見出し画像

キャスパリーグ:リーズン・フォー・ザ・イグジスタンス・オブ・イールズ

『ふむ。そろそろウナギの時期か』寝床でゴロゴロしながらくつろいでいたキャスパリーグは、壁に立てかけてある古い腕時計のカレンダーを見る。季節は土用の丑の日。モータルもニンジャも問わず、ウナギを喰らわんとする日であった。

古来よりウナギは滋養強壮に優れ、江戸時代にはモータルの平賀源内がウナギの販売促進のために始めたというのが通説。だが、ニンジャたちがウナギに目を付けたのは平安時代まで遡る。

奴隷職人にカバヤキにしたウナギをスシにさせ、それを食べることが風流であるという流行がヘーアンキョ・キャッスルにあったのだ。それに、ウナギのスシは実際カラテの補給にも優れていた。彼もかつてはあるじの為に川で天然のオーガニック・ウナギを狙ったものである。

『そうと決まれば、久々にウナギをいただくとするか』キャスパリーグは寝床の防水段ボールから出て、ビルの屋上から飛び降りた。

◆◆◆

「安い!安い!実際安い!」「スリケンバー開店!君もスリケンを投げよう!」「マグロは常に君のことを見ている」合成音声広告の中をキャスパリーグは歩く。ここらも数年経てば変わるものだと彼は見上げ、雑踏の中を進む。

彼が二股のしっぽを揺らしながら進もうとも人々は気にしない。いつぞやのトラブルに懲り、目当ての飲食店があるエリア以外ではニンジャ野伏力を発揮し気配を消しているからだ。彼が突如発狂して人々を虐殺しない限り、何があっても人々はこの猫には気づかないだろう。

そしてたどり着いたエリアで彼はその存在感をいかんなく発揮した。ここらの飲食店は全て、ある種彼の庇護下に置かれていると言ってもいい。近年のバイオネズミは殺鼠剤に耐性を持つものも多く、対策で猫を飼おうにもペットショップ育ちではバイオネズミに負けることも少なくない。

そんな時に彼の出番だ。彼の残す痕跡、匂いが、存在感が、残気がバイオネズミを寄せ付けない。そのネズミ駆除の報酬として食事をいただく。月が砕ける前から変わらない彼の仕事のスタイルだ。

すんすんと鼻を鳴らす。むせ返るような雨の匂いに混じって、炭火の匂いが彼の鼻腔をくすぐる。それと、焼けるタレと魚の匂い。目当ての店は今日も変わりなく営業中のようだ。彼はふんすと鼻を鳴らし、歩みを速める。

目当ての店は10年以上前から通い続ける名店だ。NSTVがグルメ番組をするときには鉄板。グルメ雑誌がネオサイタマの食事を摂り上げるときには当たり前に載る。それに2代目から3代目への代替わりにも成功した稀有な店だ。ここに関してはキャスパリーグも暇さえあれば恩を売ってきた。

バイオネズミ数匹を追い払うだけで、上質な江戸式の焼き方のウナギがいただける。これこそがニンジャの特権。キャスパリーグは得意げに顔を歪める。そして店の前にたどり着いた。行列に並ぶ客は既に20人を越え30人に届くかという長さになっている。『おい!我だ!ウナギを出すのだ!』

「ニャーン」「お?おい!マサ!いつものニャンコロが来たぜ!」二代目、現在の店主の父親が店内で客への対応をしていたが、キャスパリーグの鳴き声に気が付くと焼き場に声をかけた。『あいつか!じゃあ裏口の方に通してくれ!』焼き場からの大声。

「ネコチャン。こっちに来てね」バイトの女性に連れられ、キャスパリーグは行列に並ぶ客たちを見下した。お前たちにはこんなことは出来まいと。その行いはまさしく鼻持ちならない暗黒カネモチやニンジャの所業であった。

裏口のドアを女性に開けさせ、足裏を清潔なタオルで拭いたキャスパリーグは店内へとしめやかにエントリーした。熱気、古くなっていないオーガニック・サンショウとウナギの香り。人ではないキャスパリーグだが、待ち遠しく唾液が口内に滲み出る。

『オヤジ!俺は新しいウナギを捌くから焼き場を任せた!』「あいよ!」「ニャーンニャーン」親子の華麗なる交代を尻目にキャスパリーグはウナギを催促する。だが、彼の求めているのは焼き立てのウナギである。残り物の冷めたウナギを出して来たら彼は引っ込めさせるつもりだった。

店員たちも、今までバイオネズミ退治の報酬で冷めたウナギを渡しても受け取らなかったことからそのことは教育済み。今ではエリアを支配する企業が変わるごとに支払い通貨がオムロになったり万札になったりする人間より、ウナギを一匹焼いて渡せば済むから楽だと考えていた。

毛づくろいをしながら待つこと数分、女性が皿を持ってやってきた。その皿から立ち上る湯気。放たれる薫香。『おお!ようやく来たか!』キャスパリーグの目の前に置かれた皿の上には、今焼かれたばかりのウナギがその身を横たえていた。

一度白焼きで焼いてから蒸し。そしてタレを塗りながら焼き上げた江戸式にはキョート式とは違う柔らかさがある。この店は江戸式の名店。その美味は他の江戸式のウナギ屋を上回る。『では…』キャスパリーグは耐え切れんとばかりにウナギへその口元を近づける。だが!

「アバーッ!」突如、調理場から壁を突き破って吹き飛ばされた三代目の店主!「「「アイエエエエエエエエ!?」」」突然の事態に驚愕する客たち!『…は?』飛んできた瓦礫によりウナギの皿を吹っ飛ばされたキャスパリーグ。店内は数秒で騒然とする!

『ええい何事だ!』苛立ちのあまりキリングオーラを放ちそうになるのを堪えながら、壁に叩きつけられた三代目へと近づくキャスパリーグ。「アバッ」『これは…』ずり落ちた三代目の怪我を見た彼は、その有り様に眉を顰める。

まず、目に付くのは片腕が無くなっていること。その傷から鋭利な刃物で切り落とされたのではなく力任せに叩き落されたのだろうということが推察できた。そして、全身を覆う火傷。その火傷から放たれるエテル。ガス爆発の類ではなく。雷のジツを用いたことが理解できた。

間違いない。調理場には今、ニンジャがいる!「マサ!マサ!」二代目が息子の傍へと駆け寄り揺さぶる。「ア…おや…じ…」三代目は力なく父親を呼ぶ。「待ってろ!今病院まで連れてくからな!」父親は息子を背負うと、慌ただしく店内から飛び出した。他の客たちも、すわガス爆発かと逃げ出した。

先ほどまで客で賑わっていた店内。だが、今いるのはキャスパリーグとあと一人。調理場にいる下手人のニンジャだ。キャスパリーグは三代目が開けた穴から調理場へと飛び込み、中を見た。荒らされた調理場。人の影はない。『ア、アア、ココハ』声。

声は、調理台の上から響いていた。『…まさか』この時点で、キャスパリーグは凡そ何が起きたかの予想が出来た。軽く跳躍し調理台の上に飛び乗った彼の目に映るのは、まな板の上で暴れるウナギだった。『オレニ、ナニガオキタ』ALAS!ニンジャの…ウナギ!

『ハァ…はじめまして、キャスパリーグです』キャスパリーグは目の前のニンジャアニマルのウナギにアイサツをした。『ウグ…ドーモ、キャスパリーグ=サン…オレハナゼコンナコトヲ…?』ウナギもアイサツを返す。ニンジャアニマルだろうと挨拶は神聖不可侵の行為。訳が分からずとも返すしかない。

『おちつけ。ゆっくり呼吸…ウナギの呼吸はエラか?とにかく呼吸をしろ』『ウグ…肌ガカワイテイルハズナのニ呼吸ガ…俺ハ…』少しずつ言葉が流暢になり出すウナギを前に、キャスパリーグは彼に見えないように爪を出す。しかし、アンブッシュは叶いそうになかった。何故なら。

『空ノピカピカガ…ナンデ俺ニ…』ウナギの全身に雷が駆け巡っていた。バイオデンキウナギめいているが、恐らく元々は他のウナギと同じただのオーガニック・ウナギだったのだろう。それがここまで変わる理由。(ゼウス・ニンジャクランのニンジャソウルか?)

二十四大ニンジャクランが一つ。ゼウス・ニンジャクラン。恐らくはそのクラン出のニンジャソウルに憑依され、訳も分からず暴れているのが真相だろう。その雷電は、何の備えもなく振れればキャスパリーグだろうと少なくない手傷を負うことになる。

『落ち着いて聞け。お前は、ニンジャになったのだ。厳密には違うが、我と同じようにニンジャアニマルとなったのだ』『ニンジャ…アニマル…俺が?』暴れるのを止めたウナギはジッとキャスパリーグを見つめている。

『そうだ。強力無比な力。人間と変わらぬ知能を得た』ウナギはその言葉を確かめるように、尾で一度調理台を叩いた。それだけで調理台の半分が崩壊した。『これが…今の俺…!』ウナギの言葉には隠しきれない高揚があった。ニンジャソウルに憑依されたばかりの者が感じる全能感。

キャスパリーグは舌打ちしたい気持ちを抑えながら言葉を紡ぐ。『そして、聞こう。お前はその力で何を為すのか。何をしたいのか』『俺の…したいこと…そんなの…そんなの決まっている!』ウナギは、全力で吠えた。『あの沼に…あの沼に戻り我が子を…子孫をこの世に残すのだ!』

ああ、やはりそうなるか。今度こそキャスパリーグは舌打ちし、残酷な事実をウナギに答える。『残念だが、それは叶わん。ニンジャは子を成すことは出来ない。さっさと諦めて別の生きる理由を探すのだな』

『な…何故だ!何故そうだと言い切れる!?お前が何を知っているんだ』『およそ数百年』『っ!』『およそ数百年、我はこの地上を彷徨い歩いたが、終ぞ直接的に子を成したニンジャというものを見たことがない』

キャスパリーグの言葉に、ウナギはブツブツと呟きだす。この展開を、キャスパリーグは何度も見たことがある。人間としての知性と生物としての原始的本能。そしてニンジャとしての特性のズレが起こす悲劇を。そして、この後の展開も。

『どうして…どうして俺は子を成せないのに他の奴らは…!』ウナギの纏う雷電が更に激しく、敵意を帯びたものになる。『俺以外の同族も、そこらの非ニンジャの屑どもも…!』

『ならば!』ウナギは一度大きく跳ね、辺りに雷電を帯びた粘液を撒き散らす!『イヤーッ!』キャスパリーグは跳躍回避し、粘液の付いてない場所に着地する!『ならば俺以外の生きとし生ける者!全てを殺してくれるわ!ドーモ!キャスパリーグ=サン!ライトニングイールです!』

『イヤーッ!』ウナギ、ライトニングイールは雷電を帯びた粘液を網のように広げ、キャスパリーグ目掛け投擲!『イヤーッ!』キャスパリーグはすんでのところで回避!そして調理台の上のライトニングイールを見た。だが、そこには既にライトニングイールは存在しない。『っ!イヤーッ!』

再び横っ飛びで回避をするキャスパリーグ!ゼロコンマ数秒後、先ほどまでキャスパリーグがいた場所を雷光が通り過ぎた!残される雷電を帯びた粘液!『イヤーッ!』ライトニングイールのカラテシャウトがキャスパリーグの鼓膜を打つ!キャスパリーグは回避!回避!回避!

ライトニングイールはその粘液とジツの力で調理場を縦横無尽に駆け巡る!その速度は相乗効果により雷のそれと同じ!『まずはお前だ!キャスパリーグ=サン!よくも!よくも俺にこんな現実を叩きつけやがって!』泣き笑いのような声を上げながら、ライトニングイールはキャスパリーグを襲う!

『まったく!これだからニンジャアニマルは面倒なのだ!』忌々し気に声を荒げるキャスパリーグ。だが、その声色に一切の焦りはなかった。『まあいい。こうなったからには』キャスパリーグは目当てのものを見つけ、それを爪で弾き口にくわえた。『貴様を捌いてやる!』それは、目打ちの釘。

『イヤーッ!』ライトニングイールは目打ちの釘に抗いようのない生物的恐怖を感じながらも、キャスパリーグ目掛けて突進を行い続ける!その速度はモータルならば当たれば一撃で砕け、ニンジャならば容易く爆発四散するだろう!

キャスパリーグはこちらの速度に反応しきれていない。その事実をライトニングイールは理解していた。一度でもこちらを向いて回避することはなかった。殺気か、はたまた経験則か。そういったものを主軸にこちらの攻撃を回避している。だが!

『これならどうだ!イヤーッ!』その時、一筋の雷光の矢がいくつにも分かたれた!ナムアミダブツ!これはデン・ブンシンか!?『死ね!キャスパリーグ=サン!死ね!』360度から迫る雷光!その中の一つに紛れ、ライトニングイールは勝利を確信した!

『まったく』キャスパリーグはグリンと首を動かし、ライトニングイールを見た。『え』『オヒガンへの手向けに知るがいい。ライトニングイール=サン』ライトニングイールの主観時間は泥めいて鈍化していく。キャスパリーグの構える目打ちの釘が、こちらに向いた。

『勝ち目のない相手が目の前にいたら!逃げるべきだとな!イヤーッ!』『アバーッ!!??』キャスパリーグの振るう目打ちの釘が、ライトニングイールの目の下のアゴの部分に打たれた!天井に磔にされるライトニングイール!

『イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!イヤーッ!』キャスパリーグは続けざまに落ちていた包丁を広い、手早くライトニングイールを捌く!『アバーッ!アバーッ!アバーッ!アバーッ!』成す術もないライトニングイール!『トドメだ!イヤーッ!』キャスパリーグの振るう包丁が、中骨を削ぎ落した!

『アババババーッ!サヨナラ!』ライトニングイールは爆発四散!調理場一面に広がる雷電を帯びた粘液は雷電を失った。『ふう…』着地したキャスパリーグは焼き場の上に飛び乗る。『クッ…やはり駄目か』そして目当てのものを、他の客のために焼いていたはずのウナギを捜した。

しかし、ほとんどがライトニングイールが暴れた際に下の炭火に落ちたか。運よく落ちずにいても、ライトニングイールの粘液を帯びて到底食べれる状態ではなかった。『お、オノレーッ!!!!!ライトニングイール=サン!』彼に出来るのは、もうこの世にいない犯人へ叫ぶことだけだった。

◆◆◆

「おい!ひっくり返すのが遅れてるぞ!」「それぐらいわかってるっての!」父と息子が焼き場で言い争いをしながらウナギを焼いていた。件の二代目と三代目である。三代目の失われた腕は、サイバネの義手となっていた。肉体へ残された火傷の後も痛々しい。

あの事件から数ヶ月、ようやくリハビリを終えた三代目は改修中の店舗へ戻ってきた。だが、リハビリはあくまで普段の生活に差し障りのない状態までしか行われない。新しくなった腕での仕事には、彼自身の努力と鍛錬が必要だった。

「ウニャ」親子が焼き場で騒いでいるのを眺める従業員たちに紛れ、キャスパリーグも三代目が必死にウナギを焼いているのを眺めていた。「オマチドウ!」そして、三代目のリハビリの一環で焼きあがったウナギが従業員たちに振舞われた。そして、その破片がキャスパリーグに。

「ニャウ」キャスパリーグはそのウナギの破片を口に含むと、三代目の方へと歩いて行く。「おっ、ニャンコ。どうだった?俺の復帰一発目の」「プェッ!」「あっつ!」キャスパリーグは三代目の顔面にウナギの破片を吐き出した。

黒焦げの破片は顔面に張り付き、三代目は慌てて顔を洗いに行った。快気祝いの精神をキャスパリーグは有していない。ただ美味か否かを冷酷に判断するのみであった。『この調子では数年かかるぞ!早く腕を取り戻せ!』

【キャスパリーグ:リーズン・フォー・ザ・イグジスタンス・オブ・イールズ】終わり。