サンタクロース・マスト・ダイ #パルプアドベントカレンダー2022
酷く理不尽だ、と。荒れ狂う炎を扉一枚隔てた場所で三田幸雄は思う。
人は、数十年の時を生きる。泣いて笑って恋をして。つらい時も、苦しい時も、悲しい時もある。しかしそれも、時が経てばそんなこともあったねと、語り合うことも出来るようになる。
しかし、それも死と共に終わる。幸雄は日本人だ。人は死ねば燃やされ骨に、灰になると、誰に教わらずとも学んでいた。数十年生きるのに対し、死者が灰になるのはたった二時間ぽっちでしかない。数十年が二時間に変換されてしまうのは、余りにも無慈悲だ。
だが、そう考えられるのは平時の時でしかない。幸雄は思う。爺さん、早く燃え尽きて灰になってくれと。
ぎしぎしと音の鳴るパイプ椅子。カチッカチッと規則正しく時を知らせる時計の音。その音を聞きながら、幸雄は煙草に火を付ける。職員がいるのならば眉を顰めるような行いも、金を積んで職員に急な休暇をくれてやれば、誰も指摘なんぞしては来ない。
まして、夜中に火葬を行う様な輩なんてのは、自分たちだけだろう。幸雄は天井に向けて吐き出した輪の煙を眺めながら思う。
時計に目をやる。深夜零時をちょうど過ぎた頃。イブが終わり、25日となった。およそ半日をかけて追手を撒き、祖父を焼却炉に叩き込んだことになる
「ボス。周囲の設備チェックが終わった。異常なし。現在敵影やレーダーの反応はない」
通路を、極地仕様の装備の兵士が駆け寄ってくる。幸雄の手勢の、信頼がおける兵士の一人だ。純白の兵士が火葬場を歩く様は、ミスマッチだ。あるいは死を連想させるものとしてはこの場に相応しいのかもしれない。
「わかった。各員、警戒を怠るなよ」
「イェスボス。俺達で世界を救って」
「いや皆まで言うな。何処で聞かれているかわかったもんじゃないからな」
幸雄は、口元で人差し指を立てると、子供に言い聞かせるような口調で兵士に言う。それを見た兵士は、バツが悪そうにヘルメットをずらして足早に持ち場へと走る。
「良いのか?」
幸雄の横でスキットルを静かに呷っていた男が幸雄に問う。幸雄が知る限りの最高の兵士。頼れる相棒。共同経営者。犬死にを志願した愚連隊の一人。呼び方は数あれど、今は親族の死を悼んでくれる友人だ。
「いいんだよ。俺達はならず者だ。ならず者が救えるのはせいぜいテメェの明日の飯程度さ」
「違いない」
幸雄は男に胸ポケットに押し込まれていたタバコを差し出す。喫煙家であることは、10年来の付き合いで知っていた。しかし男は首を振って受け取ろうとはしない。
「なんだ?今さら禁煙なんて、続けたところでどうしようもないだろ?」
「オレが吸うのは葉巻だって何度も言ってるだろうが」
「おいおい。こいつはもうどこにも置いてねえ代物だぞ?」
「そんなに吸わせたきゃコイーバを持ってこい」
「亡国への想いか…」
ハバナの血が流れていたらそんなものかと、幸雄は胸ポケットにタバコを大事に戻す。これで少なくとももう一本、仕事終わりに吸える楽しみが出来た。
「…ふう」
幸雄も、置いてあったスキットルを呷る。中身は祖父が好きだと言っていた日本酒だ。辛口を好む祖父が買っていた、どこにでもあるような酒だった。今じゃ最高級のウィスキーと同等の金を積まなきゃ買えないような最高級だった。古酒。しかも滅びた酒造の、あと何本あるかわからない酒だ。譲ってくれた、樹木と同化していた老婆には感謝しかない。
『お前が二十歳になったら飲んでみっか!ガハハハ!』
祖父はそう言いながら、ゴツゴツとした、海で鍛え上げられた手で幸雄の頭を良く撫でていた。その手も今、灰になろうとしている最中だ。
「…こうやってると思い出すよなあ。お前と出会った頃のことを」
「なんだよ急に湿っぽい…ノスタルジーに浸ってる暇じゃねえだろ」
「良いだろ手持ち無沙汰なんだから。酒ばっか飲んで酔い潰れるわけにはいかないだろ?思い出トークでもして時間を潰そうじゃねえかよ」
「Soy un japonés al que le gusta hablar de los viejos tiempos…」
「テメ!?スペイン語はオレもある程度理解してんだぞ!クソ漏らしのルイスめ!俺はテメェが初陣でウンコ漏らしたこと知ってんだぞ!」
「テメェだって下剤入りのレーション食わされて一緒に下痢便漏らしていただろうが!なら初仕事で雇い主をぶっ殺して資産を奪ったのはどこのどいつだ!?ア゛ァ!?」
「うるせー!そん時はテメェも一緒に、野郎を飛行機から突き落としてただろうが!」
「ボス。お話し中のところスイマセン…『モグラの親玉』からです」
ギャアギャア言い争いをしていた幸雄と男、ルイスの傍に、兵士が駆け寄る。幸雄の傍で耳打ちすると、通信機を渡す。幸雄はルイスを睨みつけながら、呼吸を整え、通信機に耳を寄せる。
『…やあ、元気にしているかね?と言っても、さっきの言い争いから元気に
満ち溢れているのはわかるがね』
通信機から、男の声がする。くたびれた男の疲れ果てた声だ。その奥からはクリスマスを祝うBGMが響く。あちらの国にとって、クリスマスは元々宗教的に意味が重いイベントではある。だが通信中に、しかもそのクリスマスをぶち壊す作戦を遂行中に流すのは、縁起が悪いと思わないのかと幸雄は内心吐き捨てる。
「やあやあ。こちらは万事順調。少し前に火葬を始めたばかりだ」
言外に、どうせ偵察か何かを近くに送って知ってんだろ?というような語調で話す。
『…そうか』
だが、通信の相手は皮肉を返してくることはなく、重く受け止めたような返事しか返してこず、およそ数十秒の沈黙が流れた。11年、荒廃を重ねる国を纏め上げようとした男だ。何かしら思い起こされることもあるのだろうと、幸雄は黙る。
『…事前にも言ったが、そこは元々数十人が住んでいるだけの過疎地域だ。だが、12月25日午前零時をもって、そこは完全な「無人地帯」と化したことになっている。そこで何が起きようと、世界中の誰もが関知しない』
「それに関しちゃ、アンタに感謝はしてるよ。道路封鎖に情報の統制。傭兵の集団程度じゃ、そんなことは出来なかったからな」
『…失敗した場合、虎の子のクリスマスを祝う祝砲が、君たちの頭上で破裂することを忘れるな』
「わーってるよ。効果のほどは薄いだろうがな」
『…さようなら。Mr.スクルージ』
「メリークリスマス。大統領さんよ。宇宙人のミイラと七面鳥のローストをつつきながら、朗報でも待ってろ」
そう言うと、通信相手は通信を切り、幸雄も通信機を持ってきた兵士にそれを返した。
「で?あちらさんは何だって?」
「失敗したら、保有してる最後の核ミサイル打ち込んで、全部なかったことにするってよ」
「核ミサイル程度でどうにかできる相手じゃないってのは5年前にわかってるだろうに…」
ルイスは、今頃エリア51があった地下に作られた都市で、神に祈りをささげているだろう男の顔を思い浮かべたのだろう。苦虫を嚙み潰したような顔で腕を組み、天井を見上げた。
「ともかくだ。あと1時間50分ちょいで作戦は終わる。それまで」
バン!
自動扉の奥。死体が納められているはずの、現在進行形で幸雄の祖父が燃やされているはずの場所から、誰かが扉を叩く音が響いた。
バンバンバンバンバン!
「「……」」
幸雄とルイスは立ち上がり、距離を取る。幸雄は通路に一番近い警備をしていた兵士を呼びつける。兵士らは最初、何用で呼び出したのかと訝しんでいたが、扉を叩く音とへこんでゆく火葬扉を認識した。兵士らは持っていたアサルトライフルを構え異音が響く火葬炉の扉の横の、使われていない火葬炉の前に立つ。徐々に真ん中からへこんで行く扉。恐らくはほどなくして破壊されるだろう。そして、中から出てくるものと供に1000度を超える炎が辺りを満たす。
耐寒に特化した極地仕様の装備。当たり前だがそんな高温に耐えうる装備ではない。兵士は火葬炉の停止キーに手をかけ幸雄の判断を問うが、幸雄は首を振る。中にいる者は、今ここで絶対に焼き尽くさねばならない。
「ルイス」
ルイスは幸雄の声に頷くと、壁にかけられていた古めかしい剣を掴む。鞘から剣を抜き、鞘を投げ捨てた。刀身は錆びついて古めかしく、何より半分ほどで折れていた。だが、その剣から垂れ流される邪気に一切の陰りは無く。
────ぁぁあ
「なんだこの声…」
────ゃぁぁあああ
「なんでジジイが燃やされてる場所からガキの泣き声が聴こえんだよ…!」
────おぎゃぁぁぁああああああ!
「構えろ!来るぞ!」
ガァン!
幸雄の声と共に扉は破られ、幸雄とルイスの間の壁に突き刺さった。だが、その場にいた6人の予想を裏切り、炎が溢れ出すことはなかった。幸雄とルイスは見た。炎は一か所に、幸雄の祖父が寝かせられていた場所に留まり続けている。そこから赤ん坊の泣き声が響き続けていた。
「オイ…なんだよこれ…」
横で構えていた兵士は、扉の中にある物を見て呟く。
「俺達が焼いてたのは、サンタクロースのはずだろう…!なんでそこに燃えてるガキがいるんだ!」
兵士の叫びにも似た声に反応したか、燃える赤子はひときわ大きな泣き声を上げた。途端、炎が火葬炉の外に飛び出す。炎は刹那、翼のような形になり、両端にいた兵士を掴む。兵士は叫び声を上げる暇すらなく炎上し、炭化。握りつぶされて砕け散った。
「クソッタレ!ぶち込まれていた不死だとか再生の因子は、吸血鬼に狼男に、フランケンシュタインの怪物じゃないのか!?」
ルイスは幸雄の前に立ちはだかり、持っていた剣で炎を切り裂きながら叫ぶ。切り裂かれた炎は、あろうことかぐずぐずに腐り落ち、それと同時に刀身が欠けてゆく。
「知るかんなもん!火鼠か!?イフリートか!?炎は候補が多すぎて絞り切れん!」
幸雄が、目の前の現象の原因を探り当てようと、頭の中のそういった怪物や幻獣の知識を引っ張り出そうとしていたが、その時腰のトランシーバーが突如ガガガーッ!という音を立てる。
『ボス!ボス!聞こえるか!こちら正門玄関前!クソッ!あいつらもう来やがった!こっちは地獄だ!バケモノまみれだ!チクショウチクショウチクショウ!イカれたクリスマスの怪物どもめ!』
正門玄関前。土嚢に機関銃、指向性地雷。果ては対空砲や迫撃砲まで。徹底的に要塞化された火葬場。しかし、それはほぼ意味を成さず真正面から食い破られ、辺りは虐殺が繰り広げられていた。
「悪い兵隊さんは?♪」
「キャンディケーンでぶっ刺しちゃえ!♪」
「ボぴゅえっ!」
ジンジャーブレッドマンの持つ巨大なキャンディケーンが、兵士の一人の脳天から尻までを貫いた。銃弾を防ぐはずのヘルメットは、サンタクロース印のキャンディケーンの前には無力だった。
「いい子には?プレゼント!悪い子には?石炭を!焼かれて美味しくなっちゃえ!♪」
「パロパロパロポロポロポロ!美味しかった!?ねえ僕の家族美味しかった!?じゃあ今度は僕の番!」
「ギィイイイイイイイイイイイイイイっ!」
巨大な七面鳥に跨った雪だるまが、七面鳥の腹を蹴ると七面鳥は兵士を蹴り上げ、兵士は巨大なローストターキーの形の焼却炉に生きたまま放り込まれた。扉が閉まった途端、兵士は奇声を上げながら焼かれる。出てきたのは皿に盛られた手足がローストターキーに変えられた人間の焼死体だった。七面鳥は焼死体の腹をついばみ内臓を貪り喰らう。
「パロパロパロポロポロポロ!ぶえーマズイ!表面黒焦げ中身は生焼け!生ゴミだったら捨てちまえ!」
しかし、口に合わなかったらしく、皿はひっくり返され、飛び散った内臓や肉片が、横転して正門玄関の方に向いたクレイモアを起爆し、兵士たちを殺してゆく。
「なんたって今日は楽しいクリスマス!ヤドリギの下にいる子にキスしちゃえ!♪」
「ごろぜええええええええ!ごろじでえええええええええ!」
「ぐるじいいいいいいい!みずうううううう!みずおおおおおおおおおおおお!」
歩くもみの木から生えたヤドリギが兵士たちに絡みつくと、人体の穴という穴からヤドリギが生え、ミイラ化してゆく。そして死体同士がヤドリギで絡み合い熱いキスをしてゆく。
「死ねやああぁぁぁア!」
生き残った兵士の一人が、ジンジャーブレッドマンに向かって持っていた銃を乱射し、バラバラに砕く。
「残念無念!僕たち小さな子供のお友達!だから死なない不死身の友達!♪」
「ぴぎゅえっ!」
だが、砕かれたジンジャーブレッドマンはウゾウゾと蠢いて寄り集まると、何事もなかったかのように再生し、大きな靴下に兵士をすっぽり入れると、抱きしめて全身を粉砕した。
『ボス!撤退を!これ以上の作戦の遂行は不可能です!副社長と本社に戻って立てなぎゅえっ!』
トランシーバーから聞こえる喧騒を耳にしながら幸雄は頭を回転させる。
予想以上にここだとバレるのが早すぎる。気配で悟られない様に、爺さんに関するものは世界中にばら撒いておいた。例え候補の一つに上がっていたとしても、いきなり引き当てるか?まずは近場から虱潰しに探すのが普通では?いやあいつらに常識は通用しない。そうやって考えている時点でドツボだ。
などと考えてる間も、ルイスは炎を切り裂き続け、幸雄を守り続けていた!
「幸雄ォ!どうするか決めろ!ここから尻尾巻いて逃げ出すか!それとも、お前の言う『とっておき』とやらを使うのか!」
「駄目だ!アレは少なくとも『奴ら』がこの場にいなけりゃ無駄になる!」
「じゃあここに残れと!あと数分持つかどうかも怪しいぞ!」
ルイスの振るう剣の刀身は、もはやサバイバルナイフ程度。泣き叫ぶ炎の赤ん坊が振るう炎の翼は未だ衰える様子はない。いずれ刀身は1ミリも無くなり、ルイスと幸雄は炭化した兵士と同じ末路を辿ることになる。
────シャンシャンシャンシャン…
その時、火葬場の外から、鈴の音が響いた。それと共に、通路の窓から見える外に、雪が降る。幸雄は顔をしかめる。奴らが、元凶がはるばるフィンランドから、現地の幸雄の手勢を恐らく皆殺しに来てやってきたのだから。
ドゴォォォォォ!
「メリィイイイイイイイイクリスマアアアアアアアアアアス!」
通路の端、壁を突き破って筋骨隆々の、目は血走り涎を撒き散らし、生殖本能が限界まで高められているのだろう、ある部位を限界まで滾らせた、赤い鼻のトナカイが現れた。トナカイはソリを引きそこから陽気な声が通路に響き渡る。
「来やがったな腐れ妖精どもが…!」
幸雄は憎悪を滾らせた声と共に、ソリに乗っていた存在を睨みつける。ソリに乗っていたのは、5人の小さな子供ほどの人だった。赤い服に白いポンポンが先端に付いた帽子の少女が3人。緑の服に白いポンポンが先端に付いた帽子の少年が2人。
「やあやあ久しぶりだねユキオ!」
「ボクたちのショーゾーを迎えに来たよ!」
妖精たちは、幸雄の憎悪などどこ吹く風。幸雄とルイスの周りを、手をつなぎながら周る。ルイスは剣を振るうが、妖精たちを切り裂き腐敗させることはなく、肌の表面に赤い線を作るだけだった。
「うわあコワイ呪いの魔剣!」
「誰を殺して奪ったのかな?何を殺して作ったのかな?」
「けれどそれは私たちの力で作られたもの!」
「僕たちを傷つけることは出来ても殺すことは出来ない!」
「「「「「だから無駄無駄!バーカバーカバーカ!」」」」」
妖精の煽りを受けて、ルイスのこめかみに青筋が浮かぶ。しかし、妖精たちに二の太刀を振るうことはなかった。振るっても無駄だとたった今わかり、更に炎が襲い掛かってきたからだ。
「おぎゃああああああああ!」
「ショーゾー!ショーゾー!」
「ボクたちのショーゾー!」
「ワタシたちだけのショーゾー!」
燃える赤ん坊の元へと妖精たちは、繋いでいた手を離して駆け寄る。炎は妖精たちを焼くことはなく、妖精たちは赤ん坊を抱きあげると頬ずりをする。ぐずり続けていた赤ん坊は、妖精たちにあやされると泣き止み、炎も収まる。
「…お前ら、爺さんになにをした」
火葬炉の前に、幸雄が立つ。その手には拳銃が握られ、妖精たちに向けられていた。
「爺さんには、銀の弾丸を打ち込み、白木の杭を心臓に叩き込み、全身にアースを巻き付けまくって体内の電気は全て散らした。蘇るはずはない…お前ら、爺さんになにを混ぜた?」
「そんなの簡単!不死鳥の因子だよ!」
「探すのにとっても時間がかかっちゃった!」
「世界中の不死鳥を欲しがった良い子を探してネゴシエイト!」
「結局くれなかったから取り上げちゃった!」
「血塗れ灰塗れ汚濁に塗れた憐れな人よ!不死鳥の血を飲んでも燃えられなければ意味がなかったね!今は冷たい海の底!」
「あとはロブスターやベニクラゲ!母なる海からも一杯だね!」
幸雄とルイスは絶句した。妖精たちはこともなげに言っているが、つまり妖精たちは、限界を超えて、完璧なる不老不死の存在を生み出した。例え核で殺そうと灰から蘇り、銃で撃とうと細胞が分裂し無意味に。幻想と科学を兼ね備えた究極の怪物を、作り上げたのだ。
「もうやめろよ…何がボクたちのショーゾーだよ…ワタシたちだけのショーゾーだよ…」
幸雄は何度も引き金を引いて妖精と赤ん坊を撃つ。弾丸は妖精に当たれば貫通せずに潰れてコロリと床に転がり。赤ん坊に当たれば貫通してすぐに炎が空いた穴を舐め尽くして癒えるだけ。無意味。無駄。しかし幸雄の引き金を引く指は止まらない。ガチッガチッと弾丸を撃ち尽くす。
「もう爺さんを…じいちゃんを苦しめるなよ…!これ以上じいちゃんに人を殺させるな!世界を壊させるな!ばあちゃんの所に帰させてくれよ…!」
俺から見たじいちゃんは、豪快にして快活。放胆にして義理人情に厚い。何より、他者への施しを行う人だった。
こんなエピソードがある。じいちゃんは漁師だった。荒れ狂う波を越え、マグロを一本釣りする漁師だった。じいちゃんは所属する組合で一番の年配で、若い漁師が入ってきたら、世話をするような立場だった。
その組合にいる、脱サラをして数年じいちゃんが面倒を見た若い漁師が、買ったばかりの魚探を壊したことがある。魚探は高い。これから稼ぐことを考えるならば数百万から数千万は掛かる。
じいちゃんはその猟師に、現金で数百万を手渡したのだ。数年面倒を見ただけの相手にポンと大金を渡すなんて、普通ではとても考えられない。だが、それがじいちゃんなのだ。漁港一稼ぎ、漁港一仲間のために金を使い、漁港一どこかで貧困に苦しむ子供たちのために寄付をする。困っている相手がいたら放っておけない。そんな人だった。
だからなのだろう。次代のサンタクロースになるように請われたのは。
「初めまして。三田正蔵さん」
「私たちはクリスマスの妖精。貴方に、次のサンタクロースになってもらうために訪ねたのです」
あいつらは、クリスマスの妖精たちは12年前、クリスマスが近くなったとある日に、祖父の家を訪ねた。その頃はまだあいつらも正気で小さくて、俺達は小人が、インターホンを鳴らして礼儀正しく訪ねてきたものだから仰天したのを覚えている。
妖精たちが語るところによると、サンタクロースは代々世界中にいる人々の中で、最もサンタクロースとしての適正がある人が選ばれるのだという。前任は高齢でサンタクロースを続けるのが困難になり引退。そして世界中を探して一番サンタクロースとしての才能があったのが、じいちゃんだった。
「相分かった!不肖この正蔵!世界中の人々のためにサンタクロースになってやろうじゃないか!」
疑わしい話だったろうに、じいちゃんはすぐに承諾し、妖精たちに連れられて、サンタクロースになる準備とやらをしに行ってしまった。
「いいのばあちゃん?じいちゃんなんか訳が分からない内にサンタクロースになっちゃったけど」
「いつものことよぉ。それに、世界中の子供たちのために頑張ろうなんて、ロマンチックじゃないの」
俺の問いかけに、ばあちゃんはいつもの口調で返す。じいちゃんと数十年夫婦であり続ければ、そんなものかと俺は感心していたのを覚えている。
12月25日の朝、世界は一変していた。
長く続いた病の特効薬の作り方が世界中の製薬会社に届けられ、戦争も紛争も、突然新しい土地が発生してそこの支配を渡すという形で決着が付いた。
ニュースで、緊急速報を見て愕然としていた俺達の所に帰ってきたじいちゃんは一言。
「いやー張り切りすぎちまったぜ!ガハハハハ!」
帰ってきた誇らしげな顔のじいちゃんと、すごいすごいとじいちゃんの周りを駆けまわる妖精たち。
妖精の語るところによると、今までのサンタクロースは、サンタクロースの存在を信じている子供の所にしかプレゼントを渡せなかった。しかしじいちゃんはそんな制約を全部ぶっ壊した。世界中のありとあらゆる子供の所に行き、欲しいものを与えた。
病で重症病棟に入院している子供たちが家族の元に帰りたいと願ったのなら、病の特効薬の製法を。戦争で父親が戦場に行ったり家族が散り散りになった子供がいるのなら、新たな誰のものでもない土地を生み出し。飢えて明日を生きられるかどうかわからない子供がいるのなら食料を。
神の御業としか言いようがなかった。
「スゴい!スごイよ正ゾーさん!まさに最強のサンタクロースダよ!」
どこか様子のおかしな妖精たちの声が、嫌に耳に残ったのを覚えていた。
世間ではクリスマスの奇跡と騒がれ、土地を巡る問題や地図や国境の書き直し等ゴタゴタは起きたが、以前よりかは平和にはなったような気がした。
しかし、平和になったならなったで今度は別の問題が生まれるのが世の常だった。特効薬の特許は誰のものなのか揉めるし、与えられた食料だっていずれは尽き、まっさらな土地に眠っている資源は誰のものか。そこらへんの問題が発生した。
「しゃあねぇなあ。この歳で政治だの歴史だのの勉強をすることになるとは思わなかったぜ」
それを見て、じいちゃんもただ与えるだけじゃ何も解決しないということを認識したらしく、勉強を始めて、大学に通ってた俺に色々聞いてきた。今年のクリスマスは、もっと上手く誰かのためのプレゼントを配れるだろう。そんなことを考えていた
でも、そうはならなかった。
「ステージ4の膵臓癌です。余命は…」
医者の言葉を聞いて愕然とした俺たち。じいちゃんも、目を見開いていた。ある日、じいちゃんが体の不調を訴えて、大きな町の病院で診察を受けたら、じいちゃんに癌が出来ていた。余命はあまり長くなかった。
じいちゃんは数日後には入院をして、抗がん剤での治療を行い始めた。
「ショーゾー!」
そこに、あいつらが現れた。人前に姿を現さないという約束なんて綺麗サッパリ忘れ去って。驚く医者たちを尻目に妖精たちはじいちゃんの元に駆け込む。
「サンタクロースを辞めるってどういうこと!?」
「聞いての通りだ。俺ぁもう長くねえかもしれねぇ。次のサンタクロースを探してくれや」
「嫌だ!ショーゾーが!ショーゾーだけが僕たちのサンタクロースなんだい!」
「やめてやれよ…じいちゃんだって不本意なんだよ…こんな終わり方はさ…」
俺は、じいちゃんに縋って泣き続ける妖精たちを引きはがそうとした。
「黙れ!サンタクロース適性の無いクズが!」
「がっ!?」
妖精どもは、得体の知れない力で俺を壁に叩きつけやがった。肺の中の空気が漏れ、何本もの骨が折れる。
「幸雄!?テメェら俺の孫に何しやがる!」
「いやだいやだいやだ!ショーゾーはボクたちのものなんだ!」
「ボクたちの…」
「ワタシたちの…」
「「「「「ボク/ワタシたちだけのサンタクロースなんだーっ!」」」」」
ブバァッ!
妖精どもが叫んだ瞬間、じいちゃんの全身から血が噴き出した。多分、人としてのじいちゃんはこの時に死んだんだ。妖精たちの力が逆流したことによって。
「ショーゾー!戻ろう!ワタシたちのお家に!」
「来い!ルドルフ!」
妖精の呼び声によって窓ガラスを割って現れたトナカイがひくソリに載せれれて、血まみれのじいちゃんは連れ去られてしまった。
「じい…ちゃん…」
俺は、空に消えたじいちゃんに手を伸ばし、意識を失った。
そして11年前の12月25日。じいちゃんがサンタクロースになってからの二度目のクリスマスの日。世界は壊れた。流星群と見まがう光と共に。
あれから俺は…
『あいつらがサンタクロースの家族どもだ!』
『奴のせいで俺の家族は…!故郷が…!』
『罪人どもめ!責任を取れ!』
『男は拷問にかけて犬の餌にしろ!』
『女は犯してからバラバラにしてちょうだい!』
『幸雄!逃げなさい!』
『ばあちゃん!』
『逃げて…逃げて…逃げて…どうかあの人の事を助けてあげて…』
俺は…
『ニホンジン!なんだって傭兵なんて家業を始めようとしたんだ!』
『なんだっていいだろう…金と力が必要なんだ』
『そりゃそうだな!オレの名はルイスだ!お前は?』
おれは…
『俺は…サンタクロースを殺す。そのために、今ここで死ぬわけにはいかない!』
『度し難い。功罪など認めん。我らは全力を持って貴様を裁くのみよ』
おれ…は…
『君は…なるほど、その名を名乗って私たちを呼んだということは、覚悟をしているのだね』
『…最終手段だがな』
『結構。これ以上人がいなくなれば、2000人を越える私の兄弟たちが悲しんでしまうからな』
お…れ…は…
『初めまして大統領。こうして話し合いの場を設けてくれたことに深く感謝する。俺の事は…スクルージと呼んでくれ』
お
れ
は
?
「目を覚ませ幸雄!」
幸雄は、ルイスの声にはっとした。いつの間にか、頭上を妙な動物が飛び回り、口から煙を幸雄の頭に吐き出していた。
「獏…悪夢を食う怪物か…人にゲロを吐きかけやがって…」
獏は、気づかれたことを悟ると、ソリに載せてあったサンタクロースの袋の中へ、そそくさと入って消えた。
「…サンタクロースの力は、妖精から力を引き出し、増幅し、空を飛んでプレゼントを作り出す」
幸雄は拳銃を投げ捨て、一歩ずつ妖精たちに近づいて行く。
「しかし、じいちゃんの力は強すぎた。あまりにも。それがお前らを狂わせた。お前ら自分の顔を鏡で見たことあるか?こけて目だけがギラギラしてる。ラリったジャンキーそのものだ」
「善良な子供悪事を働く子供の判定はガバガバに。12月24日だけ悪事を働かなければいい子判定で欲しいものをばら撒いた」
「その上、子供だけじゃなくて生きてる人間全員に配りやがった。テロリストにも。アナキストにも。インターネットで。現実世界で。他者の死を。国の滅びを。世界の終焉を声高に望む奴らにも」
「そうなった結果がXDay。11年前のクリスマス。数千万もの核ミサイルが世界をバラバラにした」
「それだけじゃない。この世からいなくなったはずの怪物や魔法、神のような存在たちまで引っ張り出してきやがった。もうこの世は人間のものじゃない」
幸雄は、妖精たちの目の前に立ち、妖精たちを見下ろした。
「…もう、じいちゃんを人として死なせてやるのは無理なんだな…」
幸雄は悲しげに呟き、胸の内で、祖母に謝った。同じ墓の中に入れてやることは出来ないな、と。
「っ!?ルドルフ!こいつを殺して!今すぐに!」
「殺せ!殺してしまえ!」
妖精たちは、幸雄が何かを仕掛けてくるのを察し、トナカイに命じる。異常巨大筋肉トナカイは、その角を幸雄の心臓に突き立てるために走り出した。
「させるかよ!」
ルイスはトナカイの目の前に立ちはだかり、剣を角の隙間を通し脳天に突き刺した。異常巨大筋肉トナカイは力なく崩れ落ちた。だが、その横を何頭もの小さな異常筋肉トナカイが走り抜く。ルイスは見た。異常巨大筋肉トナカイのある部位から撒き散らかされて床に落ちた体液が泡立ち、そこから新たなトナカイが発生する様を。
「こんの…!下品なバケモノめ!幸雄!逃げろ!」
しかし、ルイスの警告もむなしく、何頭ものトナカイの角が、幸雄の全身を貫いた。
「幸雄!」
ルイスは幸雄の元に駆け寄り、小さなトナカイたちを切り捨ててゆく。
「キャハハハ!死んだ死んだ!」
「何かをしようとしたみたいだけれど!死んじゃったら何の意味もないよねぇ!」
幸雄は、血を吐き出しながら、前のめりに倒れてゆく、
が。
「来…い…第…二の…!幽霊…よ!」
幸雄は、倒れなかった。右足を前に差し出して食いしばり、全身を貫かれたまま、立ち上がった。
「ありえないよ!急所は貫いた!」
「僕たち由来の何かで体を強化した気配もない!」
「じゃあなんで!」
「それは私が頑張ったからさ」
通路の奥から、声が響いた。突如、通路が大量のごちそうや贈り物で埋め尽くされた。トナカイが撒き散らかした液も、贈り物で拭い取られ、トナカイの発生は抑えられた。
「やあやあ諸君。メリークリスマス」
そこを、冠とローブを纏い、松明を掲げた人物が歩いてくる。
「お前!」
「クリスマスの幽霊!なんでここに!」
妖精は、その人物を見て叫ぶ。ルイスは、そこで思い出す。クリスマス・キャロル。守銭奴の老人『スクルージ』の元に現れ悔い改めさせる幽霊たち。その一人、現在を司る幽霊。それに似ていると。
「似ているのではなく本人なのだがね」
第二の幽霊は、ルイスにそう言うと、幸雄の後ろに立ち刺さっていた角を抜いて行く。
「彼は今、私の力で肉体が、魂が現在に固定されている。だから彼は死なない。死ねない。例え肉片になったとしてもね」
「悔い改めさせるだけのお前が何でそんな力を!」
「簡単さ。彼が命を使って私たちを強くしているからだよ」
「っ!?」
ルイスは絶句した。これが、幸雄の言うとっておきなのかと。命を使って死ねなくなることが?妖精たちを止める手段なのか?
「妖精たちよ。私は何度も警告したね。この異常なクリスマスをすぐに止めろと」
第二の幽霊は、妖精たちに向かって語り掛ける。そこにあるのは、同じクリスマスに関わる者への哀れみと、悲しみだった。
「そして僕たちはこう言った!」
「嫌なこった!ボクたちとショーゾーのクリスマスは永遠に続く!」
「時代遅れの負け犬は引っ込んでて!」
だが、ハイになっている妖精たちにそんなものは感じ取れない。第二の幽霊への罵詈雑言を放つ。
「…反省の色は無しか。ではお別れだな。憐れな妖精諸君」
「第一…第三の幽霊よ…!」
第二の幽霊が、幸雄の肩を叩くと、幸雄は叫ぶ。第二の幽霊の右に若いような、歳を取ったような光り輝く頭部と蝋燭消しのような帽子を持った幽霊。左に黒い衣で全身を覆い、青白い左腕だけを外に露出した幽霊。その二人が現れた。
「ウゲー!第一に第三まで!」
「それで!?同窓会でもしたいのかな!?」
「いやいや!積もる話はたくさんあるとも!でも、俺たちが呼ばれたということは最終手段に打って出るということなのだろうさ!」
第一の幽霊は、持っていた蝋燭消し帽をずらして被り、その輝きを赤ん坊、正蔵の成れの果てへと絞った。
「戻れ戻れ!憐れなサンタクロース!怪物から人へと!人から生まれる前へと!」
第一の幽霊がそう謳うと、赤ん坊は一瞬燃え上がり、老人となった。持ちきれずに妖精たちは老人を床に落とす。
「嘘だろこれって!」
「時間逆行!?」
「このままじゃショーゾーが消えちゃう!」
「させるかあいつら殺しちまえ!」
妖精たちは、懐から取り出した小さなキャンディケーンを握りしめる。外で兵士たちを貫いたものと同じ。それを幸雄達に突き立てようと走り出した。しかし、第三の幽霊がついと指を妖精たちに向けると、妖精たちは光に包まれて浮き上がった。
「動けないー!」
「なんだよこれ!」
「第三の幽霊は、本来はその人間の末路を見せる。だが今…ぐふっ…俺の命を代償に…片道だけの、未来行き…タイムスリップが出来るようになった」
「なんだよそれー!」
「インチキだ!」
幸雄の言葉を聞いた途端に妖精たちは更に暴れる。だが、光から逃げ出すことは出来ず、更に光が強くなる。妖精たちは無駄だと悟り、静かになった。幸雄は命乞いでもするかと思った。
「「「「「ゲラゲラゲラゲラ!」」」」」
しかし、妖精たちの口から紡がれたのは嘲笑だった。
「でも言ったのは間違いだったね!」
「僕たちは未来でもクリスマスをやるよ!」
「ショーゾー以外を一時でもサンタクロースにするのは耐えきれないけどね!」
「でもそこでタイムマシンを望む子供を見つけて作ってあげる!」
「それでボクたちは帰ってくるよ!」
「「「「「無駄な努力!お疲れ様!ゲラゲラゲラ!」」」」」
ひとしきり負け惜しみの言葉を吐いた妖精たちは、ひときわ強い輝きに包まれた途端に、跡形もなく消えてしまった。
「…数十兆年先の未来で、エイリアン相手にクリスマスの布教でもしてろ。馬鹿どもが」
幸雄はそう呟くと、横たわった老人の前に立つ。老人は更に中年に、青年、少年、そしてまた赤ん坊になってゆく。
「…じゃあな、じいちゃん」
そして赤ん坊はどんどん小さくなって、消えてしまった。
「…終わったな」
「幸雄!」
第二の幽霊がそう呟くと、ルイスは幸雄の元に駆け寄る。幸雄の傷口からは血が流れない。本当に固定されているのかと、今になってルイスは理解した。
「…ちくしょう!負けだ!」
幸雄は突然そう叫びながら後ろに倒れた。
「アンタらを呼ぶつもりはなかったのに呼ばされて、じいちゃんはばあちゃんが眠ってる墓に入れてやることは出来なかった!その上、来てくれた兵士たちはほぼ壊滅だ!」
「へへへ!そりゃ高望みしすぎだろうよ!相手があれじゃあな!」
第一の幽霊は幸雄をそう諭す。幸雄は、座り、ルイスに感謝と謝罪をするために口を開こうとした。しかし、第三の幽霊が無理やり幸雄を立たせると、通路にある窓から外を指差した。そこに、小さな流れ星が見えた。
「おや。どうやらあれは核ミサイルのようだね」
「はあ!?」
第二の幽霊がサラッといったことにルイスは驚愕した。
「ここに撃って来たってことはあの男か!?どうせ偵察兵から俺達が成功したことは知ってんだろ!?なんで撃ちやがった!?」
「…真実を知る者を消すためだろうさ。世界を救ったのは自分達ってことにして、あの国が主導の世界秩序を生み出すつもりなんだろうよ」
「だとしても。こんなのあんまりだろうがよお…!」
幸雄の推察を聞いて、ルイスはしゃがみ込んで頭を掻きむしる。
「…はあ、しょうがないな。第一の。第三の」
「おう!」
第一の幽霊は、正蔵に浴びせた光を幸雄にも浴びせた。幸雄の傷はどんどん癒えてゆく。それだけではなく、先ほどまで死人だったような肌色だったのが血色が戻ってゆく。
「これでお前の傷は癒えたし、削れた命も元に戻ったぜ!」
「アンタら、何を」
幸雄が訪ねる前に、第三の幽霊は二人を指差す。幸雄とルイスは妖精たちと同じ光に包まれた。
「君たち二人は、これから未来に飛ぶ。あの無粋な兵器の影響が消える頃までな」
「アンタらは妖精を止めるために力を貸してくれただけだろう!なんでここまで!」
「世界を救った奴らの末路が爆死じゃいかんだろうよ!」
「……」
「そういうことさ。それではさよならだ二人とも。メリークリスマス。これ以上悪事を働くんじゃないぞ」
二人は輝くと、火葬場から姿を消した。そして、その1分後、火葬場は跡形もなく消滅した。
二人が姿を現したのは、雪が降り積もった夜の森の中だった。辺りに人がいた形跡はなく、クレーターの中にいるようには思えなかった。
「…ここはいつだろうな」
「さあな。数十年先か。数百年先か」
「世界を救った報酬は戻れないタイムスリップか…」
ルイスは、しゃがみ込んでため息を吐く。
「とりあえず、町があった場所まで歩いてみるか。もしかしたら慰霊碑か記念碑が出来て人がいるかもしれない」
「ちょっと待てよ。ここにペンライトが…お?」
ルイスは懐を探りだした。しかし、取り出したのはペンライトではなかった。立ち上がってそれを見つめる。
「まじかよ!コイーバじゃねえか!これこれ!世界を救った報酬はこういうのじゃねえとな!」
ルイスは嬉しそうに葉巻に頬ずりをした。それを見た幸雄は、仕事が終わったらタバコを吸おうと思っていたことを思い出した。幸雄は煙草を取り出し、ライターで火を付けた。ルイスは、葉巻のフィルターをカットし、マッチを取り出し火を付け咥えた。
「…ああ~たまんねえ!まさかコイーバが吸えるなんてな!」
煙を吐き出しながら、ルイスは喜ぶ。
「んじゃ、吸いながら歩くとするか」
「ああ。そうだな!」
「ところで。今日は多分まだ25日だよな?」
「そうだと思うが?」
「というわけで。メリークリスマスだ。相棒」
「ああ。メリークリスマスだな。ボス。人がいたらどうするよ?」
「戸籍がぶっ飛んでるだろうから、嘘ついて下働き辺りでもするさ」
二人は煙草を、葉巻を咥え歩き出す。その後ろ姿を、三人の幽霊が見つめ、そしてフッと姿を消した。
【終】
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