私の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた
私の家に聖火が一時的に安置されることになって半年が過ぎた。
そしてその聖火が父によって奪い去られたのが三日前、私は雨が降る中、傘もささずに、ただ獲物が来るのを待っていた。
父は平凡なサラリーマンだった。
優しく、まじめで、頼りになった父さん。
私たちは家族三人、平和に過ごしていた。
だが、聖火が来てその生活は一変した。
何の根拠もない誹謗中傷、一番最初の聖火の受け取り等のゴタゴタへのマスコミの指摘、父の会社へのクレーム嫌がらせetcetc.
それらが原因で、父は会社をリストラされ、母は私を連れて父のもとを去った。
父は壊れ、そして聖火だけが残された。
そして壊れた父は、聖火を魔物に、悪霊に、怪物に捧げ、世界への報復を願った。
聖火はいくつもの小さな火となり奴らが所持し、父はまず貸し与えられた力で東京を支配下に置いた。
けれども、まだ契約は完了してはいない。
神によって定められた聖なるプロトコル、聖火リレー。
正しく使おうにも悪用しようにも、それを完遂する必要がある。
今、雨の中一人の男がトーチを持って走ってきた。
「止マレ」
地獄めいた声が、私の口から出る。
「すいません。今、オリンピックの為の聖火リレーをしてるんで、急いでいるんです」
男はその場で足踏みをしながらそう言った。
「ソノ火ヲ聖魔大公ノ所ヘハ届カセナイ」
「っ!その姿、まさかあやつの娘か!?ならば容赦ハセンゾォ!」
男はトーチを飲み込むと、巨大な蝦蟇の姿を表した。
「シネ!神ノ犬!」
蝦蟇は音速の舌を私に叩きつけんと振るう。
「オ前ガ死ネ」
だが私はそれを、一刀の元に切り捨てた。
神に与えられた、火の剣、聖火と同じ火を灯す裁きの剣。
「化ケ物ガァ…」
そう吐き捨てると、蝦蟇は塵となって、トーチだけが残された。
その言葉には同意する。
水溜まりを見ると、そこには騎士甲冑が映された。
神に体を奪われ、与えられた体。
神は言った、これは神罰だと。
聖火を取り戻すまで、私は死ねず老いず、審判の日が来るまでこのままで、その上母さんも人質だ。
私は、トーチの火を飲み込むと、走り出す。
奴らは走者が死ぬと、すぐに走り出し、リレーを再開する。
途中で車でも奪って行けば、十分間に合うはずだ。
どしゃ降りの雨の中、騎士甲冑が走り抜ける。
純白の鎧、神の騎士。
中にあるは少女の魂、この世に災厄をもたらさんとする罪人の娘。
少女の魂は、怨嗟にまみれていた。
父よ、なぜこのような事をした。
貴方のせいで私は怪物だ。
神よ、なぜ私をこのような姿にしたのだ。
貴方が動けばすぐに終わるのに。
人々よ、なぜ私に祈るのだ。
全ては貴様らの身勝手が起こしたことだろうが。
騎士は駆け抜ける。
父にその剣を突き立てるために、母を救うために。
平凡な、少女へと戻るために。
【続かない】