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LIGHTS!COLOR!ACTION!#むつぎ大賞2024

「どぅあ~め!アンタが扱うには9年早いザマス!」

 極彩色に輝く中年の女性がモノクロの少年の頭に指示棒を幾度もペシペシと叩く。

「いいだろ!妹の誕生日にピンク色のケーキにしてやるって約束しちまったんだよ!だから!赤と白の使い方を教えてくれよ先生!」

 少年が女性の極彩色に輝く服の裾を掴み揺らす。そのたびに衣服から輝きが飛び、周囲に僅かに色彩を与える。
 机に当たれば机がめきめきと音を立て隆起し木になりかけ。教室の角の水槽に当たれば水流が巻き起こる。女性はその現象を見てフンと鼻を鳴らし、ヘンリーに凄む。

「ヘンリー!アンタはこの一週間で色彩事故を起こして亡くなった人たちの人数が分かるかしら!?」

「ゲッ…いや?俺は過去を振り返らないタイプだから?そういった事を知るより色彩師の勉強をした方が」

「52人!口だけじゃなく色彩師カラーマスターを志すなら!ニュースや新聞!書店で少しは本に目を通すザマス!」

 目をそらし吹けない口笛を吹くヘンリーの頭に更に指示棒がペシペシと叩きつけられる。

「アンタみたいな色彩師のイロハも知らないガキがやったらろくでもないことにしかならないザマス!ほら!さっさと帰って妹に謝ってくるザマス!」

 女性、ヘンリーの教師はそれだけ言うと彼をさっさと教室から叩き出してしまった。ヘンリーは2、3度地団駄を踏み、教師に向かって捨て台詞を吐こうと口を開くも何も言えず、すごすごと引き下がるしかなかった。そうして、まばらに生徒が残った廊下を歩きだす。



「チェッ。少しくらい自分の生徒にいい顔してやろうって気持ちはないのかよ。あの鬼ババア…」

 モノクロの夕日が差し込む街並みをヘンリーは歩く。だがその足取りは重い。「お兄!ケーキ楽しみにしてるよ!」いつも舐め腐ってくる妹にケーキをピンクにしてやると啖呵を切った手前、教師に一分とかからず論破されましたと言えばまた馬鹿にされる。

「どうしたもんかなあ…ん?」

 とぼとぼと俯きながら歩いていると、ヘンリーの後ろから人々が追い越してゆく。老若男女関係なく一目散に曲がり角を曲がって行く。そして、曲がった先から人々の騒めき。何事かとヘンリーも曲がり角を曲がると、目に紫と黒の色彩が飛び込んできた。

「下がってください!」

「長時間の鑑賞を行った場合、重度の色彩汚染が発生する可能性があります!」

 あるアパートの傍で、警察官ら人々を寄せ付けないよう黄色のテープを張ったり、無理矢理突破せんとした青年を黒い手錠で拘束するなどの仕事に従事していた。

「少しくらいいだろ!」

「アンタたちだって見たいくせに!」

 人々は警察官らにブーイングを飛ばしながら、少しでもあるものを見ようとしていた。

「…スゲエ」

 ヘンリーは、アパートの壁にあるものを見た。
 そこにあるのは、一つのグラフィティだった。宇宙を描いたイラスト。色とりどりの惑星たちに、その銀河を突っ切るロケットと宇宙飛行士。かつての時代、色彩失貌ロストカラー以前の時代を描いたものだった。

 その時、グラフィティの上から白いシートが被せられ、見えないようにされてしまった。ヘンリーが上を見上げると、汗を拭う警察官らが数人見下ろしていた。「アー!!」と叫びを上げ、色に飢えた人々はさらに警察官らに詰め寄る。

「このいたずら書きをした違法色彩師ダーティーズの目撃情報はありませんか!」

「皆さんの生活の安全を守るためには、このいたずら書きの犯人を捕まえねばなりません!」

 だが警察官の求めも空しく、人々はぞろぞろと立ち去り始めた。警察官らも慣れたもので、人々が投げつけてきたゴミや除染のための清掃員の手配などを始めていた。

「あーあ。俺もあんな…」

 そこで口を閉じる。いくら思ったことが口につくタイプだと自認していても、警察官の前で「僕は犯罪者に憧れています!」なんて言うのは流石に彼でもすぐにマズいと理解できたから。なにより。

「おい!ヘンリー!」

 知り合いがいるからだ。

「アー…やあ、伯父さん」

 ヘンリーは渋々声をかけてきた警察官、自身の伯父であるジャクソンに返事をした。

「ヘンリー、こんなとこで何をしてるんだ?いつもなら帰ってる時間だろう?」

「学校の先生に色々頼み込んでたんだよ」

「ははあ…さてはカミラの誕生日ケーキのアレだな?」

 ジャクソンは蓄えた髭を撫でながらニヤニヤとした笑みを浮かべ、ヘンリーに近づく。周りの警察官たちはサボリかと声を上げるも、ジャクソンは手で指示を出しさっさとやれとハンドサインを出していた。

「俺の言った通りだったろう?いくらアビゲイル女史が優れた色彩師でも、わざわざ一生徒のために誕生日パーティに来てその腕前を披露してはくれんだろうって」

「フン!」

「あだぁっ!?」

 ヘンリーはジャクソンの脛に蹴りを叩き込むと、その場から走り出した。

「叔父さんのバカ!仕事人間!正論ばっかりだから奥さんに逃げられるんだよ!」

「待てコラ!…っつー!」

 ジャクソンは蹴られた脛を抑えることしかできず、捨て台詞を吐いて逃げるヘンリーを追うことは出来なかった。

「あんのガキャあ…!…はあ…ビリー。お前がガキの頃はあんなに生意気盛りだったか?」





「はあ…叔父さんのせいで余計な時間がかかっちまった…」

 ヘンリーはため息を吐きながら歩く。ついジャクソンに手が出てしまったせいで、いつもの通学路に戻るまで逃げ回るはめになってしまった。日もかなり沈みんでいる。

「…しょうがないか」

 だから、ヘンリーはいつもの通学路を逸れ、裏道に身を進めた。狭く暗い通りを進み、目にするのは廃工場。
 この廃工場を通り抜ければ近道になるのをヘンリーは知っていた。だが、ジャンキーが住んでいる。違法色彩師のたまり場になっている。バケモノが潜んでいるなど、良くない噂のオンパレード。ヘンリーも、よほど急いでいる時以外はここを通るのを避けているほど気味が悪い場所だった。

「…ッシ!いくぞ!」

 自分の頬を叩き、気合を入れるとヘンリーは立ち入り禁止のための鎖を乗り越え、廃工場の中へと入り込んだ。



「何度通っても薄暗くて気味が悪いな…」

 僅かに崩れた天井の穴から差し込む日の光を光源に、ヘンリーは進む。この廃工場はかつては色彩師が使う絵の具やペンキを作る工場だったが老朽化し、今は別の工場に従業員を移しお役御免。残されたペンキの缶の残骸がそこかしこに転がるのが、違法色彩師のたまり場の噂の根源なのだろうか。

「何も出るなよ~…俺はただ早く帰って妹に詫びを入れる必要が『カシャン!』ぴぃっ!?」

 突如、金属製のものが転がる音が響く。ヘンリーは飛びあがり、柱の陰に隠れた。その後も断続的に音が響く。ヘンリーは息を飲む。誰か、この先にいる。しかもよりにもよって、音の響く先は廃工場を抜けるためのルートだった。

「誰かいるのか!」

 ヘンリーは声を上げるも返事がない。ただ、金属音が響くのみ。
 風が吹いて転がっている?あるいは野生動物がペンキ缶でも転がして遊んでいる?いくつも予想は浮かぶが答えは出てこない。こうしている間にも日は沈み続けている。ヘンリーは、息を殺し音が鳴り続ける部屋へ近づき、のぞき込む。

「~♪」

 そこには、一人の少女がいた。
 泥に塗れたワンピースを着た少女は、歌のようなものを歌いながら差し込む日の光をスポットライトに、そこで楽し気に笑顔を浮かべクルクル回る。なによりヘンリーの目を引いたのが、彼女の髪だった。彼女の髪は純白だった。色がないことで金髪が白く見えることはあれど、彼女の髪がこの世で一番白いのではないか。ヘンリーはそう思った。
 そして、時折光の当たり方のせいなのか。彼女の髪の中に様々な色が透き通るように見えた。赤・橙・黄・緑・青・藍・紫。髪が彼女のステップで回るたびに、色を帯びた光が部屋を満たし、様々な現象を引き起こす。風がそよぎ、雨が降り、植物が萌え、蛍火が舞う。

「綺麗だ」

「う?」

 ヘンリーの口から知らず知らず漏れた言葉が少女の耳に届いたのか、彼女は回るのを止めてヘンリーの方を見た。

「その、覗くつもりはなかったんだ。だけど、その、ここは抜け道で家に帰るのに」

 ヘンリーはしどろもどろになりながら言い訳をした。しかし、少女はコテンと首を傾けヘンリーの方に近づいてくる。

「えっと、その、気分を悪くしたなら謝るよ!」

「う~」

 少女は返事をしない。いや、唸り声のようなものを発しても、ヘンリーの理解できる言葉を発しない。(まさか、喋れないのか?)ヘンリーがそう考えていると、少女はヘンリーの顔に手を伸ばしぐにぐにと引っ張り出す。

「あい~♪」

「ちょっ、やめっ」

 赤ん坊の頃のカミラの世話をした頃に顔を引っ張られたことがあるが、ヘンリーと同じ年頃の少女に顔を引っ張られたらかなり痛かった。

「だあああああ!」

「きゃっ」

 ヘンリーは少女を振り払うと走り出し、部屋の隅の穴に体をねじ込み廃工場を脱出するのだった。




「…はあああ。何だったんだアイツ…」

 住宅街を歩きながら、ヘンリーは引っ張られた顔を撫でる。あの少女は何だったのか。家出か?すわどこかの家から逃げ出した訳アリの少女?

「…あとで、伯父さんに相談しておくか」

 そう考えながら自宅のアパートを視界に入れた時、アパートが突如爆発した。

「は?」

 ヘンリーの口から、間の抜けた声が漏れた。
 爆発したアパートからヌルリと影が滑り落ちた。それは猫。だが、些かそのサイズは巨大すぎた。大型の自動車ほどもある猫は威嚇するような声を上げると、周囲から黄色や赤色を、人々の生活を支えるエネルギー源を吸い取り始めた。猫の体毛の色が混ざり始め、火や雷を纏いだす。

「マーブルビースト…!なんでこんな場所に…!」

 街中ではまず出会うことのない化け物を目にして、ヘンリーは腰を抜かしてしまった。母さんたちは?叔父さんに通報を。様々な考えが頭を満たす。人々の悲鳴や騒音が響くが、ヘンリーの耳には届かない。
 猫は舌なめずりをしながら獲物、ヘンリーに素早く近づき、その雷火を帯びた爪を振り下ろした。

「めっ!」

 その時、ヘンリーの目の前に大木が生え、猫の爪を阻んだ。

「えっ」

 ヘンリーは後ろから聞こえた声に振り返ると、そこには廃工場の少女がいた。

「おまっ、ついてきたのか!?」

「あい!」

 少女はヘンリーに抱き着くとグリグリと頭をこすり付ける。

「シャアアア!」

 獲物を駆れなかった獣の怒りの声が響く。大木は猫にズタズタに切り裂かれ燃え上がった。

「逃げろ!」

「んーやあああああ!」

 少女を逃がすために引きはがそうとしたとき、少女は光り出し、なんと光の粒子になった。その粒子はヘンリーへと流れ込む。驚くヘンリーをよそに、ヘンリーの体に色彩が宿る。
 滾る力。手を握っては開くたびに火や風が掌から巻き起こる。

「俺に…どうにかしろと…?」

『あい!』

 頭の中に響く楽し気な少女の声。火を越え飛び掛かってくる猫。ヘンリーは泣き出しそうな顔をしながら、立ち上がる。そして、踏み込んだ足元から様々な色彩が溢れ出した。