雪を食む#パルプアドベントカレンダー2021
あれほど待ち望んでいたはずの愛しい灼熱が、僕の喉を焼き焦がす。耐え切れず、吐き出して家の外へ。窓を突き破る。
口が。喉が。胃が燃えるように熱い。落ちた場所にあった雪を手でかき集めて、口の中に詰め込む。
「ユーリ!どうしたの!?」
妻が、ようやく退院した僕を温かく出迎えてくれた妻が、玄関から飛び出し、血相を変えて僕に近づく。
「ああ…!酷い傷…!どうしてこんなことを…」
傍らの妻を無視して、雪を食べる。食べれば食べる毎に、焼け焦げる感覚が引いてゆく。
「お医者様を呼んでくるわ!家の中で待ってて!ユーリ!」
妻は上着を着ると、近所の診療所がある方向へと走り出す。
「………………」
もう、焼け焦げる感覚はとっくの昔に消えている。なのに、手が止まらない。雪を食べる手が止まらない。体が冷気を、雪を求めている。
なぜこうなった。何があった。それを思い出そうとすると、どうしようもなく頭に痛みが走る。思い出してはいけないと警告しているかのように。
───て…
────ユーリ……………来て…
声が、声が聞こえた。「彼女」の声が。
「呼んでいる…彼女が呼んでいる…!」
ならば、こんなどうでもいい場所でこうしてはいられない。
家の中へ、もはや使い物にならないはずの装備たちを身に纏い、家を飛び出した。
向かう場所はわかっている。あの山だ。
僕の口から、睦言の様な声色で彼女の名が零れた。
「ああ…снег…」
風もないのに、僕の視界で雪が舞った。
以下の資料は■■■■■連邦の崩落した■■■■■の地下、証拠保管のためと思しき隠し部屋から発見された。
事件の時系列に関して纏められた資料なども発見されており、それらに合わせて証拠を確認する。
なお、これらの証拠を確保するために武装調査隊■■名が殉死。
帰還した■■名も兆候が見られたため処分した。
手帳のページ
『1枚目』
1枚目はユーリ・■■■■■の自宅内から発見。
家を飛び出す際に、リュックサックに入れた手帳のページが破けたと思われる。
ユーリの妻の証言によると退院後、自宅内でユーリに■■■■を振舞うと顔色を変え嘔吐。
その後窓から飛び出し、口内に雪を詰め込む奇行を開始、その様子にただならぬものを感じた
ユーリの妻は、近隣にある顔見知りの診療所に駆け込んだ。
なお、ユーリの妻はユーリと何らかの身体的接触を行っており、その際に■■されたと思われる。
追記:なんらかの粘膜の接触が必要と思われたが聞き込みなどの調査により
ユーリの自宅に連れてこられた医者が、ユーリの妻の次に■■されたと思われる。
粘膜などを介さず、皮膚同士の接触だけでも■■される可能性有り。
シロかクロかの判別は遠距離で行う必要がある。
195■年■月■日
ついに待ち望んでいた登山の日だ!
集まったみんなも今日という日を心待ちにしていた。
大学を在学中は先生に挑むのをやめさせられていたが、卒業してからいろいろな冬山に登ったし、スキーの経験も積んだ!
今ならいけるさ。
195■年■月■日
今回の登山ルートはかなりの難易度だ。
熟練の登山者でも尻込みをすると先生から耳にタコができるくらいに言われていた。
でも僕たちはずっと挑んでみたかった。
それに、もし数日経っても連絡が来なかったら妻に、遭難した可能性があるから救助隊を呼んでくれと言ってある。
家を飛び出した僕は、急いで彼女の下へ駆けつけたかった。
だが失念していたことがある。距離の問題だ。
ここから彼女の下へ徒歩で行くとなると、かなりの時間がかかる。彼女を待たせるわけにはいかない。
どこかで車を調達しなければいけない。
「ヨォ、ユーリィ!元気にしてるかぁ?」
いきなり後ろから、僕の肩を誰かが力強く叩いた。
振り返ると、そこにいたのは近所に住んでいたアレクセイだった。片手には彼が愛飲しているウォッカのビンが握られている。
「こんな時間にどこ行くんだよぉ?そんな恰好をして…」
アレクセイは赤ら顔で僕の恰好をじろじろと見続ける。
「外で誰かが走っていくのが見えてなぁ。そいつはなんとお前のカミさん。んで何事かとしばらく外を見てたら今度はお前さんが来ると来たもんだ。えぇ?そんなズタズタの登山装備なんか着てよぉ…夫婦喧嘩でもしたか?」
鬱陶しい、その一言に尽きる。
アレクセイの酒癖の悪さは近所の人間からしたら周知の事実だ。
酔って夜中に大声で歌いながら歩くし、立小便は常習犯で、まだポリッシュだのキュウリローションだのに手を出していないだけましかもしれないが、それでも酒を飲んだ状態のアレクサセイに絡まれると面倒でしかない。
なにより、今は彼女の下へ一刻でも早く向かわなければいけないのに。
こんな酔っ払いに構っている暇はないと、足を動かそうとした時に、あることを思い出す。
アレクセイ自慢の愛車、悪路だろうと雪道だろうと走破出来ると豪語したあのトラックの存在。
アレだ、アレさえあれば、ある程度は短縮できる。
「なあユーリィ。聞いてんのかぁ?気分が悪いなら早めに家帰って寝てカミさんに謝れよう」
アレクセイはバンバンと背中を叩きながら、僕の顔を覗き込む。
途端、怪訝そうな顔で僕の目を覗き込む。
「お前…その目、どうした」
僕は、両の手をアレクセイの目元へやる。
「うるさい」
そして、両の親指をアレクセイの両眼に突き立てた。
「うおぉぉぉぉぉ!」
アレクセイは目を抑えて僕の足元でジタバタと虫のように暴れ狂う。
「アレクセイ。落ち着いて。アレクセイ」
僕はしゃがんで、アレクセイの頭を子供をあやすように撫でる。
「うぅ…うぅ…」
アレクセイのぽっかり開いた目から、涙のように血が流れ、酒で真っ赤だった顔がさらに真っ赤になっていた。
「アレクセイ。もう泣かなくていいんだ。君にも彼女の声が聞こえるようになるから。だから泣かないで。落ち着いて深呼吸して…」
アレクセイの目から流れる血は止まり、そこに少しずつ雪が積もり始めていた。
彼の体は暴れるのを止め、まるで母親の体の中で眠る赤ん坊のように、蹲っている。
「ああ。よかった」
アレクセイが風邪を引かない様に、僕のリュックの中にあった破けた寝袋をさらに破いて、彼にかけ、アレクセイの家の中に入る。
玄関の近くに鍵がかけられている。
そこから車の鍵だと思うものをいくつか取って、車庫へ入る。
車庫の中は薄暗く、ただ一つだけある窓が、壁の備え付けられた棚の工具箱だけを照らしている。
案の定、工具箱の中に代用のアルコールたちが鎮座していて、近所一体の心配は現実のものだったということが判明した。
まあ、そんなどうでもいいことは置いといて、車庫のシャッターをこじ開けて車の鍵だと思った鍵を刺す。
「…ああ、開いた」
運転席に乗り込み、鍵を回す。
アレクセイが愛車と語るだけあって、一回鍵を回すだけでエンジンがかかる。
アクセルを踏みつぶし、寝ているアレクセイを乗り越えて、僕は夜の街を駆ける。
手帳のページ
『2枚目』
2枚目はアレクセイ・■■■■■の自宅近辺に落ちていた敗れた寝袋の下、しわくちゃに
握りつぶされた状態で発見された。
ユーリとアレクセイの間で何らかのトラブルが発生、ユーリはアレクセイに
何らかの凶行を行い、アレクセイの所有していたトラックを奪取。
逃亡を開始した。
その後、付近の住民からアレクセイが殺害されている旨の通報を受けた警察が駆けつけるも
その場にあったと思われる遺体も、通報をした住民も失踪。
聞き込みを行おうとするも、近隣の住民は全て失踪していた。
失踪した住民の家はすべて窓が割られていたことから事件性があると考えられ、捜査が行われた。
195■年■月■日
予報が外れて天候は吹雪に。
本日予定していたルートの半分も進めていない。
明日の天気次第では引き返すことも視野に入れなければいけない。
まあ今回が駄目でもまた来年があるさ。
195■年■月■日
最悪だ。
雪崩が起きた。
暑くてしょうがない。
アレクセイは寒がりなのか、ヒーターを全開にしている。
こんなに暑いと、彼女に怒られてしまう。
ヒーターを止め、ドアを開けるも、開けたまま走っていたら、風邪でドアが閉まってしまった。
「借りものだけどしょうがないか」
もう一度開けて、僕はドアを蹴り飛ばした。
蹴り飛ばしたドアは、たまたま横を走っていた反対車線の車の運転席の窓に突き刺さって、横に逸れて、家の壁を車が突き破る。
「あらら。運がない」
でもまあ、そこにいたキミたちが悪いんだから、しょうがないか。
「とにかく、彼女の下へ…」
信号を待つ時間すら惜しい。
そのまま赤信号を突っ切ると、僕に驚いたのか走っていた車は急ブレーキをかけて後ろの車に追突されたり、逸れて車の往来が途切れるのを待っていた歩行者を轢き殺した。
そんなことを数回繰り返していたせいか、いつの間にか警察の車が僕の後ろを追いかけていた。
警察はしきりに、僕に止まるように呼び掛けているが、止まるわけにはいかない。
止まれば最後、警察署に連行されて、あんな狭い、熱い場所に閉じ込められて……………
「そんなことをしたら、彼女に怒られてしまうな」
苦笑いをしながら、アクセルをさらに踏み込む。
が、それがいけなかった。
「…あちゃー……」
急ぎすぎて、注意が散漫になりすぎたせいで、目の前にあったカーブに気づかなかった。
僕の運転する車は、曲がり切れず、壁に正面衝突をした。
「……………あぁ…」
起きたら、僕はまだ運転席にいた。
しかし、さっきまでとは打って変わり、運転席はぐしゃぐしゃに潰れ、僕の体を圧迫していた。
僕を引っ張り出せないと判断したか、警察官たちは車の周りを取り囲んで右往左往していた。
しかし困ったな、トラックが使えないぞ。
代わりに警察の車を貸してもらうか。
無理やり、潰れた運転席を無理やり押し込んで、運転席から降りる。
「う、動くな!」
囲んだ警察官たちは、怯えた顔で僕に拳銃を向けてくる。
「…?どうしてそんなに怯えているんだい?」
何にも変なことをしていないのに、歩く度に、警察官たちは後ろにずり下がってゆく。
「う、撃て!」
警察官の一人がそう叫んだ途端、何発もの弾丸が僕の体を貫通する。
痛いには痛いが、それだけだった。
「押さえつけろ!何でもいいからコイツを止めろ!」
弾切れになったのか、それとも弾がもったいないのか。
どっちか知らないが、警察官たちが、僕の体を押さえつけてくる。
「どいてよ」
腕で、押さえつけてくる皆を振り払って、警察官の一人の車のドアを引き剥がして乗り込む。
運転席の窓からチラリと覗くと、何人かは壁に当たってグッタリと動かなくなっていた。
「ああ余計な時間をかけちゃったな」
しかも気づかないうちに、リュックの紐が切れて、アレクセイのトラックの運転席に置きっぱなしになっちゃったし。
けど、装備の大半が置き去りのままになっていても、なんだか大丈夫な気がする。
だって、俺には彼女がついているから。
手帳本体および装備品の入れられていたリュックサック
『三枚目・四枚目』
大破し乗り捨てられたアレクセイのトラックから発見された。
アレクセイの自宅から、乗り捨てられたトラックがある地点までに
20名弱の死傷者が発生しており、それらの事件の通報を受け複数名がユーリを追跡。
逃げ切ろうとするも、運転を誤り事故が発生。
この時、警察官の一名の手帳に書かれていた情報から
ユーリが死亡したと判断した警察官が救急や近隣の住宅から工具を借りる
判断を下し、借りに行った一名を除きその場で待機中にユーリの意識が覚醒。
警察官の制止を振り切り車を奪取し再度逃走を開始。
これ以降、ユーリと思しき人物が車を奪ったという通報のみでしかユーリを追跡できなかった。
195■年の新聞
『警察官が発狂し警察官を焼き殺した!』
■■日未明、危険な行いを繰り返す車を追跡していた警察官が
逃走車に乗っていた犯人を取り逃した後突如発狂!
持っていた拳銃でその場にいた同僚を銃撃!
それに飽き足らず、大破していた逃走車から燃料を抜き取り、同僚にぶちまけ火を付けた!
警察官数名が死亡、放火により近隣の住宅数棟が全焼。
事件後に駆け付けた住民へのインタビューによると、事件を起こした警察官はしきりに
「バケモノ、バケモノ」と呟いていたという。
195■年■月■日
今は高く積もった雪の山に隠れて書いている。
寝ている間に雪崩が起きて、皆とはぐれてしまった。
僕は運よく巻き込まれた雪の上の部分にいたからもがいて脱出することが出来た。
けど、みんながどこにいるかわからない。
しかもリュックが破れて水や食料が殆どなくなっていた。
195■年■月■日
まだ吹雪は止まない。
なんとか節約してた食料も尽きた。
寒い、皆と妻に会いたい。
195■年■月■日
吹雪が止んでくれた。
しかし現在地がわからない。
方位磁石と地図がなくなっているのは厳しい。
とにかく、太陽の動きで東西南北を判別して、南西に進む。
天気がいいせいで、顔が熱い。
もう水もないから、体温が下がるだけだとわかっても口に
雪をかきこんで溶かして飲む。
早く人里まで着かなければ。
195■年■月■日
奇跡だ。
こんな場所に人がいるだなんて。
彼女は僕を自身の住まいに連れてきて介抱してくれた。
彼女はснег、僕の恩人だ。
何人かから車を借りて北西へ。
その都度、車の持ち主とトラブルに遭ったけど、みんな快く貸してくれたから助かった。
そして夜が明けて、僕は山の麓へたどり着いた。
天気はあの日のように吹雪いているが、そんなのは関係ない!
「снег!снег!」
僕は遮二無二駆けだす!
彼女に一刻も早く会いたいからか、まるで疲れを感じない。
ユキウサギみたいに、雪原を駆ける!
これなら、日が沈む前に彼女の下へたどり着ける。
そう思った矢先だった。
「…ゥゥゥゥゥゥウウウ!」
熊だ。
ひどく切羽詰まったような鳴き声を発しながら、僕の前に立ちはだかる。
冬眠出来なかったのか、この時期の熊にしては痩せているように思えた。
「お腹が空いたのかい?リュックサックに何か食べれるものを入れたほうがよかったかな…」
僕が悩んで背中を見せた瞬間、熊が僕の喉元に噛みついた。
「おやおや、そんなにお腹が空いていたのかい」
熊が僕の喉を噛みちぎって、僕を殺そうとして来る。
「大丈夫…落ち着いて…」
僕はアレクセイにしてあげたように、振り返ってこの子の頭をゆっくり撫でて落ち着かせようとする。
「落ち着いて…落ち着いたらキミも彼女のところへ行こう…」
けれど、熊は僕に伸し掛かって頭に噛みつこうとしてくる。
こんな時はどうしたらいいのかな…そうだ、歌を歌おう。
「♪~」
妻から教わった子守唄を歌いながらこの子の頭を撫でる。
「♪~♪~」
妻から「貴方が歌ったら笑って起きちゃうかもね」と言われたから歌には自信がないけれど、それでも心を込めて、この子のために歌う。
「グゥッ!グゥッ!…ゴァ!?ゴォォォォォォ!!!」
何に驚いたかわからないけれども、突然熊は暴れだして、僕の体から離れようとする。
「ちょっとショックだなぁ。キミのために歌っているのに…♪~」
僕はこの子の頭を抱きしめながら歌を歌い続ける。
「ゴォォォォォォアァァァァァ!ゴォォォォォォ!!ゴォォォォォォ…ハァ…ハァ…ハァ…」
僕の思いが通じてくれて、この子も少しずつ落ち着いてくれてきている。
「よしよし…いい子だよ…」
熊は僕に伸し掛かるのをやめて、僕が進もうとしていた方向へ走り出す。
「キミも彼女の声が聞こえたんだね…」
僕は立ち上がって、体に着いた雪を掃う。
「よーし!競争だ!」
熊の後を追って、僕も走り出した。
ユーリ・■■■■■のカルテ
このカルテは、遭難後に救助隊に発見されたユーリ・■■■■■を病院に収容後
入院した医師によってつけられたカルテである。
遭難後に見られる症状などが記載されており、特筆して見るべき点は無いように見受けられるが
医師の所見に興味深い内容が書かれていた。
この患者の体温は異常なまでに低い。
20℃から25℃の間で安定して、外気によっては20℃を下回ることすらある。
本来この体温になると昏睡状態か仮死状態、最悪死亡することすら有り得る。
さらに仮にこの体温から通常の体温に戻ることがあっても、体に何らかの機能障害を抱えることになる。
それなのに、患者の体に体温以外の問題はまるでなく、自身の異常にまるで気づいていない。
この患者について、他の病院や大学からの意見を募るべき。
追記:この患者の傷を縫合した際、傷口に虫の卵のようなものを発見。
この季節に産卵を行う虫などいただろうか?
傷口の消毒と院内の清掃などを徹底させるべきか。
このカルテにより■■■を判別する際はまず体温を測ることが求められており
今日までそれらによる判別は一度も間違ったことはない。
「ハァ…ハァ…ハァ…!」
息が切れる。
熊を追いかけ続けて数時間、一度も立ち止まらずに走り続け、ようやく彼女が呼んでいた場所にたどり着いた。
何もない雪原、彼女と出会い、彼女に守られていた場所。
そこに、彼女はいた。
「снег!」
僕は、彼女の下へと走る。
彼女は微笑んだまま、こっちをじっと見つめていた。
「снег…!ああ、снег…!」
一緒にいるだけで胸が温かくなる、愛しい気持ちが湧き上がってくる。
「グルルルル…」
いつの間にか彼女のすぐそばに熊が侍り、彼女はその熊の頭をゆっくり撫でた。
そこから、熊の体を突き破って、真っ白な雪が噴き出した。
そうだ、僕の体からも、雪が噴き出している。
けれど、恐れはない。
むしろ、気分がいい。
そうだ、世界はこんなにも明るくて、彼女の愛を感じる自分はこんなにも幸せで、けれど世界は悲しくて、彼女の愛が殆どの人に届かなくて、彼女の愛を届ける必要があって…
「снег…?」
そうか、だから彼女は俺を救ったのか、俺を見出したのか、俺を君の声が届かないあの暑い町へ行かせたのか。
その答えにたどり着いた瞬間彼女が笑ってくれた。
満面の笑みを浮かべて、よくできましたと言わんばかりに。
「わかったよ…!やれるだけやってみせるよ…!キミのアイを世界中ニ…!」
彼女がついと指を刺し、その方向を見る。
吹雪で視界がほとんどないけれど、今の僕にはわかる。彼女の指差した先に熱が、命が、人間がいることを感じる。
それに気づいた瞬間、僕も熊も駆け出す。
みるみるそこにいる人たちとの距離が縮まる。
そこにあったのはテントだった。
あの日の僕と、彼女と出会う前と同じ、遭難して、明日の朝日を拝めるかどうかわからない人達。
でも大丈夫、今、僕たちが彼女の愛を届けるから。
「ちょっと…なんでテントのチャックが開いて…イヤ!?」
「ば、バケモノだ!」
「奥に熊もいるぞ!?なんでこんな時に!?」
「急いで外に逃げろ!テントを切るんだ!」
「装備が殆どないのに!?」
「今バケモノに殺されるよりか希望があるだろ!?誰かが生き残ったらここに戻って装備を取り戻せ!」
■■■■■■峠事件第一次調査報告書
■■■■・■■■■■山にて遭難者のテントを発見、内部に装備や荷物は置き去りにされ
更に内部から切り裂いて外部に脱出したと考えられる。
周囲を探索中、遭難者の数名を発見するも、探索隊を襲撃。
眼球があるべき場所に新雪の雪を詰め込んだかのような異様な外見から、危機を感じ
捜索隊はやむなく遭難者らを殺害しました。
その後、死体を検めていた探索隊の一名に同様の症状が現れたため、その一名を殺害し
生き残りの私たちはその場から脱出しました。
脱出時、雪原に逃亡中のユーリ・■■■■■と類似した外見の男を発見。
その男も、襲い掛かって来た人間と同じく目に白いなにかが詰まっていました。
195■年の新聞
『集団暴行事件が発生!』
■■日未明、複数名の男女からなる集団が突如通行人らに暴行を働く事件が発生!
犯人らは目のある位置に白い何かを詰めていたことが、生存者へのインタビューから判明。
また、犯人の一人は逃亡中のユーリ・■■■■■の妻であることが警察への取材で判明。
二つの事件に関係があるかは不明。
虫の検体
ユーリに接触し死亡、もしくは事件を引き起こした人物の死体の司法解剖の時に
体内及び体外から発見された虫。
司法解剖に立ち会った医師に寄生し■名が死亡。
この事件により、一連の事件が新種の寄生生物によるものだと判断が下され
事件の調査及び指揮系統は■■■■■連邦へと移管された。
記録
『第一次調査』
ユーリが発見された場所の雪を掘り返し、そこから同種と思われる数百匹の虫を発見。
研究機関に持ち込む際、ヘリ内部の気温によって虫はすべて死亡が確認された。
以上のことから、この虫はある程度の低温環境でなければ生存できないと考えられる。
『第二次調査及び第一回実験記録』
気温室温に細心の注意を払い、研究機関に移送。
マウスなどを用いて実験を行おうとするも虫が死亡。
人間だけなのか確認すべく囚人を使うもその実験においても虫が死亡した。
この実験により生物の体温によってこの虫は簡単に死亡してしまう程脆弱であるとわかった。
ならばなぜユーリに寄生した虫は死亡しなかったのか?
『第二回実験記録』
実験中に誤って虫が一匹逃亡。
他の低温環境の実験で死亡したマウスに寄生し、まるで生きているかのようにマウスを操った。
死冷によって外部の気温と変わらないなら死なないのか?
『第三回実験記録』
ユーリから寄生された人物の虫を使った実験を行う。
雪原から回収された虫と違い、低温環境の死冷が起きた生物の死骸でなくても
生きたマウスに寄生してみせた。
さらにマウスの眼球が眼孔から露出された虫に食われ、そこに虫が居座ることが確認され
体温を測ると、病院から取り寄せられたユーリのカルテに書かれていたのと同じように
体温が著しく低下していた。
判明したことはこの虫に寄生されると体温が著しく低下するということだ。
この虫にとって都合のいい環境に作り替えられるのか?
『第四回実験記録』
この虫に寄生された生物は、眼が虫に食われていても、眼があるかのように私たちを認識している。
いくつか生物における探知の方法に照らし合わせて実験を行ったところ
この生物は熱で生物を探知していることがわかった。
おそらく虫たちがセンサーの変わりとなって寄生した生物に教えていると考えられる。
『第五回実験
(これ以降は回収時に寄生者の集団と接敵。撃退のために火炎放射器を使用した際の火が燃え移り
失われた)
195■年■月■日 ■■■■■連邦捜査当局は事件の調査結果を公表。
事件を「抗いがたい自然の力」だとコメントする。
195■年■月■日 ■■■■■連邦は今後3年間■■■■・■■■■■山と
周辺への立ち入りの禁止を発表。
195■年■月■日 連邦各地で異様な目の人物による事件が多発
■■■■■連邦は戒厳令を発令。
196■年■月■日 ■■■■■連邦 未知の寄生生物の存在を公表。
世界各国へ支援を求める。
196■年■月■日 ■■■■■連邦崩壊
196■年■月■日 各国が調査隊を発足、連邦へ向かわせるも
誰も帰還せず。
196■年■月■日 第■次調査隊が■■■■■から証拠を確保。
寄生生物の研究が始まる。
196■年■月■日 連邦の周辺国家において寄生が確認。
研究により高温環境への適応が確認された。
196■年■月■日 ユーラシア大陸陥落。
■■■■西海岸から送られてきた通信
HQ!HQ!聞こえてますか!
こっちは地獄です!
あいつらついに来やがった!
クソッタレ!なんでバケモノ共が船や飛行機飛ばしてるんだよ!
HQ!HQ!指示を求めます!
HQ!Hキュっ!?
(金属音や何かが倒れる音が響く)
アァッ…Snow…
(それ以降通信が途絶える)
≪了≫