頭にたんこぶを生み出すだけだった。
「いったー…!」
そのまましゃがみ込むと、すぐ横を馬車が駆け抜けていった。
馬車の後ろ、幌の部分に一人の女が腰かけていた。
黄金のロングヘアを、風にたなびかせた女の後ろ姿。
その横に酒場にいた商人。
それで私は全てを察した。
奴こそが我が宿敵、シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムであると!
この家は偽物、商人も協力者、奴は私をおちょくるためだけに、こんな壮大な仕掛けをしていたのだと!
ひらりと、私の目の前に紙切れが舞い落ちる。
拾って、確認すると『残念無念、また今度!』という達筆で書かれた文字があった。
「キーッ!」
その紙を、私は即座にばらばらに引き裂いた。
「シューピィ!!!今に見てろ!必ずお前をぎゃふんと言わせてやる!」
ロングヘアの女はひらひらと手を振り、地平線へと消えていった。
これが私と奴の因縁の本当の意味での始まり。
大陸の端から端まで、世界を股にかけた追いかけっこの始まりだったのだ。